第83話 試食
「なんで、こんなとこにいるんですか!?」
つい素っ頓狂な声をあげてダンヴィーノさんに尋ねると、彼はハハと笑った。
「それはこっちのセリフだ。西方騎士団がこの辺りまでは来てるってのは知ってたが、まさかここにでアンタと出くわすとは思わなかった。俺は、王都に戻る途中だったんだが、『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』がこの先の村に出たってのを聞いて、様子を見てみたくなってな。それで、うちのギルドに何か用なのか?」
ここで彼に出会えたことは渡りに船かもしれない。
行商人ギルドなら多少面識があったので、キングビッグ・ボーの肉を買い取ってもらえるかもしれないと思ってここまで来たのだけど、直接の知り合いである彼が居てくれれば話が早い。もしかして、黄金の仔羊の幸運がこんなところで現れたのかも?
私は、先にカウンターの方へ行ってしまった村長さんを彼に紹介すると、彼の村のすぐ近くにバロメッツの木が生えたことや、その実を食べたキングビッグ・ボーを騎士団が討伐して解体したことなどを話して聞かせる。
ダンヴィーノさんは顎に手を置いたまま、私の話に真剣に耳を傾けてくれていた。そして、話し終わったあと今度は彼から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
「その肉は、どれくらい保つんだ?」
「魔法をかけた本人の話では、強めにかけたので途中でかけなおしが無くても夏場で一か月は保つそうです。ふだん騎士団でもやっている保存方法なので、肉の質が落ちたり痛んだりしないことは私も身をもって経験しています」
「量は?」
「村の教会にめいっぱい入るくらいあります。たくさんあるので行商人ギルドを通して手広く売ってもらえたらと思って、こちらに相談に来ました」
彼の質問に、現時点でわかっていることをできるだけ正確に伝える。
「それで、これが一番大事なことなんだが。そのキングビッグ・ボーの肉ってのは本当に旨いのか?」
「ええ。味は保証します。小さいですがサンプルを持ってきました。お台所をお借り出来たら、今調理してみせますよ」
「おし、わかった。おい、ここのギルド長を呼んでくれ! 台所を貸してほしいんだ!」
ダンヴィーノさんがカウンターに声をかけると、その向こうから身体が大きく不愛想な男がのっそりと現れ、私たちに向かってクイッと顎をしゃくった。この人がここのギルド長みたい。こっちに来いと言っているようだ。
アキちゃんと目を見合わせてうなずきあうと、ダンヴィーノさんも一緒にギルドの裏手へと案内される。
カウンターを抜けると、その後ろには事務室。さらにその奥は中庭になっていて、庭を通った向かい側に小さな台所があった。
「好きに使え」
ギルド長のお言葉に甘えて、まな板と包丁、それにフライパンと油と塩をお借りすることにした。塩は岩塩を金ヤスリで削って使うタイプだ。
アキちゃんと何を作ろうか相談したけど、結局、素材の味を知ってもらうにはシンプルな味付けのステーキにするのがいいだろうという結論になった。
さっそく、調理開始!
肩掛けカバンから、持ってきた肉を取り出すとまな板の上に置く。肉は布で何重にも包んであったのに、その表面には霜がついていた。クロードに凍らせてもらったばかりだから、カチンコチン。
凍った肉はアキちゃんが上手にステーキサイズに切り分けてくれる。それを私がカマドにフライパンをのせて焼く。
ダンヴィーノさんとギルド長は興味津々といった様子で後ろから私たちの調理を眺めていた。
そうこうしているうちに、美味しそうな匂いが台所に漂い始める。岩塩で味を調えたら、もうできあがり。お皿の上でさらに小さく切り分けると、彼らの前に差し出した。
「はい、どうぞ。味見してみてください」
アキちゃんが配るフォークを手にとって、彼らは肉をひと固まりずつ刺す。
「匂いは、いいな。案外ケモノ臭さも少ない」
そんなことを言いながら、二人はパクっと肉を口に入れた。
そしてしばらく黙ってもぐもぐ噛んでいたけれど、ギルド長が一言。
「うまい‼」
叫んだ。ダンヴィーノさんも、
「ああ。驚いた。味もいいし、なにより柔らかい。ビッグ・ボーなんて、突然荷馬車に激突してくるおっかないだけの魔物だと思ってたら、こんなに旨かったんだな」
そんなことを言いながらフォークに二切れ三切れと次々に刺して食べようとするので、ギルド長が彼の前からさっと皿を取り上げた。しかも取り上げただけでなく、どこかへ持っていこうとする。
え? どこへ持っていくの? と驚いて後をついていくと、彼はギルドのほうへ駆けこんでいった。そして、テーブルの一つにドンと皿を置くと、ギルドの中にいる行商人たちに声をかける。
「みんな。これを食ってみてくれ」
そのテーブルに、わらわらと人が寄ってくる。そして、ある人はいぶかしげに、ある人は興味津々といった様子で肉をつまむと、口に入れた。
一瞬の沈黙。
味には自信があったけれど、みんなの反応が怖くてどきどきしながら眺めていたら、堰を切ったようにわぁっとみんなが口々に感想を言い始めた。
「なんだこれ!」
「こんな旨いの、久しぶりに食べたよ」
「なんか、力が漲ってくるようなんだが」
「これアンタんとこで扱ってんのか? いくらだ?」
どの意見も、好意的なものばかり! 感触は上々のようだ。
ギルド長に詳細を問いただそうとする行商人さんたちを、ダンヴィーノさんが前に出て手で制した。
「お前ら落ち着け。いいか、これは『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の魔力を吸ったビッグ・ボーの肉だ」
その名前を聞いて、少なからず驚きの声が商人たちからあがる。しかし、構わずダンヴィーノさんは続けた。
「本来なら
それを聞いて、こうしちゃいられないと行商人さんたちは一斉にギルドから出て行った。
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