第85話 この計算、違っていませんか!?
ダンヴィーノさんは買取代金を用意するために一旦街のギルドへ戻ると言って立ち去った。
村長さんも村の人に呼ばれて行ってしまったので、私は一人で徴税請負人ルーファスとそのお供の人たちが作業しているのに立ち会っていた。
ルーファスのやり方も、ダンヴィーノさんとほぼ同じ。
積みあがった肉を計測してその体積を出し、そこからこの村が払うべき税金額を算出していた。
……のだけど、仕事が遅い! 細かく言うと、計算が遅い!
計算にはダンヴィーノさんが使っていたものと同じようなマス目の書かれた布に碁石のようなものを置いてやっているのだけど、ダンヴィーノさんのような手際の良さがまったくないの!
こうやって見ていると、ダンヴィーノさんがヴィラスという大きな商業都市で行商人ギルドの長なんて要職についているのがよく理解できた。彼と会うのはまだ二回目だけど、彼は決断力や人を動かす力だけじゃなく計算面でも優秀なんだ。
ルーファスはお供の人とあーだこーだ言い合いながらようやく税金の計算を終えたようで、それを羊皮紙に書き記していた。
そこへ村の仕事をひと段落つけた村長さんが戻ってきたので、彼らは村長さんにその羊皮紙を突き付ける。
「ほれ。これが今年のミュレ村の税金だ。もう今年は他の収穫は望めんだろうから、これが全てだな」
その羊皮紙を受け取った村長さんは、震えた声で唸る。
「こ、こんなに……」
その様子にただならないものを感じて、私も横から羊皮紙を覗き込んだ。そして、その額に驚いて一瞬声が出なくなりそうになる。
「……え。こんなに⁉」
ざっくり言って、今回肉を売った収入の三割が税金で取られてしまう計算になっていた。これでは、この冬を越すのには足らないだろう。
前に村長さんが税金が重くて苦しいといっていたのを思い出す。でも、ダンヴィーノさんはそれほど税金が重いと思ったことはないとも言っていた。
なんだろう、この食い違い。職業や住んでいる場所の違いはあるだろうけど、ダンヴィーノさんは行商人として王国内をあちこち行き来してるみたいだから各地の実情にも詳しいはず。
だとすると、本当にこの金額であっているのかな? そんな疑問がわいてくる。
そう考えると次の瞬間にはもう、それを声に出していた。
「この金額の内訳を教えていただけませんか。できたら、税率とその額を導き出した計算の内容も教えてください」
突然私がそんなことを言い出したものだから、ルーファスはそれまで薄ら笑いを浮かべていた表情をこわばらせて私を睨む。
「なぜお前ごときに教えねばならんのだ!」
私は、前にサブリナ様に教えていただいた、片足を下げてスカートをつまむレディの挨拶をしたあと、背筋を伸ばしてまっすぐにルーファスの目を見た。
「私は、西方騎士団金庫番補佐のカエデと申します。失礼ですが、このキングビッグ・ボーの肉は私たち西方騎士団が討伐し解体したものです。ミュレ村に無償譲渡するつもりではありましたが、まだ現時点では西方騎士団の所有物となっております。でしたら、それにかかる税額を精査するのもまた、西方騎士団金庫番補佐である私の役目です」
よくもまぁ、つらつらと言葉がでてくるものだなと自分で内心感心しながらも、私はルーファスを睨みつけるようにしながら告げた。
実際には村の人たちにも解体を手伝ってもらったし、そもそもこの肉を騎士団のものにするつもりはなかったけれど、肉を解体しようと言い出したのは私なんだからこれくらいの言い分は許されるよね。
ルーファスも西方騎士団の名を出されると、抗えなかったのだろう。
威圧的だった態度が、あからさまに変わった。
「ぐっ……わ、わかりました。お伝えいたしますよ」
そして彼は、この税額を出した内訳を教えてくれた。
税の内訳は、収穫物からくる収穫税と、村人一人ひとりにかかる人頭税、それに領主からこの地域を耕作するため土地を借り受けた地代の三種類だった。
人頭税、地代はともかくとして。
気になったのは、この収穫税だ。
本来、収穫物の十分の一を徴収するもののはずなのに、示された税額はダンヴィーノさんが提示した買取金額の四割を超える金額になっていた。これは明らかにおかしい。
さらに細かく内訳を聞いてみると、まず肉の体積を計算したときの計測結果がダンヴィーノさんが計測したものと明らかに違っている。
縦、横、高さの数値がそれぞれルーファスが計測した方が長かったんだ。それに、そこに掛け合わせる単価も違う。これでは肉の売買代金が大幅に違ってしまうから、税額も違ってくるのは当たり前だ。
ルーファスは、ダンヴィーノさんが立ち去るときに彼から買取単価を聞いていたのは私も見た。だから正確な買取単価を知っているはずなのに、ルーファスが計算した単価は元の単価よりも少し高くなっていた。
それらを計算していくと、ルーファスが計算したキングビック・ボーの収入額はダンヴィーノさんが提示した額の約二倍になっていたんだ。
なんだこれ。怒りがふつふつとわいてくる。
はじめに村長さんに見せられた羊皮紙には金額しか書かれていなかったからわからなかったけど、内訳を見てみると明らかに嵩増ししてるじゃない!
