第81話 村の生活再建は魔物にあり?

 村へ戻ると、フランツが抱いてきた黄金の仔羊は馬の世話当番に預けることにした。仔羊は周りの馬たちを恐れることもなく、ぴょんぴょんとおぼつかない脚どりで辺りを楽しそうに跳ね回っていたけれど、飼い葉の山をみつけるとポスっと頭を突っ込んで食べ始めた。そんな仔羊に、馬たちの方が少し警戒気味だった。


 そのあと教会の様子を見てみようとそちらへ足を向けると、教会の前で村の人たちがひたいを突き合わせて村長さんを中心に何やら話し込んでいる。

 通りがかりに耳に飛び込んできたのは、収穫前だった畑や作物が壊滅してしまったことへの落胆の言葉だった。思わず足を止めて、彼らの話し合いに耳を傾ける。


「明日からどうすりゃいいんだ」


「あっちの畑もだめだっただよ。どこもかしこも踏み荒らされて。これじゃ、どうやって冬を越せばいいだか……」


「ここに村を移って八年。ようやく今年はまともに収穫できそうだったのにな」


 と、みな一様に肩を落としている。

 前の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の被害で壊滅してしまった村を離れ、この地に新たな村を築いて八年。貧しいながらも、みんなで支えあって村を立て直してきたのだという。その再建には、ナッシュ副団長が横領した騎士団のお金も使われていたのは想像に難くない。


 そうして肥沃とはいえない土地ながらも協力して開墾し、少しずつ収穫も増え、ようやく今年は充分な実りが期待できるところまでこぎつけた。

 その矢先の、二度目の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』による壊滅的な被害。

 心が折れてしまうのは、無理もないことなんだろう。

 村長さんが私とフランツの存在に気づいて、視線をこちらに向けた。


「騎士団の皆さん。本当に、どうもありがとうございました。本来なら、お礼に宴でもしてさしあげたいのですが、あいにく我が村には村民の食料にすら事欠く始末で……」


 村長さんは、申し訳なさそうに肩を落とす。


「い、いえ。畑まで守ることができなくて申し訳ない」


 そうフランツが答えると、村長さんはゆるゆると首を横に振った。


「一人の死者も出さずに済んで、感謝の言葉も絶えません。前の襲撃の時よりはるかに多くのものが手元に残った。すべてあなた方のおかげです」


 その言葉に、もう一度村長さんは頭を深く下げる。ほかの村の人たちも、すぐに村長にならって頭を下げてくれた。

 でも、これからの村の生活の目処が立っていないのも、また確か。彼らの顔は一様に暗かった。

 そんな彼らを見ていると、少しでも力になれたらと思う気持ちが強くなる。


 そのあと、キングビッグ・ボーの肉の一部を担いで村に帰ってきたゲルハルト団長に、さっき私が思いついたことを相談してみた。もしやるとしたら騎士団の人たちみんなの協力が必要だから、当然団長の許可が必要になるもの。

 意を決して相談したのに、私の話を聞いた団長は愉快そうに笑いだす。


「なるほどなー。そういうことなら、騎士団の連中をどんどん使えばいい。まずは村の建物を直すのを真っ先にさせようかと思ってたが、そっちの方が最優先だな。よし、いますぐ騎士団の連中を集めよう」


 団長が乗り気になってくれれば、話は早い。

 すぐに騎士団全員が村の広場に集められた。団員さんたちだけでなく、村人たちも村長さんの呼びかけでたくさん集っている。


「みんなー。カエデから話があるから、聞いてくれ」


 団長にそう話を振られ、彼に続いてみんなの前に立った私に視線が集まる。注目されると緊張するけど、それを悟られないように深呼吸を一つしてから私は話し出した。


「みなさんがご存じの通り、『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の脅威は去りました。ですが、バロメッツの木が呼び寄せた魔物により、新たな危機に瀕しています。この村の畑が魔物たちによって荒らされ、収穫を控えていた麦や作物がダメになってしまいました」


 村人たちの顔に悔しそうな表情が滲む。

 それでも、私はさらに話を続けた。


「でも、お金があれば当座をしのぐことができます。来年の春までしのげられれば、それまでに畑を耕しなおして再び作物を植えることもできるでしょう。そこで、皆さんに協力してほしいんです」


