第64話 身辺調査
翌日から、ナッシュ副団長と行動を共にすることの多いフランツとクロードには、彼が行きそうな場所を重点的に探ってもらうことになった。
一方私はというと、彼ら騎士さんたちが魔物討伐に出かけている間に、こっそりと副団長の使っている部屋にお邪魔して、どこかに行方不明のお金を隠していないかと探して見ることにした。
でも。
「ふぅ。やっぱり、ここにはなさそう……」
騎士さんたちは私物の持ち込みに制限があるから、みんな自身の荷物はとても少ない。それは副団長も変わりないようで、彼の部屋にはベッドと着替えなどがあるだけですぐに探し終えてしまうくらい物は少なかった。
ここじゃ、隠すっていっても限界があるよね。
となると、もし本当に副団長が西方騎士団のお金を着服しているとしたら、どこにそのお金を隠しているんだろう。
あまり近くに隠すと、これだけたくさんの人が集団生活している場なのだから偶然誰かに見つけられるおそれもある。逆にキャンプ地の外に隠すにしても、遠くへ隠しに行くことは難しいんじゃないかな。
一般の騎士さんならともかく、副団長は金庫番だけでなく団長のサポートとか、団の様々な重要な仕事を任されているから、いつも周りに人がいる。一人になるのすら難しそうなんだ。
「うーん。どこなんだろう」
結局、フランツとクロードが魔物討伐から帰ってくる時間になっても手掛かり一つみつけられなかった。仕方なく、夕飯を食べながら今日のことを彼らに報告してみる。一応、ほかの人たちに聞かれないように、大焚き火からは少し離れた場所に布を敷いて、三人で腰掛けた。今日の夕飯はホワイトシチューだった。
「そっか。見つからなかったか」
シチューに浸したパンをむしるようにかじりながら、フランツが言う。
「そうなの。部屋の中にないとなると、やっぱり外に隠しているのかな」
スプーンでシチューの中の肉を掬う。今日のお肉は、数日前に騎士の人たちが捕まえてきた、ビッグ・ボーという魔物の肉。私の背丈くらいある大きなイノシシ風の魔物で、長い牙と丸っこい形が特徴的なの。でも、見た目に反して肉はほどよく脂がのっていて柔らかいんだ。魔物の肉の中ではかなりおいしい方だと思う。
「外だとしたら……いつ、隠しに行くんだろうな」
「いつも忙しそうだもんね、副団長。でもね。つい最近も、ちょっとよくわからない記帳があったばかりなんだよね」
普段は西方騎士団の
その怪しい記述が書き込まれたのはつい数日前のこと。その分のお金は、もしかすると副団長がまだ持ち歩いているのかもしれない。
でも、いままで行方がわからなくなった金額の総額自体は相当な額だから、その全部を持ち歩いているとは考えにくい。そんなの抱えて魔物と戦ったりできないはず。
ちなみに西方騎士団のお金は副団長がキャンプ地にいる間は金庫番である彼が保管しているの。でも彼が魔物討伐に行っている間は、後方支援の人たちが交代で騎士団のお金が入った箱を管理しているんだ。そして副団長が魔物討伐から戻ってきてそのお金を彼の手元に返してもらうときは毎回一イオ単位まできっちり数えなおしている。私もよく手伝っているから、今の帳簿上の金額と実際に彼が保管している現金がぴったり同じであることは私が一番よく知っているの。
うーん。消えたお金はどこいったんだろう。そんなことを考えながら口に入れた少し大きめな肉を一生懸命噛んでいたら、フランツに頬っぺたを指でつつかれた。
「ム、ムグググ」
なにすんのよ!って声をあげようとしたけど、口に肉が入ったままでうまくしゃべれない。フランツはそんな私を見て、楽しそうに笑う。
「ごめんごめん。なんか、ナッツを頬袋に詰め込んだカーバンクルみたいで、つい可愛くて」
肉を飲み込んで、フランツの頬も突っついてやるっ!と人差し指を伸ばすものの、華麗に交わされてしまってなおさら悔しい! 文句を言おうとしたら、それより先にクロードの氷よりも冷たい声が飛んできた。
「……お前ら、真剣に考える気はあるのか?」
「「……はい。すみませんでした」」
フランツとともに、しゅんと反省。そうだった、今は真剣な話をしてたんだった。ついフランツと一緒にいるといつもの調子になってしまう。
