第82話 意外な再会

 それからすぐ、西方騎士団の団員さんたちと村の人たち総出で、村の外に横たわるキングビッグ・ボーの解体作業に入った。


 魔物の解体に慣れている騎士さんたちが次々に解体をしていって、さらに村の人たちが肉をブロックに切り分け、水魔法を使える騎士さんが血抜きをし、クロードをはじめとする氷魔法を使える人たちが肉をすぐに瞬間冷凍していくという流れ作業。

 ほかにも村の人たちに皮や牙も洗って干してもらった。

 結局、夜まで作業は続いてしまったけれど、なんとかその日のうちにすべてを処理し終えることができた。凍らせた肉はひとまず教会の礼拝堂に置かせてもらうことにする。


 そして、ゲルハルト団長が最初に解体してきたあの肉は、晩御飯に使うことになったんだ。民家で鍋とカマドを借りて村の奥さんたちと一緒にシチューをたくさんつくって、騎士団も村人も関係なく全員で食べたの。塩とハーブで肉を煮込んだだけの簡単なシチューだったけど、ビッグ・ボーの肉汁がシチューに浸み込んでいてとっても味わい深かった。


 それにキングビッグ・ボーの肉は強い魔力を帯びているので、それを食べることで騎士さんたちも魔力を回復できたみたい。疲労の色が濃かったレインもすっかり顔色が良くなっていたものね。

 私も食べ終わったあと、なんだか身体の疲れがすっきり取れているような気がした。


 そして無事だった家を貸してもらってひと眠りしたあと、翌朝からはバッケンさんたち修理班主導で、壁にするために壊した家を再び建て直す作業が開始された。

 だけど、私は他にやらなきゃいけないことがあったから、ここからは騎士団とは別行動することになる。


 そう。みんなで解体したキングビッグ・ボーの肉を売る算段をつけなきゃいけないの。付加価値の高い肉をたくさん解体して保管してあっても、販路がなければ宝の持ち腐れだものね。


 だから、ここから一番近い街へ馬で出かけることにした。もちろん、私ひとりじゃ馬を操れないから、今回はアキちゃんに乗せてもらうことになった。それに、案内役の村長さんも馬でついてきてくれるので頼もしい。


 まだ売るアテはないけれど、どうか良い値で売れてほしい。売れなきゃ、せっかくみんなで解体した苦労が水の泡になっちゃう。それが報われるかどうかは、私の肩にかかっていた。


 だけど、まったくアテがないわけじゃないんだ。村の人には、街で売るためにはギルドを通さないといけない決まりがあることは教えてもらっていた。それなら、以前、ヴィラスの街で関わったことのある行商人ギルドにまずは話をしてみようと思っていた。


 同じ交渉をするなら、少しでも面識のある組織の方がいいでしょう? それに、前にヴィラスの街で接した感じでは、行商人ギルドは他の商業ギルドと比べて、考え方がいろいろと柔軟な気がしていた。利益のためなら、襲撃があったばかりのミュレ村にもきてくれるんじゃないかと考えたんだ。


 街へ向かう前にアキちゃんと一緒に馬にエサや水をあげていると、クロードがこちらにやってくるのが見えた。彼は手に持っていた布包みを渡してくれる。


「ほら。切り出しておいたぞ。これくらいの量で足りるか?」


 彼からその布包みを受け取る。ずっしりと重くて、布越しにヒンヤリと冷たさが伝わってきた。


「これだけあれば、とりあえず大丈夫。ありがとう」


 それを肩掛けカバンにしまいながら笑顔で礼を言うと、彼もフッと表情を緩めた。


「上手く行くことを祈ってるよ」

「うん。ありがとう」


 上手く売り先が見つかるのかどうか。高く買ってもらえるのかどうか。不安は尽きないけれど、とにかく頑張って買い手を探すしかない。つい肩に力が入ってしまう。すると、クロードが「そうだ」と何かを思い出したように呟いた。そして、馬の間をきょろきょろと何か探し始める。


