第54話 どうしてこうなった?


 目の前に広がる巨大な鉄板の前には、今宵のメインディッシュである、エアレーの肉が並べられ、焼かれるのを今か今かと待ち望んでいるようだった。


「どうしてこうなった……」


 何故か俺の両隣には、この街の肉料理専門のレストランを経営している凄腕のムキムキシェフが立ち並んでいて、その圧迫感に俺が耐えられなくなっていた。

 助けてお兄ちゃん!!

 俺のSOSを感知したのか、ディエゴがハッと気づいたように駆け寄ると、ひょいと俺を抱えてその場から立ち去った。

 普段は自由で残念なディエゴだけれど、本当に俺が嫌がっていたり、助けて欲しい時は必ず駆けつけてくれるので有難い。誓約エンゲージメントによって精神的に繋がっているから、察することができるというのもある。

 シルバやノワルも同じなのだけど、人間に危害を加えてはいけないので、人の多い場所では身動きが取りにくいんだよね。


 とまぁ、そんなことよりも、話は少し戻る。

 エアレー狩りが終了した後、討伐依頼のあったこの街の冒険者ギルドに、報告するために立ち寄ったんだよね。

 事前に連絡はしてあったらしいのだが、その時に商人さんが手紙か何かで「大食い大会をするので場所を貸して欲しい」っていう伝言をしていた。

 この街には周辺に大きなダンジョンとかはないけれど、他領に向かう旅人や商人さんの中継地点として利用されることが多いので、宿場町みたいになっている。

 冒険者もそんな旅人や商人さんの護衛で立ち寄るので、そこそこ賑わっているらしく、寂れてはいないけれど、ただそれだけの街だった。


 そこへ妙な娯楽的催しをすると聞いて、事前連絡をしていたのもあったのが功を奏したのか、何故か街の中央広場を開放しての「大食い大会イベント」を開催することになったのである。

 いや、だからどうしてこうなった?


 宿場町こういうところには歓楽街とかもあるので、それほど娯楽に飢えてるとは思えないんだけれど。

 しかもエアレー狩りの最中に、この街に立ち寄っていた冒険者さんたちも討伐に参加がてら、その噂を聞き付けて大食い大会に参加したがった。

 だが断る!!

 だってこの大会の趣旨は、賊を捕獲した際に協力してくれた冒険者さんに、報奨金を分けるために開催するのだ。

 なので関係ない、よその冒険者さんは見るだけにして下さいと、丁重にお断りをしたんだけどさぁ。見物が出来るなら他に観客がいたって良いよな! という解釈をされ、みんなに知らせてくるぜと駆けて行った。


 調理するのは俺とディエゴ&シルバ(火力係)だったのに、いつの間にか話が広がり過ぎて、だったらこの街のシェフにも調理の協力をさせてくれって話になっちゃって、ムキムキシェフが勢ぞろいしてしまったのである。巨大な鉄板は、鍛冶工房から借りたらしい。(以前何かのイベントで使用したことがあったそうだ)

 俺としてはタダで手伝ってくれるのは有難いのだが、お店の宣伝も兼ねているらしいから、下手なことが出来なくなってしまった。


 この『大食い大会』に参加するには、自ら斃したエアレーの肉10キロを持参してもらい、各一チーム一人のみの選出となっている。それを食べ尽くすか、制限時間(2時間)以内にどれだけ食べれたかで競い合う。

 因みに余ったお肉は参加チーム含むみんなで美味しく頂く予定である。勿論お肉は俺の買取りなので(賊は生け捕りだったので、報奨金が思ったより多かった)、参加のための提供とはいえ、無料で持参はさせていない。


 そんな細やかな旅仲間による送別会っぽいノリでの大食い大会だったのに、大事になってしまって俺だって困惑しているのだ。

 仕切り役はほぼ商人さんやその知り合いによって、あれよあれよという間に整えられてしまったし。発起人だった俺たちスプリガンは、審査員役みたいになっている。

 そんなこんなで。ムキムキシェフの間から救出された俺は、今は審査員席に座らせられ、開催の挨拶が始まるのを待っていた。



「レディース エェンド ジェントルメェン! お待たせしました、今宵の特別イベントォッ! エアレー・ステーキ食べ放題!大食い大会へようこそーっ!!」


 おおーっ! っと、訳も判らないのに盛り上がって、歓声を上げる街の住民と宿泊客たち。そしてイベントの趣旨を伝える司会の誰か――――ほんと、誰!?

