第40話 ほんの少しの再会
クロードにいくつか尋ねてみてわかったことがある。
まず、この国にはまだ銀行のような制度は存在しないこと。だから、融資のようなものは受けることはできないみたい。
金貸しは存在するけれどとても高い利子をとられるうえ、個人でやっている小規模のものがほとんどみたい。大商人なら大金を用立てられないわけではないだろうけど、王国との微妙な関係もあって、自由都市ヴィラスにいる大商人に話をもちかけても断られる可能性も高そうだった。
そもそも、街に入れないのだから、大商人を見つけて話をすることすらできないし。
「あそこは商人のギルドが支配する街だ。だから、商人の掟が何より優先するとは聞いたことがある」
と、そうクロードは教えてくれた。
「うん、わかった。ありがとう」
やっぱりここの経済システムは、私が元いた世界の中世ヨーロッパに似ている。
経済活動は活発になって商業は成長しつつあるのに、まだそこまでの金融システムが発生していない時代。
だからこそ、私の知識が役立つかも知れない。元いた世界では当たり前にあったもので、こちらにはまだないもの。
一つ、浮かんだ考えがあった。
上手く行くかどうかわからないけれど、賭けてみるしかないもの。
「クロード。団長さんと副団長さんに相談したいことがあるの。いますぐ話せるかな?」
「副団長なら、あとでまたヴィラスに行くといっていたが、馬が出てったのを見ていないからまだいるかもしれんな。団長は、フランツと同じで大量に体液を浴びているから、あそこの隔離された一角にいる」
「じゃあ、まずは副団長さんとお話しできたらいいな」
「わかった。こっちだ」
クロードに連れられて、私は臨時の作戦本部になっている一角に向かった。そこには小さな焚き火が焚かれ、それを囲むように椅子を並べて副団長はじめ団の偉い人たちが頭を付き合わせて難しい顔をしていた。いつもならその真ん中にいるはずのゲルハルト団長の姿は、今はここにはない。
彼らは、突然近寄ってきた私とクロードに気づくと、一斉に顔を上げてこちらを見る。
「……どうした?」
私は副団長の傍へと、一歩進み出るとお願いした。
「副団長。聞いていただきたいことがあります」
「何を言ってるんだ! これからヴィラスに向かわねばならん! 忙しいんだ!」
近くに居たベテラン騎士の一人が、声を荒げる。その声の大きさに、ついビクッとしてしまったけれど、ひるんでなんていられない。
話を聞いて欲しいのは、あなたなんです。副団長。
この騎士団のお金を一手に握っている金庫番のあなただからこそ、聞いてほしいんです。権限を持たない他の人たちは、黙っててください。そういう気持ちで、ジッと副団長を見つめる。
その気持ちが通じたのか、副団長は椅子を座り直すと身体をこちらに向けてくれた。
「いいとも。話してごらん」
「はいっ」
私は副団長に自分が考えていることを伝えた。それを、彼は何度も頷きながら聞いていた。すべて聞き終わったあと、彼は黙って何かを考えているようだった。
彼がどう判断するのか、その答えを聞くのが怖かった。
永遠とも思えるほどの沈黙の後、ようやく副団長は静かに口を開く。
「そんなこと、考えたこともなかったな。……できないわけじゃない、とは思う。団長は何かあったときのために王の委任状を持っているし、王都にはこういうときのための緊急予算もある。ただ、いまそれを取りに戻る時間も手段もない。だから……そういう手を使えば、あるいは」
そう言うと、副団長は立ちあがった。
「よし。今から、団長のところへ行こう。彼の判断も必要だ」
周りのベテラン団員たちの中には副団長を止めようとする人もいたけれど、彼は他にも団長と相談したいことが山積みだしちょうど良かった、距離を取って話せばさほど危険はないとかなんとか言って他の団員たちを説得すると、すぐに団長と会う手はずを整えてくれた。
団長とは、副団長同伴の元、キャンプ地から少し離れた森の中で会うことになる。