「? どうしたの? クロード」


 彼が何を探しているのかわからなくてそう尋ねると、


「ああ、なんだ。こんなところにいたのか」


 彼は、馬たちの横に置かれた飼い葉の山の中で、埋もれるようにしてもしゃもしゃと飼い葉を食べ続けていた黄金の仔羊を抱き上げた。


「この仔が、どうしたの?」


 抱き上げられた仔羊はゴクンと草を飲み込んだあと、黒い瞳をぱちくりさせて私を見上げてくる。仕草がなんともあどけなくて可愛らしい。


「文献によると、バロメッツの黄金羊は周りの人々に幸運をもたらしたと言われている。げん担ぎに過ぎんかもしれんが、何か良い方向に風を変えてくれればいいと思ってな」


「そっか。幸運をもたらす黄金の仔羊さん。どうか、私にも幸運をくださいな」


 そう言って仔羊の額に自分の額をつけると、仔羊は「メェェェェェェェ」と一声鳴いた。それがまるで、『まかせといて!』と言っているような気がして、いつしか肩に入っていた余計な力は抜けていた。




 街へは馬で数時間の距離。

 村を離れると、しばらくは魔物に踏み荒らされた跡が続いていたけれど、少し離れるとそれも見られなくなった。

 街につくと馬を置いて、さっそく行商人ギルドへ向かう。

 でもその途中に、村長さんは街の知り合いに出くわして盛大に驚かれていた。


「お前んとこの村、ひどい目にあったって聞いただぞ!? 大丈夫だったか!?」


 バシバシ背中をたたかれて、ひょろっとした村長さんは困ったように苦笑いを浮かべる。


「あ、ああ。西方騎士団の人たちが駆けつけてくれたで、なんとかみな無事だ」


「騎士団!? 今、ここにきてるのか!?」


「ああ。魔物たちはみんなやっつけてくれただよ」


 と、村長さん。

 その知り合いの人は、目をまん丸くしたあと、顔をくしゃっと歪めた。


「そっか……よかったなぁ。よかったなぁ……」


 と鼻を啜りながら、さらにバシバシと村長さんの背中を叩いた。


「それで、ほかの街や村はどうだっただ?」


 村長さんに尋ねられて、彼はまだぐずぐずと鼻を手で擦っていたけれど、


「他んとこにはそれほど魔物がいかなかったから、なんとか凌げたらしい。いま情報を集めてるとこだったが、……お前んとこだけはな。近くまで人をやって見に行かせたが、魔物が数えきれないほど集まってて近づくことすらできなかったって。見に行った奴は怯えて帰ってきたよ。だから、俺ゃてっきり。……そっか。よかった、ほんとうによかった……」


 目を真っ赤にして答えるその人。あとで村長さんに聞いたところによると、彼はこの街の重役の一人なのだそうだ。

 他の街や村には『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の被害があまりでなかったと聞いて、私も内心ほっとした。


 その人と別れると、私たちは街のメイン通りの奥にある二階建ての建物の前までやってくる。扉の上には、車輪のマークの看板がつけられていた。いや、よく見るとこれ、車輪そのものだね。どうやら、これが行商人ギルドの印みたい。

 村長さんが両開き扉を手で押し開けて中に入ってくので、私とアキちゃんもついていく。


 室内は、外の通り以上に賑やかだった。

 教室くらいの大きさの部屋にいくつか置かれたテーブル席では、布や香辛料のようなものをテーブルに広げて商談の真っ最中。立ち話をしている人たちもそこかしこにいる。


 部屋の奥にカウンターのようなものがあり、村長さんは迷わずそちらに近づいていく。室内の様子を眺めていたら遅れそうになってしまって、慌てて小走りについていこうとしたそのとき。突然、後ろから声をかけられた。


「お? あんたは……」


 聞き覚えのある声に振り向くと、部屋の隅にあるテーブルに足を上げて行儀悪く座っていた一人の男性がのっそりと起き上がった。

 茶色い癖のある髪に、猫背の長身の男性。前見たときは藪にらみがちだったその茶色い瞳は、今は驚いたように大きく見開かれている。


「あ……‼ ヴィラスで会った‼ えっと……ダン……?」


 名前を全部思い出せないでいたら、彼は苦笑ぎみに笑った。


「ダンヴィーノだよ。ヴィラスでは世話になったな」


 その人は、自由都市ヴィラスの行商人ギルド長。ダンヴィーノ・キーンだった。


※※※※※※※※※※※

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