第84話 やってきた徴税請負人

 村長さんは街の外れに集まった荷馬車の数を見て驚いていた。ダンヴィーノさんの荷馬車も入れて、全部で十五台。これだけあれば、効率よく肉を運べそう。


「良かったですね。村長さん。これなら全部売れちゃいそうですよ」


 そう声をかけると、居並ぶ荷馬車を呆気にとられた顔で見ていた村長さんも、「あ、ああ」と我に返ったように返事をした。しかしその顔が一瞬、ふっと曇る。


「ただ……税金でどれくらい持ってかれんだかなぁ」


 村長さんは重くため息交じりに呟いた。

 そうだ。税金なんてものがあることを、すっかり忘れてた。そういえば、私もOLしてたころは給料明細もらうたびに、がっつり引かれている住民税や社会保険料の大きさにがっかりしたっけ。


「……税金の支払い、大変なんですか……?」


 ここの世界の人たちがどれだけの税金を払っているのか全然知らなかったから、率直にそんなことを尋ねてみる。


「ああ。人頭税に、地代に、収穫税……。いつも税金除くと、ギリギリ冬を越せるくらいの作物しか手元には残らなんだ」


 うわぁ……それは、きつい。どう声をかけていいのかわからないでいたら、村長さんは、


「まぁ、みんな払ってるだでな」


 そう弱く笑うと自分の馬を取りに行ってしまった。

 帰りはダンヴィーノさんが荷馬車に乗せてくれるというので、私は彼の御者席の隣に座らせてもらう。でも、街を出発してからも頭にずっと村長さんとの会話がひっかかっていた。

 それで、御者席で手綱を握るダンヴィーノさんにも聞いてみたんだ。


「税金って、結構重いんですか?」


 ダンヴィーノさんは、なんでいきなりそんなことを話し出したんだ? って顔をしてたけど、丁寧に答えてくれた。


「軽くはないが、そんな重いと思ったこともねぇがな」


 彼が言うには、都市部と農村では税金の種類は多少違うようだけど、税率や税目は王国で統一されているらしい。


「農村はな。領主から土地を借りて耕作するから、地代だなんだってかかって大変だろうけど、ここ最近は天候に恵まれてたから全国的に豊作続きだ。そんな税金が苦になるってほどでもないと思うがな」


 んん? 村長さんが語ってた内容と、ダンヴィーノさんの言葉にはだいぶ温度差があるように思えた。なんとなく引っかかるものを感じながらも荷馬車に揺られていると、日が暮れる前にはミュレ村へとたどり着く。


 村へ着いてみると、騎士団の運搬隊の荷馬車もミュレ村へ到着していて、せっせと荷下ろしがされている最中だった。これでいつものようにキャンプを張れるね。簡易ベッドもあるし、床に寝なくて済むからちょっと嬉しい。


 ダンヴィーノさんたち行商人さんらをゲルハルト団長や村の人たちに紹介し終えると、私と村長さんはさっそく彼らを、キングビッグ・ボーの肉が保管されている教会へと案内した。

 教会の扉を開けると、ひんやりとした冷気が床を這ってくる。


「うへぇ、こりゃすげぇな。想像以上の量だ」


 ダンヴィーノさんは積みあがった肉のブロックを見て、感嘆の声をあげた。

 麻の大袋に入ったカチコチのお肉の山が私の背丈よりもはるか高くまで積みあがっている。この麻袋は本来は収穫した穀物を保管するときのために用意してあったものなのだそう。もう今年の収穫はないからといって村の人たちが出してきてくれたんだ。


「んじゃ、さっそく計測するとするか」


 ダンヴィーノさんは一緒に来ていた他の行商人さんたちにパッパと指示を出す。もしかして一袋ずつはかりで量るのかな? 量が量だから全部量るのは大変そうだなと思っていたら、意外にも彼らは大きな巻き尺のようなものを荷馬車から持ってきた。


 それを使って彼らはまず横幅を測り始める。

 そっか。重さじゃなくて、体積で測るんだ!