アンデッド・ドラゴンの体液を大量に浴びたと聞いていたけれど、数時間ぶりに目にした団長は顔や衣服に汚れなどもなく、こざっぱりとした姿をしていた。
なんでも、ついた体液は水魔法を使える団員の力で洗い流したんだそうだ。
「臭いがとれないのは、なんとも気が滅入るがね」
なんていって、団長はいつものように笑っていた。なんて精神力の強い人なんだろう。数日後にはアンデッド化してしまうかもしれないというのに。きっと私だったら、不安で打ちのめされているにちがいない。
それでも万が一でも彼から感染してしまうリスクを減らすために、三メートルほどの距離をとって話すことになった。それぞれの足元に置かれたランタンがお互いをぼんやりと照らし出す。
私は先ほど副団長に話したことを、団長にも話して聞かせる。団長は木に寄りかかって、腕組みをしたままこちらの話をジッと聞いていた。私が話し終わると、団長は副団長に念のために聞きたいんだがと断ってから、金銭的にそういうことは可能なのかと尋ねた。
副団長は、
「いままで聞いたことがない話ではあります。ですが、王宮の予算的には問題ありません。多少、手続きなどの問題があったところで、このままでは西方騎士団は壊滅を免れず、それを防ぐため仕方なかったといえば枢密院も文句は言えないはずです」
と答える。それを聞いて、団長は大きく頷いた。
「王宮の予算で支払いが認められるんなら、あとの問題はこっちでなんとでもできる。まぁ、最悪王宮予算で認められなくても、貴族連中が金出し合えばなんとかなんだろ。それよりまず、生きて王都まで帰ることが先決だ」
そして私の方に目を向けると、彼はニッと笑った。
「上手く行くと良いな。頼んだぞ、カエデ」
「はいっ」
この騎士団で一番強い権限を持っているゲルハルト団長。その彼に自分の考えを認めてもらえて、つい涙腺が緩みそうになってしまう。
団長はもう一度こちらに目を細めると、腕組みを解いて寄りかかっていた木の裏に声をかけた。
「ほら、話は終わったから、こっち来ていいぞ」
その声を合図に、木の裏側の暗がりから一人の青年が出てくる。
金色の髪をした長身の彼は、こちらを見て嬉しそうに翡翠色の瞳を細めた。
「……カエデ」
「フランツ……! 良かった、無事で……」
数時間ぶりの再会のはずなのに、なんだかもう長い間会ってなかったように思えた。幸い彼は怪我や火傷をしている様子もなく、しっかりした足取りで団長の横に歩いてくる。
「カエデも、無事そうで良かった。本当に」
懐かしい彼の声。
いますぐ彼の元に駆け寄って、抱きつきたかった。でも、その距離を縮めることはできない。副団長は私が彼のところへ行ってしまいそうだと思ったのか、制するように私の前に右手を出していた。
「フランツ、怪我してない? 痛いとことかない?」
「ああ。ドラゴンの首を切って着地したときに、ちょっと足を捻ってちゃって、そこが少し痛いくらい。あとは何ともないよ」
彼も感染のことは言わなかった。でもそのことは、わざわざ口にしなくてもこの二人の距離が物語っている。
「ただ、テオが……あいつ、俺を助けるために無理して精霊魔法を使って……」
そう言って、フランツは顔を曇らせた。
テオはまだ、生死の境を
私は笑顔でフランツに言う。彼に言うことで、勇気を貰える気がしたから。
「私、ヴィラスの街に行ってくる。そして、ポーションたくさん買って、ヒーラーさんたちもたくさん連れてくる! そうしたらテオもフランツもみんなも、きっと大丈夫だから。だから、それまで……」
フランツも私の言葉に頷くと、
「ああ。待ってるよ。でも、どうか無理だけはするなよ?」
そう言葉をかけてくれた。
こんなときでも、彼は私のことを心配してくれる。本当は、自分の身体のことだって心配でならないだろうに。
私は大きく頷き返した。
「うん。いってきます」
もう、後には引けない。なんとしても、ポーションをたくさん買って、ヒーラーさん達もたくさん連れてくるんだ。
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