第99話 ここをキャンプ地とする(in seaside)

 砂まみれから一旦リセットして。

 スッキリした俺は、改めて海域エリアへ戻ることにした。

 洞窟の出入り口に待機しているギルド職員さんから、入ったばかりですぐに出てきてどうしたんだ? って顔をされたけど俺は何も言わなかった。

 ただ砂浜での走り込みは危険だということが判っただけでも由とする。

 ここの海岸の砂浜って綺麗すぎるのもあるけど、サラサラで足がのめり込むほど柔らかいんだもん。足腰は鍛えられそうだけどね。

 泳げないのがつくづく残念である。

 この中ではきっと俺が一番泳ぎに長けていると思うが、それを披露できないことが誠に残念である。……うん。


 とぼとぼと戻ってきた俺を見ても、誰も何も言わなかった。

 みんな良い人たちなんだよね。

 でもこういう時って、思いっきり笑ってくれた方が案外気持ちのリセットが出来るんだけど……。その優しさが却って辛い。


 ギガンがコホンと一つ咳をして、改めてメンバーを前に本日の目的を口にした。


「調査として海の様子を見るために、ここで一日キャンプをするんだが」

「テントあるよー」

「お、おう。リオンのテントを利用させてもらうことになっている」

「誰もいないからできることよね」


 明日までこの海域エリアは俺たちが貸し切っている。

 ダンジョンの貸し切りが出来るとは。流石アントンネストだね。

 名目上調査のために入っているので、冒険者ギルド側も配慮してくれたのである。

 ただし、決して覗いてはいけませんよ? てなことで。


「アントネストに来る間、人目があるからリオっちのテントが出せなかったもんね」

「色んな種類があるんすよね?」

「うん」


 みんなには小さいような気はするけど、寝るだけなら問題はないだろう。

 久しぶりにサンド(ワンポールテント)ちゃんや、オリーブ(ドーム型テント)ちゃんを取り出す。

 ハンティングヘキサを買わなかったことを後悔しつつ、実はサンドちゃんもオリーブちゃんも予備があるので、人数分のテントがあるんだよね。

 俺は使い慣れたオリーブちゃんを選択。ディエゴも一人用が良いらしいので色違いの同じ物を。ワンポールタイプ(二人用)は残りの女性と男性で二組に分かれて使うことにした。

 全部色違いであるから、間違うことはない。

 テントにはLEDランタンを設置して、防湿マットを各テントにポイポイと置いて行く。何でこんなにあるかって? 俺は予備がないと不安になるんだよ。そして色を選ぶ時にまた悩む。悩んだ末に選びきれなくて幾つも買っちゃうのである。

 だから無駄なモノが増えるんだよなぁ。まぁ、反省しても後悔はしないからダメなんだけど。


 他に複数人のキャンプに必要な物はなんだろうか?

