第38話 そして、危機的惨状
キャンプ地に戻ってきた私たちの目にまっさきに飛び込んできたのは、巨大な炎の塊となって燃えているあのドラゴンの死体だった。
レインが、アンデッドは燃やしてしまわないといけないのだと教えてくれる。彼は人の集まっているところへと馬を寄せた。
数時間ぶりに戻ってきたキャンプ地の景色は一変していた。
森の木々は、まるで大型台風が過ぎ去ったあとみたいになぎ倒されている。そのうえ黒く焦げて幹だけになった場所や、まだ燃えているところもあった。大焚き火もテント類も壊され、踏み潰され、ぐちゃぐちゃになっている。
そんな中に戻ってきた私たち。
あまりの被害の大きさに私はひと言も発することができなかった。サブリナ様は馬から降りながら、
「怪我人はどこ!?」
と、周りへ声をかける。すぐに一人の騎士さんが近寄ってきて、彼女とレインを重傷人が寝かされているという一角へと案内した。その際、サブリナ様は私に「大丈夫よ。どこかに座ってゆっくりしてなさい」と声をかけてくださったけど、どうしていいのかわからなくて、結局私もあとについていった。
案内されたのはキャンプ地の外れ。そこには多くの団員さんたちが、地面に横たわり、うめき声をあげていた。
サブリナ様はぐったりと横になっている騎士さんのそばへいくとすぐに手をかざして治療を始める。傍目から見ても、その人は上半身に酷い火傷を負っているのがわかる。彼は目を瞑ったまま、肩でゼーゼーと大きな息をしていてとても辛そうだった。
レインもすぐに、別の重傷者のところに行って治療を始めた。
私も何かを手伝おうと思っても、何をしていいのかもわからない。おろおろと辺りを見回すしかできないでいると、すぐそばに見慣れた金髪の少年が横になっていることに気づいた。
「……テオ!?」
横たわっている少年のそばに行く。やっぱりテオだ。彼は一見、どこにも怪我した様子はなかったのでただ仰向けになって眠っているようにも見えた。
そのとき、怪我した腕を抱えて近くに座り込んでいた別の騎士さんが教えてくれた。
「そいつは魔力の使いすぎだよ。自分の命の分まで使っちまったんだ。正直、生きているのが不思議なくらいだよ」
「……え。そ、そんな……。じゃあ、どうすれば!?」
つい荒い言葉を投げてしまったけれど、彼は気の毒そうに肩をすくめただけだった。
そのときポンと肩を叩かれる。振り返るとレインが来てくれていた。彼はテオのそばに片膝をつくと、その
彼の手がボンヤリとあたたかな光をまとった。だけど、すぐにその光がスゥッとテオに吸い込まれるように消えてしまう。レインは目を開けると、もう一度テオの額に手をかざしてヒーリングの力を使うものの、彼の手に集まった光はまたスゥッと消えてしまう。
「……これは、まずいな」
レインが呻く。そして、私の方を見ると、申し訳なさそうに教えてくれた。
「テオが使う魔法は精霊魔法と呼ばれる特殊なものなんだよ。普通の魔法、たとえばフランツが使うものやクロードの氷魔法なんかだったら、使いすぎても体内から魔力がなくなって気絶するだけで済む。数日寝れば回復するものなんだ。でも、精霊魔法は違う。精霊達は使役されたあと、自分の働きに応じて使役者の体内から魔力を持っていってしまうんだ」
そう話しながらもレインは何度もテオに力を使おうとするけれど、結果は何度やっても同じだった。
「だから、自分の持っている魔力以上に使役して精霊を働かせると、生命維持に必要な魔力まで吸い取られてしまって死に至ることもある。今のテオは、辛うじて命を繋いではいるけれどほぼ仮死状態だ。おそらくまだ使った精霊魔法分の魔力を払いきれていないんだろう。だから魔法の力を入れれば入れるほど、どこかに吸い取られてしまう。いまだいぶ注ぎ込んだけど、まだ危ない状態にあるのは変わりないな。治療にはもっと沢山の魔力が必要になってくるんだが……」
そして、レインはテオの髪を優しく撫でてやりながら、悔しそうに言葉を続けた。
「すまない。私の魔力は有限だ。サブリナ様も私より遥かに多くの魔力を持っているけれど、これだけ沢山の瀕死の人間が出ては……だから、テオの治療にだけ使うわけにはいかないんだよ」
彼の言いたいことはわかる。
どれだけの人が怪我をしたのかはわからないけれど、重傷の人もかなりたくさんいるみたい。それだけの人たちを治療するのに、きっととてつもない量の魔力が必要になるのだろう。だからテオにだけ魔力を費やすわけにはいかない……というレインの言葉は理解できる。
でも、頭ではそうわかってはいても、なんとか助けてほしいと願わずにはいられなかった。
「また、折を見てテオの治療に来るよ。それと……カエデ。これはよく聞いてほしいんだけど」
そう念を押すと、レインは森の一角を指さした。そちらにも十数人の団員が座ったり横になったりしているのが見える。
「君はあちらに近づいてはいけないよ。彼らは……アンデッド・ドラゴンの体液を浴びている。だから、アンデッド化する可能性がまだゼロじゃない」
「アンデッド化……?」
「あのドラゴンのように、脳や身体が腐り出して命あるものを襲い出す病状のことをいうんだ。もしそうなったら……たとえ仲間であっても、討伐せざるをえない」
討伐……?
ごくりと生唾を飲み込もうとしたのに、上手く飲み込めない。口の中がカラカラになっていた。
体液って……魔物に直接立ち向かう人が一番浴びやすいってことはすぐに思い至った。だったら、フランツは……?
討伐、という言葉が何度も頭の中に木霊する。それはつまり、あのドラゴンのようになってしまう前に殺してしまうということ……?
「治療は……治療はできないんですか!?」
気がつくと、レインの腕を掴んでいた。力一杯握ってしまっていたけれど、彼は振り払うことはせず、申し訳なさそうにこちらから目を逸らす。
「一旦アンデッド化してしまえば、治療は不可能だ。でもその前なら、浄化、という能力を使えばアンデッド化を防ぐことはできる。ただ、浄化というのはつまり高濃度の
彼の言葉はつまり、ここにはそれだけのヒーラーも足りていないし、ポーションも足りていないことを意味していた。
「そんな……」
それ以上、言葉が出ない。
スカートの裾をぎゅっと握って、必死に治癒しているサブリナ様やレインの姿を眺めながら、ただそこに立ち尽くすしかできない私は残酷な現実に押しつぶされそうだった。
風に乗って、だれかの話す声が耳を掠める。
「もう……西方騎士団は終わりかもしれんな」
「ああ……これじゃ、壊滅だ……」
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