 雇った覚えのない司会らしき人物は、俺の困惑も何のその。アシスタントのような女性を横に、まるで公開番組のように進行していた。


「――といった趣旨でお送りしております! そんな狩りたてほやほやのエアレーのステーキ肉を、制限時間いっぱい、誰が多く食するかを競い合います!! まずは、調理してくれる面々をご紹介いたしましょう!」


 あ……うん。あの場に居なくて良かった。

 っていうか、この街の人たち全員ノリがいいな?!


 そうして始まる、この街のレストランや酒場バルの料理人さんたちの紹介。面倒だから割愛する(興味もない)けれど、夫々自分のお店の宣伝のために無償で協力してくれている。

 でも自分の店の方は良いのだろうか?  夕食時なんだけど!?

 え? 客はほぼ全員この特設ステージに集まっているからいいの?

 それならいいけど。ちゃんとお店は閉めてないと、盗難に遭うからね?


「では続きまして、今大会の参加者をご紹介しましょう!」

「冒険者パーティ【GGGスリージー】から、シャバーニさんが満を持してのご参加で~す!」


 アシスタントのお姉さんが、可愛らしく参加者の紹介をする。その名前を聞いて、俺の腹筋が痙攣をおこした。


「ぶっふぉっ!」

「どうした、リオン?」

「な、んでも、ない……」


 俺の記憶が正しければ、イケメンゴリラで有名なシャバーニと同じ名前に、思わず吹いてしまった。

 しかも【GGGスリージー】って……、ニシローランドゴリラの正式名称である【ゴリラ ゴリラ ゴリラ】から取ったんじゃないかと穿った見方をしてしまう。

 そんなわけはないと思うんだけど、ダメだ……もうまともに司会者やアシスタントのお姉さんの話が耳に入らない。


 俺自身あまり他の冒険者さんの名前や、パーティ名を聞かなかったのもあり、初めてここで知る旅仲間について知ったというのもあるけれど。

 改めて見れば、【GGGスリージー】のみなさま全員、素晴らしいゴリマッチョである。爽やかな笑みに、眩しい白い歯は、正しくポジティブマッチョだ。

 いや、嫌いじゃないけどね。やたらと筋トレしている冒険者がいるなぁと、気にはなってたし。その素晴らしい筋肉を維持するために、爆食いしても大丈夫なんだろうかと、ちょっと心配になっただけだ。


 でもなんかちょっとだけ、俺の知っているとある某空挺団の、筋肉に魅入られた方々を彷彿とさせる【GGG】のみなさんに、親近感を持ってしまった。

 体の鍛え方がとち狂っているところとか。

 そういえば旅程の途中で、発見した野生馬と競争をしていた冒険者がいたけど、あれは【GGG】のみなさんだったのだろうか?

 その後、その馬を捕まえたと思えば、持ち上げて筋トレがてら走り込みをしていた気がする……。(筋トレが済んだら馬は開放していた)


「では最後の参加者の紹介です。なんと、この大食い大会唯一の女性であります、【ホワイトキャッツ】の、ロベルタさんで~す!」


 気付けば最後の参加者の紹介に入っていて、俺の本命であるロベルタさんが、恥ずかしそうに手を振っていた。

 だがそれを見ている彼女のパーティメンバーは、嫌そうにその表情を歪めている。 

 せめて同じパーティなのだから、応援の掛け声の一つでも出せばいいのにね。


「では、参加者全員の紹介が終わったところで、早速ステーキを焼いてもらいましょう! シェフのみなさぁ~ん、準備はOKですかぁ~?」

「「「ウィ、ムッシュ!」」」


 了解の掛け声とともに、包丁などの調理器具を掲げるムキムキシェフの皆さん。


「んぐっ、ふっ……っ」


 これまたどこかで聞いたような掛け声に、俺の腹筋は我慢の限界に達していた。


「ほんと、どうしたのリオン?」

「さっきから、ずっと様子がおかしいっすよ?」

「具合が悪いなら、無理すんじゃねぇぞ?」

「リオっち、向こうで休む?」

「だ、だいじょぶ……」


 スプリガンのみんなの優しさが心に染みる……。でも気にしないで、これは俺の記憶の中の問題だから。

 そうして。

 俺の腹筋を崩壊させながら、戦いのゴングは打ち鳴らされたのである。



 因みにシュテルさんは、周りの説得(商人仲間)により参加を断念した。

 賢明な判断だと思うよ。


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