第48話 罠を仕掛ける


「何をやっているんだ?」


 他の護衛依頼を受けている冒険者たちと、夜間警備の相談をしにアマンダ姉さんとギガンがその集まりに参加しに行っている間。

 暇になったテオとチェリッシュは、俺と一緒に楽しい罠講座をしていた。

 そこへ自由人フリーダムなディエゴが声をかけて来た。


「あ、ディエゴさん。実は、リオリオが罠を仕掛けるっていうんで、教えて貰ってるところっす」

「これ、見られても大丈夫かなぁ?」


 俺の持っている【くくり罠】を指さして、チェリッシュが不安そうに尋ねる。

 安心するがよい。ワイヤーはこの世界にも存在していることは確認済みだし、塩ビ管は地中に埋めるので見られる心配はない―――と思われ。

 一応、持ち物チェックの時に、ギガンから渋々了承して貰っている。あんまり使うなよと念を押されたけどね。絶対って言わなかったから、使うけど。


「例のくくり罠か?」

「うん」

「ボアでも捕まえる気か?」

「ううん」


 捕まえたいのは、ボアじゃないんだよね。

 さっき周辺を探索してくれていたノワルから報告があったんだけど、どうも怪しい人影がうろついていたらしい。それはディエゴも知っている。ノワルの主人だしね。

 距離的にはまだ遠いそうだけれど、確実にこちらへ向かっているようだ。

 それを踏まえての夜間警備相談に、ギガンたちが参加していた。

 俺たち子ども組は邪魔になるから待機中なんだけど、ディエゴは自由人だからね。面倒な相談でも、自分がいなくて良いと思ったら、ちゃっかり抜けだしている。(そういうところがノワルと似てると思うよ)


「……引っ掛かるのか?」

「さぁねー?」


 訝し気なディエゴに適当に返事をする。

 だが引っ掛けるために罠を仕掛けるのだ。


 ワイヤーをペンチで切って加締かしめ、くくり金具を入れ、ストッパーを通していく。必要以上にワイヤーが締まらないようにするためだ。

 それをほぇ~っという表情で見る若者たち。そしてディエゴ。

 何やってんのか判んないって顔だよね。


 爺さんが生きてた頃は、お手製の竹で作ったくくり罠だったんだけど、流石に現代っ子の俺には難しすぎた。(そして面倒)

 でも現代にはお手軽で簡単なくくり罠が売られている。イノシシホイホイとかいうやつだ。(まるでゴキホイみたい)そう言った既製品もあるが、俺はそれとは別に、くくり罠用の部品を大量に購入していた。(長さを調節し易いからだ)

 何故ならば、俺の丹精込めた畑を奴らイノシシが荒らしまくったからだ。

 楽しみにしていた収穫を邪魔され、踏み荒らされた畑を見た後、怒りに任せてありとあらゆる罠を仕掛けるべく、様々な対策を練ったのである。

 その一つが、この【くくり罠】である。踏むと罠が発動して、ワイヤーが足に嵌って対象を捕獲する。マンガでよく見る、足に縄が嵌って宙釣りになるヤツみたいなものだと思ってくれたまえ。実際は宙釣りにはならんけど。


「くくり罠って、どういう仕掛けなの?」

「なんか、地中に埋めた筒を踏むと、仕掛けたワイヤーが足首に引っ掛かかるそうっすよ?」

「ふ~ん?でも、踏まなきゃ引っ掛からないよね?」

「そこはそれ、リオリオっすからね。上手いこと引っ掛かるんじゃないっすか?」

「そっか~。それもそうだね!」


 仕掛けるのが俺だからという理由で、謎の納得をするチェリッシュ。そんなだから何度も騙されるのだ。もう少し疑うことを覚えようね?

