第80話 黄金の羊

『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』に実った、黄金の実。

 それがひと際強く輝きだしたかと思った、次の瞬間。

 その実が急にモコモコとしだした。まるで内側から黄金色の綿が次から次へと湧いてくるみたい。


 その不思議な光景に見入っていると、突然その実はプチっと枝から外れて地面に落ちてくる。


「きゃっ」


 びっくりして隣にいたフランツの腕にしがみついちゃった。彼がこちらを見てちらっと笑うからすぐに手を離したけど。


 実は落ちた後も変化を続けていた。そして大きな綿の塊のようになると、今度は下の部分にポスポスッと蹄のついた脚が現れる。

 最後に、ボスッと現れたのは金色の毛並みをした羊の顔だった。黒くつぶらな瞳をパチクリさせると、四本の脚で立ち上がって大きく伸びをし、メェェェェェェェと一声鳴く。実はすっかり、黄金色した仔羊に変わってしまった。


「これが文献にあるバロメッツの黄金羊か」


 いつの間にか傍にきていたクロードが顎に手を当てながら興味深そうに呟く。


「たぶん、魔物に実を食べられなきゃ、もっといっぱい成るんだろうけどなぁ」


 と、フランツ。

 前に彼が『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』には黄金の羊がるって話してくれたときにはどういうものかさっぱり想像できなかったけど、こういうことなのかぁ。

 自然災害とまでいわれる事象を引き起こす厄介な魔法植物にもかかわらず、その実であるバロメッツの仔羊さんは、のんきにもそもそと地面の草を食べ始めた。


「この羊さん自体は、危険はないの……?」


「おそらくな。八年前の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の出現時には、すべての実を魔物に食べられてしまったんで、黄金の羊は出現しなかったんだ。その前の数十年前に木が生えたときは、羊は王城に献上されたと文献にはあったな。それに、もし獰猛で危険な存在だったら、アイツは今頃食われてるだろう」


 クロードがそう平然と言う視線の先では、早速フランツが仔羊に近寄って、背中を撫でていた。


「きゃっ、フランツ! 大丈夫なの!?」


「へ? カエデ、こいつ大人しいよ。警戒してる気配も感じないし」


 当の羊さんは、フランツに触られても意に介した様子もなく、もしゃもしゃと草を食んでいる。

 フランツが触っているから安心したようで、遠まきに見ていたテオとアキちゃんも黄金の仔羊のところへ行くと、優しくその背を撫で始めた。


「わぁ! すごく滑らかな毛並みですね」


「仔羊さん。可愛いいなぁ」


 三人がなでなでしてると、私も触ってみたくて堪らなくなってくる。

 フランツの背に隠れるようにして黄金の仔羊に近寄ると、手を伸ばしてそっと背中に触れてみた。

 ふああああああああああ、とっても柔らかくて滑らか!

 まるで艶やかな綿菓子を触っているかのような触り心地。しかも、毛が密になっているからかなり弾力があるの。いつまでも触っていたくなる。


「すごくやわらかい。……きっと成長して羊毛が取れるようになったら、とってもゴージャスな服ができるんだろうね」


 きっとものすごく高く売れそう。とか、つい現金なことが脳裏に浮かんでしまう。


「貴族の奥様方が我先にと欲しがりそうだよな。とりあえず、ここに置いたままにしておくわけにもいかないから、村に連れて帰るか。暴れるなよ。よいしょっと」


 フランツは黄金の仔羊を抱き上げると、立ち上がった。仔羊はそれでもなお、もしゃもしゃ変わらず草を咀嚼している。よっぽどお腹すいてるみたい。

 私もラーゴの手綱を引いて、彼についていった。クロードたちも一緒に村へと向かう。


 来るときはラーゴに乗っていたから気づかなかったけど、地面ががたがたしていて歩きにくい。ビッグ・ボーや魔物たちの群れがこのあたりを縦横無尽に走り回ったせいで、土が抉れて凸凹になってしまったみたい。


