第72話 効果のレベル


「すみませんっ、ボクには無理でしたーっ!」


 翌朝、俺たちの宿泊している貸店舗にジェリーさんがやってきて、開口一番、叫びながら謝罪してきた。

 どういうこと?

 タリスマン作成を丸投げした手前、ジェリーさんには俺たちの宿泊先を伝えていた。だからここに来ても不思議ではないのだが、いきなり謝罪から始まる挨拶って何なんだ?


「取りあえず落ち着け」

「話には聞いていたが、コイツが例の彫金師か?」


 まだ朝の早い時間帯である。俺の活動時間よりは遅いけれど、まだギガンとディエゴぐらいしか起きておらず、カウンターでまったりとモーニングコーヒーを飲んでいたところだった。

 今日はダンジョンへは行かず、休養日にしてある。

 よく考えたらアントネストに到着して直ぐにダンジョンに行ったし、昨日はいくつものエリアを回ってもらったからね。

 それに部屋の模様替えをしたことで、アマンダ姉さんやチェリッシュも今日は部屋でゆっくりしたいんだって。家具類も気に入ってもらえたようで何よりだ。

 でもお供え用ろうそくや食品サンプルは受けなかった。なんでだ。

 とりあえずお疲れさまということで、みんなが自主的に起きてくるまでゆっくりしているところである。


 俺はそんなに疲れていないので、相変わらずの早朝ルーティーンである朝食を作って待機中だ。

 この店舗のカウンターは居酒屋風のコの字型で、俺が店主のように中に入って、みんなから注文を受けるような感じで面白い。

 初日はテンションが上がっていたので「へいらっしゃい!」と言ったら変な顔をされてしまった……。日本語だったので、意味が通じなかったのもあるけど。

 その内「大将やってる?」って言わせてやる。(懲りてない)早朝にやる遊びじゃないけどねー。


 本日の朝食のメニューは、適当お惣菜各種と、ご飯かパンを選ぶ方式である。

 女性はパンを好むし、野郎どもは腹持ちの良いご飯を選ぶからね。

 夜食にこっそりお茶漬けを食べていたら見付かってしまい、それから時々ご飯を出すようにしている。抵抗がないなら食べるかと聞けば、食べたいっていうから出してみたのだが、意外にも好評だった。(しかし野郎限定)

 たまに無性に食べたくなるんだよね。お茶漬けとかおにぎりとか。

 お米はこの世界のモノではなく俺の私物(日本産米)なので限りはあるが、定期便で仕入れられるので、朝ご飯にならたまに出すことにした。

 ふりかけ類も好評だったし、違いの分かる男(ギガン&ディエゴ)はどんどん和食に抵抗がなくなっている。塩昆布とか食が進むんだってさ。わかってるね~。

 その内味噌汁にもチャレンジしてみようかな?


 そんなことはともかくとして、早朝から現れたジェリーさんである。

 すっかり忘れていたけど、顔を見たら思い出してしまった。

 結構ヤバイアイテム作りを丸投げしちゃって、それをどうするべきか考えなければならなかったのに、美味しいお肉を食べたことで全て吹っ飛んでいた。

 いやほんと、ま、いっかじゃないよ!


 てなわけで、まだ寝ている女性やテオが起きてくるまでに、ジェリーさんを落ち着かせるべくカウンターに促す。コーヒーでいいか聞くと頷いたので、インスタントで素早く作って差し出した。


「ごはんはー?」

「あ、いえ、まだですけど……」

「たべる?」

「その、ご迷惑では?」


 めちゃくちゃ早くコーヒーが出て来たのに驚きつつ、戸惑うジェリーさんにギガンが口を開いた。


「既にこんな朝っぱらから訊ねて来てんだ。今更だろう?」


 頬杖をついて、呆れたように言う。バーや喫茶店で部下の相談を受けている上司のような雰囲気を醸し出している。う~ん、ダンディ。

 そしてディエゴは我関せずとばかりに、シルバとノワルにジャーキーをあげていた。うん。マイペースだね。

 お客さんの邪魔になるからカウンターこっちに入っておにいちゃん!


「それは、その、すみませんっ!」

「パンでいーい?」

「あ、はいっ、すみませんっ!」


 謝ってばかりだね~。

 しかし何が無理で謝っているのだろうか?