 行商人さんたち数人が巻き尺をもって測っていくのを、ダンヴィーノさんが羊皮紙に記していく。


 そして測り終わると、彼は丸められた布のようなものを取り出して床に広げた。それは一枚のタオルくらいの大きさで、あらかじめマス目が描かれている。そこに、布の中に入っていた小袋から碁石のようなものを取り出すと、そのマス目の上に置いていった。そして、小さな木版に書かれた数字をちらちら見ながら、その碁石を置く場所を動かしていく。


 これ、ナッシュ副団長も帳簿をつけるときに使っているのを見たことがある。

 どうやらこれが、この世界で標準的なソロバンみたいなんだ。

 あの手元で見ている小さな木版にかかれた数字は、どうやら九九らしい。はたから見てると、計算をしているというよりも一人で碁みたいなゲームをしているようにも見えた。


 そうやってそのソロバンのようなもので碁石を動かして何か数値が判明するたびに、ダンヴィーノさんは手元の紙に数字を書き込んでいく。

 そうして計算が終わると、最終的な数字を書き込んだ紙をダンヴィーノさんはこちらに見えるように掲げた。


「こんなもんだが、どうだ」


「……えええ⁉」


 その額を見て、村長が目を見開いたまま固まった。その紙を奪い取るようにして掴み取ると、指で押さえながらもう一度桁数を数えていく。

 何度数えても数字は変わらない。ようやくその金額を理解した村長さんは信じられないといった顔でダンヴィーノさんを見た。


「本当に、こんな額で買い取ってくれるだか?」


「ああ、もちろんだ。これだけ旨くて、しかも魔力まで付加された肉だ。俺も人生のうちで二度と扱うこともないだろうってくらい滅多に手に入らない貴重なもんだしな」


 その金額は、この村の住人全員が春まで暮らしてもまだ充分残るほどの金額だった。

 村長さんは、その紙をぎゅっと抱きしめると強く唇をかみしめる。その様子は、溢れ出ようとする感情を押しとどめようとしているようだった。

 きっといままでの苦労や不安、村の将来を背負う重圧などいろいろなものが去来したんだろう。

 そして彼は私とダンヴィーノさんに深く頭をさげた。


「これで村は冬を越せるだ。ありがたい。そして、カエデさん。本当にありがとうございますだ。ここまでしてもらって、本当に……」


 そのとき、村長さんの言葉の最後を別の声が打ち消した。


「おやおやおや。これが、その魔物の王の肉とやらか。素晴らしい!」


 声のした方を見ると、身なりのいい男性が数人のお供を連れて教会に入ってきたところだった。年の頃は、私とあまり変わらなく見える。

 村長さんは顔を上げると、ボソッと私たちだけにわかる声で教えてくれる。


「この地域を管轄してる徴税請負人のルーファスだ」


 ルーファスというその男は、村長さんの前まで大股でやってくると、


「いやー。『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』が出たと聞いてここらあたりの収穫は絶望的かとあきらめていたが、これはなかなか。よかったじゃないか、コットー」


 耳につくダミ声でルーファスは笑うと、


「さあほら、とっとと計測しないか」


 と、お供の人たちに声をかける。するとお供の人たちは、先ほどダンヴィーノさんが使っていたのと同じような巻き尺で積みあがった肉を計測しはじめた。

 それにしても、こんなにも早く税金の徴税請負人がこの村にくるなんて意外。

 もしかするとこの人たち、行商人ギルドのあるあの街に滞在していたのかもしれない。それで、ギルドの商人たちの動きを知って追いかけてきたのかも。


 むむむ。なかなかお金の匂いに敏感な抜け目のないタイプのようで、これはちょっと気が抜けないぞと緊張した気持ちで彼らの仕事ぶりを眺めていた。

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