第39話 拒否された救援
いつまでそうやって立ち尽くしていたんだろう。
ふと、そういえばポーションはどうしたんだろうと気にかかった。今朝見たときはまだ結構在庫があったはず。もしまだ未使用のものがあれば持ってこよう。少しでも治療の足しになるはず。そう思ってポーションを保管していた救護班の倉庫用テントへと足を向けた。
なぎ倒され、燃やされて残骸のようになったテントの間を縫って歩く。
足元がおぼつかなくて転がりそうになりながらも、なんとか救護班のあった場所にたどりついた。でもそこも、すっかり元の姿を留めてはいなかった。
「そんな……」
救護テントも、倉庫用テントも黒い燃えかすになっていた。周りには割れたものや燃えて変質してしまったポーションの小瓶も散乱している。しゃがんで割れた小瓶を手に取るけれど、中身はすべて流れ出てしまっていた。無事だったポーションは一本もない。それでもざっと数を数えると元々在庫にあった数とはあわなかったので、もしかしたら無事だったポーションは既に団員の人たちが持っていったのかもしれない。
それでも、それくらいのポーションで足りるはずがないことは私にもわかっていた。
ポーションがあれば。もっとたくさんのポーションがあれば。
フランツたちを助けることも出来るし、テオの命を繋ぐこともできるかもしれない。
それにたくさんの怪我人を助けることもできるのに。
小瓶をぎゅっと握り込む。さっき耳を掠めた西方騎士団壊滅という言葉が何度も頭の中に蘇ってきた。
そこに、前にサブリナ様から聞いた話も重なる。遠征中に亡くなった人は、その場に埋めていくのだという。もしかしたら、ここに……この土地に、誰かを埋めていかなくてはならなくなるんだろうか。形見の品だけを王都に持ち帰って。
こんなときなのに、私は何も出来ない。サブリナ様とレインは、いまも必死にみんなを治癒してまわっている。テオは魔力が尽きて命が危なくなっているし、レインが近づいてはいけないと言った一角にフランツがいることはたぶん間違いない。彼が生きているのかどうか、怪我をしているのか無事なのか、それすら確認に行くこともできないでいた。
なんて、私は無力なんだろう。ここにいたって、大切な人たちのために何をすることもできない。祈ることしかできない。それだって、ここの世界の神様のことすらほとんど知らない。
そのとき、森の奥からちらちらと灯りが三つこちらに近づいてくるのが見えた。
人が乗る三頭の馬がキャンプ地に走り込んでくると、私の前を通り過ぎ、大焚き火のあったあたりで止まった。その周りに人が集まっていくので、私も何となくそちらに足を向ける。
馬から降りてきたのは、ナッシュ副団長と二人の騎士団員だった。
周りに集まった人たちは「どうでした?」などと口々に副団長に尋ねているけれど、彼は険しい表情でゆるゆると首を横に振る。
「自由都市『ヴィラス』からの助けはこない。王国の組織に協力はできないと、その一点張りで街門の中に入ることすらできなかった」
その言葉に、集まった人々は落胆の色を濃くする。
そして、今度はあちこちで激昂した声が湧き上がった。
「なんでですか! 俺たちは、ヴィラスのためにも戦ったのに!」
「そうだ! 俺たちがあのアンデッド・ドラゴンをやらなきゃ、あの街が襲われてたはずでしょう!?」
そうだよね。みんな、ここで命を賭けて戦ったのはヴィラスを守るためでもあったのに。それなのに、その戦いで傷ついた彼らにまで堅く門を閉ざして死ねというのだろうか。それはあまりに酷い仕打ちに思えた。
「せめて、ポーションだけでも買えなかったんですか!? それか、ヒーラーの一人でも雇うことは!?」
その言葉にも、副団長は首を横に振る。
「……アンデッド・ドラゴンとの戦いで汚染されているかもしれない金貨など、受け取れないとさ」
「そんな……」
みな一様に言葉をなくした。
ヴィラスの街に救援は求められない。ポーションの購入すら拒否され、門の中にすら入れてもらえない。
副団長たちはその場で、幹部の人たちと今後の対策を相談しだした。私はなんとなくこの場から立ち去る気にもなれず、彼らの話に耳を傾ける。
ここに立ち寄る前に買い物をしたあの街に、ポーションを買出しに行くという案も出る。ポーションを売っていたり、ヒーラーが常駐したりしているのはある程度大きな教会がある街に限られるのだそうで、この近辺でその規模の街となると、ヴィラスか前に行った街ぐらいしかないらしい。だけど、前に行った街へは馬でさえ、行って帰ってくるだけで一週間近くかかってしまうのだそうだ。
もしアンデッド・ドラゴンの体液を浴びた人たちが感染していた場合、浄化しないでいると二日もすると発症してしまうらしい。一週間もかかるのでは遅すぎる、といって、団員の一人は悔しげに声をあげた。