 そんな二人の会話を流し聞きながら、俺の作業の手は止まらない。慣れた手つきで淀みなく、手順に沿って幾つものくくり罠を作っていった。


「できたー」


 後はこれを、スプリガンのテント裏にある林の中に仕掛ければいいだろう。

 野営地では、護衛対象である商人さんを中心に、冒険者たちが周りを囲むようにテントを張っている。ランクの低い者や足の速い者は見晴らしの良い街道側へ配置され、ランクの高い者は壁となるべく、賊の潜みやすい林側だ。当然【セブンスター】のいるスプリガンは、最も危険な林側なのは言わずもがな。頼もしいシルバやノワルもいるしね。

 だから背後にある林の中に、テオたちに手伝って貰いながら、勘に頼りつつもくくり罠を設置していった。





 一応俺が林の中に罠を張っていることを伝えて貰い、冒険者や商人さんはなるべく林の中に入らないように言付けて貰っている。(トイレに行きたい場合は、罠を仕掛けていない場所を指定してある)

 それらを踏まえて。


「シュテル氏からの提案だが、リオンは商人集団の中で休む方が良いんじゃないかと言われたんだが……。まぁ、知らない人間ばかりだからな。シルバやノワルもいるし、そこは安全面を確保していると思っていいだろうと、断った」

「うん」


 だが何かあればシルバに乗って逃げろとギガンが念を押す。

 それに素直に頷いた。

 俺は見た目が子供なので(日本人なので仕方がない)、この護衛と商人集団の中では最弱にしか見えない。事実なので否定はしないけれども。


 護衛依頼を受けた冒険者パーティの多くは、三ツ星ばかりで構成されている。そうでなければ護衛依頼を受けられないというのもあるけれど。

 コロポックルの森には、ルーンベアがいるので、最低でも三ツ星でなければ危険だというのもあるだろう。ただパーティメンバーに三ツ星以上が一人でもいればいいので、二ツ星だったテオやチェリシュも、先輩冒険者の指導目的で入れたんだよね。(なので俺も見逃されている)この☆でのランク制度は、平均値を出しやすくていいよね。

 それでこの三ツ星であるということは、最低でもルーンベアを斃せる実力を持っている証明のようなものなのだが、俺はその最低限の力がない。どう考えても武器や腕力で熊をどうにか出来る訳がないのだ。(猟銃のことは忘れろ)

 なので罠を仕掛けることにした。


「しっかしこのワイヤー、出鱈目な強度だな」

「そう?」

「捕虫網もそうだが、素材については判らんな」

「そうだねー」


 ぐいぐいと余ったワイヤーを曲げているギガンが、眉間に皺を寄せている。似たようなワイヤーはあるって言ってたのにね。やっぱり既存のワイヤーと強度が違うのか、悩ましそうな表情で懸念しているのが判った。


「何か聞かれてもすっとぼけろよ?」

「うん」


 素材を特許登録している鍛冶師もいるけど、全部が全部そうではない。どこも秘伝の構造材料というものがある。だから無理に聞き出すことはないとは言われているので、そこは安心していいそうだ。問題はどこで手に入れたかということだけれど。

 「知らない」「判らない」「覚えてない」の新社会人の三ない発言を口にすればいいだろう。言われた方は腹が立つこと請け合いだが。


 代表的な【ステンレス鋼】から、高強度・耐熱性に優れた【タングステン】や耐食性・軽量に優れた【チタン】といったレアメタルも、この世界での採掘自体難しそうだしね。

 ファンタジー世界で有名な希少金属といえば、【ミスリル】や【アダマンタイト】、日本人ならお馴染みの【ヒヒイロカネ】とかだろうか?(他にもあるんだろうね)

 それらがむき出しで採掘できるのが、ファンタジー世界ならではだけれど。

 希少な非鉄金属が採掘できたとしても、レアメタルみたいに経済的に抽出困難とかいう面倒さもなく採れているような気がするけれど、この世界ではどうなんだろう。

 もしかして、それらもダンジョンでドロップするのかな?


「リオン?」

「どうした?」

「ううん。なんでもない」


 未知なる金属へ思いをはせていると、ギガンとディエゴに心配されてしまった。

 どうもこの手の謎が気になると追求してしまう癖があるので、ちょっとぼんやりしてしまうのだ。

 この世界には便利なネット環境がないので、調べるのが難しいのが面倒だよね。

 まぁ、追々知っていけばいいかと、俺はその夜は仕掛けた罠に賊が引っかかるといいなと思いながら、夜間の見張り番を免除された(子供だと思われているので)のもあり、ぐっすりオヤスヤしたのであった。


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