これも私が西方騎士団の名を語ったから、逃げられないと思って細かく教えてくれたんだろうけど、それがなければのらりくらりかわされ誤魔化されていたかもしれない。
村長さんを含め村の人たちは計算も税金についても疎いと分かっていて、無理やり高い金額をむしり取ろうとしているのは明らかだった。
「ちょっと待っててくださいね。今、計算し直します」
私は教会の隅においてあった荷物から筆記用具と紙を取り出すと、彼らの目の前ですぐに計算してみせた。
あんな布や碁石のような計算器具がなくても、筆算してしまえばあっという間に答えは出てくる。
私はすぐに数値を導き出すと、ルーファスたちにその紙を突き付けた。
「これが、行商人ギルドの計測値と、アナタがおっしゃった税率で計算したミュレ村の税額です。ご確認ください」
「ま、待ってくれ。アナタは我々の計測が間違っていたとおっしゃりたいのか!?」
言葉は丁寧になっていたけど、激高したように顔を真っ赤にしてルーファスは言う。
「じゃあ逆にお聞きしますけれど、アナタは行商人ギルドの計測した数値が信じられないとおっしゃるんですか? あのダンヴィーノさんが、自由都市ヴィラスの行商人ギルド長であることはお調べいただければすぐにわかると思います。その人が、買取商品について計測した数値が間違っているとでも?」
そう言って詰め寄ると、ルーファスはさっきまで露わにしていた怒りを引っ込め、今度はしどろもどろに視線をそらした。
「い、いや、そういうわけでは……。わ、わかった。もう一回、その数値で計算してみよう。そんなちゃっちゃと落書きしただけで正しい計算などできるはずが……」
すぐにルーファスはお供の人たちに指示を出して計算し直しさせる。やっぱりあの布と碁石を使ってもたもたと計算していたけれど、しばらく待っていると計算結果が出たようだった。
「信じられん……そちらと同じ金額だ。線そろばんも使わずにどうやって計算したのかさっぱりわからんが……た、たしかに、そちらの提示した税額で間違いないようだ。わかった。それでこちらも了承しましょう」
そう言って、ルーファスはさきほど村長さんに渡した羊皮紙に書かれていた金額に大きくバツをして、その下に私が示した金額を書いた。
了承もなにも、それが正しい税額で、アンタがさっき計算したものが大幅に間違っていたんでしょうが! って言いたかったけれど、これ以上の言葉はケンカを売ることになってしまうので何とか飲み込み、にっこりと笑みに変える。
「ありがとうございます。さぁ、村長さん。この金額でいいそうですよ」
「ほ、ほんとうに……これで……?」
村長さんはまだ信じられないようで、私とルーファスを交互に見ていたけれど、私が大きく頷くとようやく安心したように表情を緩ませた。
私が出した税額は、ルーファスが最初に提示したものの半分以下。つまり、収入の八割五分は村に残る金額になっていた。
村長はぎゅっとその紙を胸に抱く。
「ありがとう。本当に、ありがとう。何と礼を言っていいか……」
そう何度も何度も村長は泣きそうな顔でお礼を言ってくれた。これで、ミーチャやみんなが安心して冬を越して春を迎えられるなら、私も何より嬉しいもの!
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