それで今度こそ三人でまじめに話し合った結果、常に多忙で周りに人の多い副団長が単独行動をするとしたら、夜だろうという結論になった。
もしかすると、数日前の怪しい記帳で手に入れたお金を近々どこかに隠しにいくことも考えられる。もしその現場を押さえることができれば、決定的な証拠になるはず。
「となると、やっぱ夜は交代で見張るしかないよな」
フランツの提案に、クロードも同意する。
「そうだな。私とフランツは副団長と同じムーアで寝起きしているから、見張りもしやすい」
どうやら二人で交代で見張るつもりのようだったので、私もすぐにそこに口をはさむ。
「私もやるからね。向かいのムーアだから。窓からこっそり覗いていれば充分見張りできると思うの」
そう伝えると二人は困ったように顔を見合わせた。でも、私の意志が固いとみたのか結局それ以上は渋られることもなく、私も見張りに混ぜてもらえることになったんだ。
だって、二人で見張るとすると彼らの睡眠時間がいつもの半分ずつになっちゃうでしょ。
昼間、魔物討伐に行く彼らにそこまでしてもらうのは申し訳なさすぎる。だから私が入って三人で見張れば、もう少し睡眠時間を伸ばせるから。
いろいろ相談したあげく、就寝から起床までの時間を三分の一にわけて、最初にフランツ、次にクロード。最後の明け方に近い時間帯を私が分担することになった。
私の番になったらクロードが私がいるムーアまで起こしに来てくれるというので、しばらく一階にある簡易ベッドで寝ることにした。幸い、いまは怪我人や病人は誰もいなくて救護班の簡易ベッドは誰も使っていないから。
「でも、夜に追跡って、月が出ている明るい夜ならいいけど。見失っちゃわないかな」
ここは森の中。真夜中に光源といえるものは月くらいしかないのに、満月の日はとっくに過ぎている。このムーアの葉が高く覆い茂る地面までは月の光はほとんど届かない。まして曇りの日には真っ暗闇で何も見えないんじゃないかな。そんな闇の中で追跡なんかできるんだろうか。
そう思っていたら、フランツがフフッと意味ありげに笑った。
「そこは考えてあるよ。ちょっと待ってて」
そう言うと、フランツは私とクロードの食べ終わった食器を手に取ると自分の食器に重ねて、大焚き火の方へと返しに行った。そのあと私たちのところへは戻らず、自分のムーアへと小走りで走っていく後姿が見える。それからしばらくして、彼は手に何かを持ってこちらへ戻ってきた。
「ハァハァ。お待たせ」
息を切らせながら戻ってきた彼は、手に持っていた小さな布包みを手の平の上に広げて見せてくれた。
もう日が沈み始めているのでムーアの森の中は薄暗い。彼が手にしているものをよく見ようと、足元に置いてあったランタンを掲げて見る。
それはこんもりと盛られた粉状の何かだった。ランタンの赤い光に照らされてあまり色はよくわからないけれど、なんとなく黄色っぽい。
「これは?」
一緒にのぞき込んでいたクロードの質問に、フランツは粉を指で軽く掬うと私たちの顔に近づけた。
「黄色い絵の具を作るときに使うんだ。ちょっと匂い嗅いでみて」
彼の指についた粉に鼻を近づけると、ふわんと卵の腐ったような臭いが鼻についた。吸い込みすぎたみたいで、強い臭いに鼻の奥を刺激されて咳き込みそうになる。
「ケホッケホッ。この臭い、知ってる。もしかして、硫黄?」
そう尋ねると、フランツは驚いたように目を丸くした。
「そうだよ。よくわかったね」
そりゃ、温泉の国の人ですもの。OLをしていたときはときどき、日々の疲れを癒すために温泉巡りの旅行にでかけていたりしたもんね。そのとき訪れた温泉の中には、硫黄の香りの強い温泉もあったから。
「それをどうするんだ?」
クロードに問われて、フランツは硫黄を包んでいた布ごと地面に置いた。
「もうちょっと大きな布の上でもいいかもな。夜、みんなが寝静まったあとに、これをムーアの入り口に置いておこうと思うんだ。これを踏んでくれれば、靴の裏にこの匂いがつく。あとは鼻のいい相棒に任せれば臭いを辿ってくれるだろう?」
フフンと得意げにするフランツ。
相棒? 思わずクロードの顔を見てしまったけれど、彼は不思議そうに首を傾げるだけだった。
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