 取りあえず、ご飯が先だよね。何だがやつれているし、まるで徹夜でもしたような顔色の悪さだ。


「はい、どーぞ」

「あ、ありがとうございます……っ!」


 朝食のお皿を恭しく受け取りながら、ジェリーさんは頭を下げた。

 因みにパンはパンでも、パンケーキである。

 バターの香りと微かな塩気を利かしたパンケーキに、カリカリに焼いたベーコンやウインナー、ふわふわのスクランブルエッグを付け足すと、アマンダ姉さんやチェリッシュがとても喜ぶ。そこにカットフルーツを乗せると更に喜ぶ。そして俺もとても楽が出来る。ワンプレートだから洗い物も少なくていいしね!


「すごく、美味しそうですね」

「美味しそうっつーか、美味いからさっさと食え」

「は、はいっ!」


 やはり上司のごとき貫禄のギガンである。そうしてジェリーさんは、餓えたようにパンケーキを食べ始めた。

 カウンターに入ってきたディエゴに、手動コーヒーミルと豆を渡す。

 ディエゴお兄ちゃんはそこでコーヒー豆を挽いててね。後でみんなに出すから。


「とても、美味しかったです」

「おちついたー?」

「……はい」


 改めてコーヒーを全員分淹れ直し、ジェリーさんも落ち着いたので話を聞くことにした。

 お腹がくちくなって来訪時の勢いを失ったジェリーさんは、少しもじもじとしていたのだが、俺たちがじっと聞く体制を維持しているので、意を決して口を開いた。


「本当に申し訳ないのですが、教えて頂いた通りに作ったタリスマンなのに、ボクのは師匠のような効果がなかったのです……」

「うん?」


 師匠という部分はこの際スルーして、俺と同じ効果がなかったっていうのはどういうことだ?

 俺は思わずディエゴを振り仰いだ。お兄ちゃん聞いてー。


「……効果のレベルのことか? それとも、全く効果がないという意味か?」

「あ、レベルです。効果が全くないのではないのですが、師匠のタリスマンの効果は『T』なのに、ボクの場合は殆どが『S』だったんです……」


 俺の『T』ってなに? 『S』の方が良いような気がするんだけど。(ラノベ基準)

 なので詳しく聞くことにした。


 大きさを表記する場合、通常『S・M・L』で、ショート(またはスモール)、ミディアム・ラージだけど、モノによって変わるパターンがあり、ちょっと細かくて面倒なんだよね。M(ミディアム)の代わりにR(レギュラー)の物もあるし、服だとLLとか2LとかXLとか若干ニュアンスが違うだけでサイズは同じらしいけど、何で分けてんのか判んないことがある。


 俺の浅い知識だと、ラノベとかの冒険者のランクはアルファベット表記が多く、一番高いランクがAではなくてSであるのをよく見かける。

 Sはスペシャルって意味で、ソシャゲでもSSR(スーパースペシャルレア)とかがあるよね。キラキラした虹色のカードでよく見るよ。


 それらを踏まえて。

 ジェリーさんの言う俺の『T』は『トレンタ』らしく、どうもあの呪文のような注文をするコーヒーのサイズ表記のようだ。

 一度だけあのコーヒーショップに行ったけど、もう二度と行くもんかと思わせる程に面倒臭い注文をさせるお店だったよ!

 女の子たちは何故あのコーヒーショップに行きたがるのか、俺には理解できない。

 もしやあの複雑怪奇な呪文を唱えたいからなのだろうか? 確かにスラスラと流れるように注文出来たらカッコいいんだけどさ。

 呪文注文コーヒーショップもそうだけど、アフタヌーンティも好きだよねぇ。紅茶専門店も辞書レベルのメニュー表を差し出してくるからどっちもどっちだけどさ。

 そんな注文内容を理解している店員さんは、純粋に凄いなぁって尊敬する。


 喫茶店ごっこで遊んでいる俺だけど、このお店にはモカとオリジナルブレンド(その時手に入った豆で作る)しか置いてないから、呪文注文はしなくていい。

 ジュース類も置いてあるけど、季節限定品しかないから選択肢はないのだ。

 そしてサイズは全部俺のマグカップサイズなのでまちまちです。

 お気に入りのマグカップでどうぞ~。

 あ、お勧めは大仏マグカップだよ! (誰も選ばないのはなんでだ)


 まぁ要するに、ジェリーさんの『S』はショートで、俺の『T』はトレンタということなので、最小と最大とみて構わないだろう。しかもその間にトールやグランデにベンティがあるんだろうな。もうほんと、わけわかんないよねぇ。

 なんでみんな同じような鑑定結果にならないんだろうか。これも妖精の悪戯ってことなのかな? 悪戯じゃなくて意地が悪いだけのような気がするんだけど。

 俺の鑑定虫メガネはその値が表記されないのに―――と、思ったのでジェリーさんの作ったタリスマンを見せてもらうことにした。

 自分の目で確かめた方が早いもんな。

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