それはみんな、同じ気持ちだったのだろう。
一人でも多く助けたい。誰もアンデッドになんてさせたくない。まして、いままで仲間だった相手を討伐するだなんて、想像することすら頭が拒否していた。
「フランツ……」
気付かず、口から彼の名前が漏れる。
彼に会いたい。私もアンデッドになってもいいから、彼にいますぐ会いたかった。彼に触れたかった。彼が生きていることを確かめたかった。
不思議と、涙は浮かんでこない。もうたくさん考えすぎて、たくさん心配しすぎて、頭のどこかが麻痺してしまっているみたいにぼんやりしている。
ふらりと、足が彼の居る方へと向く。そのまま足をもつれさせそうになりながらふらふらと歩いていたら、急に腕を掴まれた。
振り向くと、私の腕を掴んだのはクロードだった。いつからそこにいたんだろう。全然気がつかなかった。
「クロード……」
彼の視線が痛い。顔を上げられず、俯いたままじっとしていたら彼が尋ねてくる。
「どこへいくつもりだ?」
「…………」
答えられなかった。彼はきっと、私がどこに向かおうとしているのか気づいていたのだろう。
一つ小さく嘆息すると、静かな声でこう言った。
「フランツなら、無事だ」
私は弾かれたように顔を上げる。けれど、彼の表情はかたく強ばったまま。
「だが、アイツはドラゴンの体液を大量に浴びている。ドラゴンにトドメを刺したのはアイツと団長だからな。そのとき、大量に浴びたのを私も見た。でも……もし、何かあっても、アイツは英雄として讃えられるだろう」
何かあったらって、何があるというのだろう。
何が英雄だろう。それは彼が望んだことだったの?
いつも絵を描くのが好きだと穏やかに笑っていたあの彼が、そんな風に英雄になることなんて望んでいるとは思えなかった。
くしゃっと歪めた両目から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
そんなの酷すぎるよ。
涙が次から次へと溢れて、地面に落ちた。
一度溢れ出した涙はすぐには止まらない。
いつの間にかクロードが私のことを抱きしめてくれていて、私は彼の胸に頭を預けて泣きじゃくっていた。
フランツに会いたい。彼のもとに行きたい。彼の笑顔を見たい。
いつもの彼の笑顔がずっと胸の中にある。
彼は私をたくさん助けてくれた。ここまでずっと支えてきてくれた。
ドラゴンと対峙したときですら、私のことを心配して見守ってくれていた。
寂しいとき、辛いとき、悲しいとき。
いつも傍にいてくれたのに。
なのに。
私は彼に何をしてあげられたんだろう。
彼のために、何ができたんだろう。
思いっきり泣いたことで、頭の中に詰まって破裂しそうになっていた感情の渦が涙とともに流れ出してしまったのかもしれない。
少し気持ちが落ち着いてくる。
ほんの少しでもいい。彼のために。
そして、私を受け入れてくれた、みんなのために。
できるだけのことをしたい。
ううん。しなくちゃ。諦めることなら、そのあとでもできる。
力が抜けて崩れそうになっていた足を、なんとか踏ん張った。
クロードのシャツをぎゅっと握る。
顔をあげると、しゃくりあげながら、それでも一つ大きく息を吸い込んだ。
そしてクロードの青い瞳を強く見つめる。
「クロード。どうすれば、フランツを助けられるのかな」
涙に掠れた私の声に、クロードは驚いたようにこちらを見ていた。でも、はっと我に返ると少し考えたあと。
「そうだな……。大量のポーションと、できるかぎりのヒーラーの増員。それがあれば、フランツも、この西方騎士団も持ち直すだろう。しかし、今の団にそこまでの持ち金はないし、かき集めた金貨すら受け取りを拒否されたと聞く。そもそも街に入れない」
「あのヴィラスの街には、それがあるのね」
「ああ……おそらく。あれだけの規模と豊かさを誇る街だ。場合によっては王国と揉めたときに籠城することも考えて、大量のポーションやヒーラーを抱えている可能性はある」
あの街には、助かるためのモノがある。
考えよう。考えるの、カエデ。
どうしたらいい。どうやったら、それらを引き出すことができる。どうやったら街に入れてもらえる。どうしたら。
必死に頭を巡らせる。頭が痛くなるほどに、考える、思い出す、諦めない、逃げ出さない。
いままで自分が見聞きしたこと、知っていたこと、身につけてきたこと。そこに、ヒントはない? どこかに……。
いつしか、涙も止まっていた。
「いくつか教えてほしいことがあるの。こんな時にって、思うかも知れないけれど。もしかしたら、何か手がかりになるかもしれないから」
クロードは、急にそんなことを言いだした私に、ただただ驚いているようだった。
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