 ビーチパラソルやビーチチェアなんてこじゃれたモノはないけど、丁度良いものを思い出した。

 買ったはいいけど、殆ど使うことのなかったハンギングチェアを出す。ゆらゆら揺れてさぞかし気持ちがいいのだろうと思ったけど、そんなことはなかった代物だ。

 気が付けばただの荷物置き場と化していたが、お前はここで女性に優雅に乗ってもらうがいい。

 最後の仕上げに、庭で食事をする際、夏の日差し除けとして爺さんが購入していた蚊帳テントを設置して、そこにガーデンテーブルセット ベンチ タイプを置いた。

 ここで食事や休憩をすると良いだろう。

 うむ。なんかちょっとしたパーゴラチックな休憩所になった気がする。


 子供のころ爺さんと一緒に海へキャンプに行ったことがあるんだけど。

 テントの設置場所が砂浜だったせいで、夜に満潮になって海水がテント内に浸水してきちゃって、慌てて移動したことがあるんだよね。

 爺さんはギリイケル! と思ってたんだけど、どうやら計算ミスだったらしい。

 海を近くで眺めたいからって、砂浜にテントを設置しちゃいけないってことを幼いころに学んだのである。

 その経験から俺は、洞窟の入り口付近である岩場側に全てを設置した。

 砂浜ではあるけど、ここは地盤が固いから安定してるしね。

 満潮時にも流石にここまで海水は来ないだろう。


「こんなもんかなー?」

「相変わらず、何とも言えねぇぐらいスゲェな……」

「一応、野営よね……? 快適すぎるような気がするんだけれど」

「好きにしていいとは言ったが、見られると流石に拙いな……」

「貸し切りで良かったというべきか?」

「うわぁ~すごいすごーい! 素敵なテントだねぇー!」

「もうここに住んじゃってもいいんじゃないっすかね!?」


 ワクワクしている若者とは違い、大人組はちょっとばかり渋い顔をしている。

 この際ここはプライベートビーチとして考えることにして、面倒なコトは忘れればいいのに。

 調査目的だけど、俺はこの奇麗で開放的な海辺を楽しむことにした。

 そしてみんなにも楽しんでもらおう。時間はたっぷりあるしね~。


「取りあえず、ノワルを沖に偵察に出して、様子を見てみることにするか?」

「そうね。それ以外にすることはないかしら?」


 本当に海岸沿いが安全なのか、俺はそれも調べた方が良いとディエゴに訴えた。


「ん? そうだな。俺たちは砂浜や岩場近辺を調べてみよう」

「りょーかいしましたー! え? リオっちそれなぁに?」

「リオリオ、何すかコレ?」


 俺はテオに網付き熊手を、チェリッシュにはバケツとスコップを渡す。

 実はさっき転んだ時に、発見したモノがあるんだよ。

 俺は転んでもただでは起きないのだ。


『怪我の功名というものですね』


 ……そうともいう。


「しおひがりする」

「しおひがり?」

「かいがあった」

「貝?」


 ディエゴに映像を送り、転んだ時に見付けたあさりやハマグリっぽい貝のことを報告する。

 普通は4月から6月にかけて潮干狩りをするんだけど、ダンジョン内では季節は関係なく、年中同じ季節であるらしい。時間の経過は外と同じなんだけどね。

 そしてこの海岸エリアは、どうも初夏の季節のようだった。

 本格的に海水浴として泳ぐにはまだ早い感じでちょっと残念。

 だから俺は、若手連中と一緒に潮干狩りに勤しむことにした。

 大人組には釣り道具を渡す。適当に海に投げ込んで、何かが釣れたらいいなと思ったからだ。

 食べられるかどうかは、Siryiに鑑定してもらおう。


 どうやらアントネストは、食べ物類が豊富にドロップするダンジョンらしく、一応それなりに素材もドロップするといった感じなのだ。

 四ツ星以上のエリアから高級素材がメインになるんだけど、この六ツ星エリアもダンジョン発生時に一応の調査はしたらしい。でも何故か砂浜や岩場は詳しく調べていなかったんだよな……。

 ちゃんと調査しとけと言いたいけど、見渡す限り綺麗な砂浜ってだけで、調べる気にもならなかったのだろう。そういうところがダメなんだけど。

 お手伝いとして事務処理の傍ら報告書を拝見させてもらったところ、海生爬虫類(海竜・魚竜・巨大ウミガメ等)の存在の確認だけで終わっていた。

 これ以上になると専門的というか、船舶(魔動船)などを破壊されることを覚悟した調査になるので諦めたのだそうだ。

 なので俺は、それ以外の調査として潮干狩りを敢行する!

 決して遊んでいるのではなく、これは純粋なる調査なのである!

 大人組も変な顔をせず、釣りをしろ! これは調査だ! 釣果を期待する!

 今夜は絶対海鮮BBQにするからな!




 キャリュフ採りと同じく、俺は熊手で砂を掘り進める。

 顔面から突っ込んだ場所に、石とは明らかに違う物体があったからね。

 すると出て来た手のひら大の貝をSiryiに見せてみた。


「はまぐり?」

『そのようですね。これも一応、ドロップ品扱いのようですが、ダンジョン内でしか食すことができないようです』

「もちだせないのかぁ」

『どうやらそのようです』

「たべられるのに、わけわかんないね」

『ですね』


 まぁいいや。そもそもダンジョンって謎だらけだし。

 この世界だっておかしな理に満ちている。

 いや、どの世界だって、人間が全てを理解することが出来ないのだ。

 だから面白いんだけどね。


「あさり?」

『あさりですね』

「これも?」

『同じく食用です』

「そっか」


 ではどんどん掘り進めることにしよう。


「なにこれぇ!? 石みたいなのが出て来たよー!」

「石にしちゃおかしな形っすね?」

「ぜんぶバケツにいれといてねー」

「はぁ~い!」

「りょーかいっすー!」


 若手の二人も掘り当てたようだ。

 よしよし。二人とも順調に潮干狩りをしているようだね。

 大人組の方を見ると、ポカーンとした表情で、岩場で釣り糸を垂らしていた。

 あっちはあんまり期待しない方が良いかな?

 自分たちが何をやっているのか、よく判っていないような顔だもん。


「あ、ばかがいだ!」

『そのような名称を付けられて、憐れとしか言いようがありません』

「おいしいよ?」

『それも食用ですね』


 このだらりと出た赤い斧足ふそくの部分だけを贅沢に食べるというのを爺さんに教えてもらったせいで、身の方を食べると味気なかった覚えがある。

 この赤い斧足ふそくが口からはみ出ているせいで、バカっぽいって意味もあるから、バカガイって呼ばれているんだっけ? 他にも色々あるらしいが。

 本来は生で食べないらしいけど、あの時は生で赤い斧足ふそくを千切って海の水で洗って食べたんだよな。すごく美味かった。ので食べてみよう。


「―――うまい」


 流石ダンジョン産である。食中りなど気にせず食べられるなんて最高ではないか。

 コリコリとした食感で甘く、ほんのりとした塩味がアクセントになっている。

 これは……食べ過ぎると危険だ。

 この部分だけ食べてしまうと、身の味気無さに気付いてしまう。


「たくさんほろーっと」


 そうして。

 俺は潮干狩りを大いに楽しんだ。

 いや、これは純粋なる調査である。どんな種類の貝があるのかを調べているところだ。ついでに食べられるかも調べているだけで。全て重要な任務なのだよ。


 ひとしきり貝を掘りまくってふと顔を上げれば、岩場では何故かディエゴが大物っぽい何かを釣り上げていた。

 石鯛みたいな柄だなーと思いつつ。やたらデカイその魚を刺身にして醤油で食べたら美味しいだろうなぁなんてことを考えていた。


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