 転ばないように足元を見ながらフランツの後について歩いていると、村の人たちも壁の外に出てきている姿がぽつりぽつりと目に入ってきた。

 みんな一様に地面を眺めて、肩を落としているように見える。どうしたんだろう。

 通りすがりに彼らの様子を眺めていると、誰かが悔しそうに呟くのが耳に入った。


「やっぱ、畑はダメだったか……」


 え? 畑!? そう思って足元を見てみると、すぐそばに稲穂のようなものが落ちていた。泥にまみれて、踏みつぶされた稲穂……いや、小麦の穂、かな。よくよくあたりを見回すと、あちこちに蹴散らされ踏みつぶされた野菜らしき残骸や麦の実が落ちている。


 そうか。ここは畑だったんだ……。ううん。きっと、本来は村の周りに小麦畑や野菜の畑が広がっていたのだろう。

 私たちが到着した時にはもうこの辺りは魔物たちでいっぱいで踏み荒らされていたから、元の姿は想像でしかないけど。


 私は落ちた麦穂を一本拾った。

 青い麦穂。これから秋になれば、きっと黄金色に輝いて村の人たちの冬の蓄えになったはずの作物たち。この様子では、ほとんどすべてがダメになってしまったことだろう。


 そのまま視線を今歩いてきた方に巡らせる。後にはキングビッグ・ボー二頭の死体が山のように横たわっていた。

 歩みを止めた私に気づいて、フランツも黄金の仔羊を抱いたまま足を止める。


「どうしたんだ?」


「ねぇ。ずっと気になってたんだけど、その仔羊はこのあとどうするの?」


 尋ねると、フランツは小首をかしげる。


「うーん。ここの領主か王城に渡すことになるんじゃないかな。この土地のものはここを治める領主のものだし」


 そっか。そうなるんだ。じゃあ、この仔羊さんをここで育てるわけにはいかないのね。この仔が大きくなれば、取れた羊毛を売ったお金で村の人たちの生活を立て直す資金にすることができるかなと思ったけど、それはダメみたい。

 それなら、それ以外の方法で生活を立て直すしかない。

 私はもう一度、キングビッグ・ボーの方に視線をやる。


「フランツ。……これ、利用できないかな」


「へ?」


 キョトンとするフランツに、私はキングビッグ・ボーを指さして見せた。


「村の人たちの生活の助けになるかなって……でも、輸送が問題なのよね」


 いま私が思いついたことを彼らに話して聞かせると、フランツは黄金羊を背負ったまま首をかしげた。


「クロードならどうにかなりそうじゃないか」


クロードも、眼鏡を直しながら応じる。


「ああ。いつもやってることと変わらんしな」


 そう言われて、ようやく調理班での食材の保存方法を思い出した。


「そっか! そうすれば、かなり保つもんね! でも、クロード大丈夫? これ解体すると相当な量になるんじゃない?」


 度重なる戦闘が終わったばかりの彼をこき使ってしまうのは忍びなく思っていると、彼は腕を組んで後方のキングビッグ・ボーを眺めながら事も無げに言った。


「まあ、メインで氷魔法を使うのは私だけだが、威力は落ちるもののサブで使うものも他にはいるしな。それにこれを全部捌くとなったら騎士団全員の手が必要になるだろう?」


 言われてみれば確かにそうだった。

 やるとなると、騎士団全員、できれば村の人たちにも手を貸してもらいたい。疲れ切っているみんなに頼むのは申し訳ないけれど、気温の高いいま、鮮度は時間との勝負だ。


「いいんじゃないか? そういうことなら、みんな協力すると思うよ」


 と、フランツ。

 テオとアキちゃんも、


「僕もお手伝いします!」

「私も!」


と、快く申し出てくれた。


「ありがとう。でも、どうか無理はしないでね。とりあえず、ゲルハルト団長にも話を持ちかけてみようと思うの」


 上手くいくといな。上手くいけば、村の人たちの生活の足しにかなりなるはずだから。

 よし、頑張るぞ。と、私は胸の前で拳を握った。


※※※※※※※※※※※

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