 私は、後ろにある村の壁を指さした。魔物たちから村を守るために村人と騎士団の人たちが協力して支えた壁。でも、私が指したいのはその壁の向こうにあるものだった。


「ビッグ・ボーからはとても良質の肉が取れます。だから、あの山のような巨大なキングビッグ・ボーの肉を解体して売ればいいと思うんです。幸い、私たち騎士団は日常的に魔物の肉を食べているので、魔物を解体するのには慣れています」


 私の言葉に、ざわざわとどよめきがおこる。


「解体したって、この陽気だ。すぐに腐っちまうよ」


 村人の中からそんな声があがり、すぐに「そうだ」と同意する声が続いた。


「そうですね。今は夏ですから、肉の傷みは早い。でも、それは通常の状態だからです」


 そのとき、集まった人々の後方から、シュバッという音とともに白いものが一筋打ちあがり、みんなの頭上でバシュッとはじけ飛んだ。まるで白い花火のようなそれは、砕け散ってキラキラと人々の身体に降り注ぐ。


「なんだこれ」

「冷たっ」


 キラキラと降り注ぐものは、小さな氷の粒。それはクロードが放った氷の魔法だった。前々からクロードの魔法を間近で見てみたいなぁとは思っていたけど、こんな場面で見ることになるとは思わなかった。


 みんなの後方にいたクロードがもう一度氷の魔法を打ち上げると、今度は頭上に一瞬白い竜が浮かび上がる。白い竜はすぐにキラキラとした氷の粒になって再びみんなの頭上に降り注いだ。


「私は氷魔法の使い手です。肉を凍らせれば、この暑さでも日陰であれば一か月は肉を新鮮なまま保たせられます」


 人々の間に、驚きと歓声があがる。


 私が思いついた計画は、こうだった。

 バロメッツの木の前に横たわる二頭の山のようなキングビッグ・ボー。

 ビッグ・ボーの肉がとても柔らかくてジューシーで美味しいことは、前にも食べたことがあるからわかってる。だから、これをどうにか活かせないかなと思ったの。

 そこで、魔物の肉の解体に慣れた騎士団の人たちと村の人たちとでできるだけ早くキングビッグ・ボーを解体してもらって、それをクロードたち氷魔法が使える人に凍結してもらったあと、街で売ってもらおうと考えたんだ。


 ビッグ・ボーの肉は家畜の肉よりも柔らかくておいしいのに市場で流通していないのは、一般人では捕獲が難しいことと、輸送中の保存が難しいことがあるんだと思う。

 でも凍らして腐敗せずに流通させることができれば、バロメッツの木の魔力を含んでいるという付加価値もついて高値で売れると思ったんだ。


 ちなみに魔力で変異した個体を食べても大丈夫なのかどうかについては、ゲルハルト団長が「前の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』のときの王も食ったことあるけど、別にそのあと体調悪くなったりとかはなかったぞ。しばらくはどんだけ魔力を使ってもすぐに回復するんでおもしろかったな」と自分の身体で試した体験談を教えてくれたので、それを信じることにする。


 もちろん、肉だけじゃなく、皮や角も売ることができるものね。あれだけ大きくて立派な魔物なんだもの。それらを合わせれば、きっと相当な金額になるはず。

 村の人たちは私の説明をじっと聞いていた。その瞳に心なしか光が戻ってきたような気がした。


「どうでしょう。みんなで協力して、やってみませんか?」


 私の問いかけに、村の人たちは「それならいけるんじゃないか?」「やろう!」「希望が見えてきた!」と口々に同意してくれた。

 騎士団の人たちも、どこかホッとした様子。彼らも村の行く末を心配していたんだろう。


「よし! じゃあ、みんな刃物持って、村の外に集合な! 解体だけでも日が暮れる前にやっちまおうぜ!」


 フランツがこぶしを掲げて声をかけると、村人も団員さんたちもみんな声を合わせて「おー!」と元気に声を上げる。

 村に、明るい元気が戻ってきた瞬間だった。

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