第41話 自由都市ヴィラス

 フランツたちと別れた私たちは、準備を済ませるとすぐに自由都市ヴィラスに向かうことになった。メンバーは私と副団長、それにクロードの三人。私はクロードの馬の後ろにのせてもらう。

 月の明りがあるとはいえ、今は深夜。棒の先につけたランタンの仄かな灯りをたよりに、馬は進んでいく。


 こんな時間に、街の人たちは会ってくれるんだろうか。そもそも、門を開けてもらえるんだろうか。

 不安はどんどん降り積もって今にも押しつぶされそうだった。


 しばらく草原を走ると、目前に大きな街壁が見えてくる。背の高い街壁にぐるっと取り囲まれたヴィラスの街。以前行ったことのあるロロアの街とは比べものにならない大きさだった。

 壁の下と上には等間隔に篝火かがりびが焚かれ、大きな木製の両開き門は堅く閉ざされていた。







 そのころ、自由都市ヴィラスの中。

 街門の管理を任されているダンヴィーノは、短い茶色の癖毛を撫でつけながら門番の詰所から出た。

 彼はここヴィラスの行商人ギルドでギルド長をしており、ヴィラスを治める評議会のメンバーでもある。そんな彼は、本来ならこんな時間にこんな場所にいる必要などない立場のはず。

 しかし、いまは緊急事態。そんなことはいっていられなかった。


 近隣の森でアンデッド・ドラゴンが出たという情報は既に入っていた。そしてそれをたまたま居合わせた王国の西方騎士団が討伐し、多数の負傷者が出ているということも知っていた。

 もしアンデッド・ドラゴンがこの街を襲っていれば、とてつもない被害が出ただろう。自分とて無事だったかわからない。

 だから、西方騎士団がこの地方に立ち寄る時期に、その襲来がたまたま重なったのは不幸中の幸いといえるだろう。


 しかし、問題はまだあった。

 ほぼ壊滅状態となった西方騎士団が、こちらに救援を求めてきたのだ。すぐに緊急評議会が開かれたが、出た結論は「彼らに関与しない」ということだった。彼らは王国の人間であり、こちらから討伐を頼んだ覚えもない。彼らは勝手にドラゴンを討伐して勝手に負傷したのだ。こちらが関与する必要はない、というのが評議会の出した結論だった。


 正直、ダンヴィーノはその決定をくそったれだと思ったが、異を唱えることはしなかった。


 アンデッドの襲来で最も怖いのは、アンデッドへの感染だ。アンデッド・ドラゴンと直接対峙した西方騎士団の多くは感染している可能性が高い。だから、関わりたくない。扉を閉ざして彼らを入れるな、そういうことなのだろうと考えると、評議会の決定を愚かだと決めつけることもできない。


(まぁ、なんにしろ。俺たち行商人には関係のないことだけどな)


 そう自分を納得させる。

 行商人は、街から街へ、地方から地方へと商売を通じてモノと金を運ぶのが仕事。街と国との対立など、はなから知ったことではないのだ。


 先程、評議会の決定に従って西方騎士団からの使者を一度は追い返したが、彼らは再びやってくることが予想された。おそらく何度だってくるだろう。

 なぜなら、この街にしか助けを求める場所はないのだから。


 だから今日はこの門番の詰所に泊まることにしたのだ。彼らが来れば、いつでも対処できるようにと、詰所のベッドを借りて仮眠していた。そして、いま起こされたところだ。

 夏は近いとはいえ、夜はぐっと気温が下がる。ダンヴィーノは薄手の外套を肩にひっかけると、正門へと足早に歩いて行った。


(さて。今回はどう出てくる。さっきはひたすら下手したてに出て、助けてくれと頼むばかりだったが。今度は王の委任状でもかざして開けろと上から強行してくるか?)


 ドンドンと門が外から叩かれる音が聞こえる。

 門番たちには、彼らがきたら自分が対処するから相手をするなと伝えてあった。

 ダンヴィーノは門につけられたのぞき穴を開けて門の外を見る。

 門の外には二頭の馬。それに、外套を被った者が三人いた。


 それを見て、ダンヴィーノはおや?とあることに気づく。三人のうち、一人は随分背が低い。騎士団員は大柄おおがらな人間が多いが、アレは随分小柄だ。従騎士か何かだろうか。

 一人の騎士が外套のフードをあげて、声をはりあげる。あれは、さっきも見た顔だ。たしか副団長とか言っていたか。


「お願いがあります。どうか、この門をお開けください。我々西方騎士団は、危機に瀕しています。せめて、ポーションだけでも」


 さっきも聞いた言葉を、あの男は繰り返す。なんだ、つまらない。そんなことを思いながらダンヴィーノは嘆息した。

 いくら下手したてに出られても、開けられないものは開けられない。


(さて、懇願も駄目となるとお前達はどうする? お得意の武力で突破しようとしてくるか? そうなったら、壁の上から矢で射かけて、煮え油を落としてやるがな)


 相手はドラゴンを倒すような武力集団なのだ。こちらだって、街兵を呼び集め、いざというときに対処できる準備は整えてあった。


「何度来ても無駄だ。この門は開けられない」


 ダンヴィーノは抑揚の薄い声で、のぞき穴を通してそう告げた。

 そのときだった。先頭にいた小柄な人物が、フードを取るとこちらに目を向ける。

 篝火の灯りの中、その人物の顔が浮かびあがった。

 それを見て、ダンヴィーノは驚く。


(女……? それもまだ、若い娘じゃないか……)


 女はこちらを真っ直ぐに見つめてきた。その黒い瞳に、吸い付けられるようにダンヴィーノは目が離せなくなる。

 そして、次に女の口から出た言葉はさらにダンヴィーノを驚かせた。


「どうか話をさせてください。私たちは商売の話をしにきました。あなたがたに、決して損はさせません」


 一瞬耳を疑ったが、女は確かにそう言った。

 地面にへりつくばって命乞いをするでもなく、上から武力で威圧して命令するでもなく。


(商売……だって?)


 自分たちが生きるか死ぬかという、この瀬戸際に出てくる言葉とは思えなかった。

 そこには王国も自由都市も関係ない。あるのは、ただ一人の商人として、人として、対等に取引をしようという意思。


 それを見てとったダンヴィーノは、のぞき穴の蓋を閉じる。

 おもしろいことを言いやがる、そう思うと自然と口角が上がった。

 そのとき門番長が次の指示をもらおうと傍にやってくる。


「ご面倒おかけしてもうしわけありません。いやなに、放っておけばそのうち帰りま……」


 その門番長の言葉を遮るようにダンヴィーノは鋭く言葉を重ねた。


「開けてやれ」

「…………は?」


 門番長は、訳が分からないという顔で聞き返してくる。ダンヴィーノはもう一度、繰り返した。


「開けてやれ。俺は評議員たちを叩き起こしてくる。中央商館の部屋を用意しろ。ヒーラーもだ。やつらに浄化をかけて、部屋に通せ。いいな」


 次々に命令を伝えると、外套のポケットに手を突っ込んで猫背のまま足早に馬車が置いてある方へと向かう。門番長があとを追いかけて、なおも食い下がってきた。


「で、ですが! 評議会決議では!」


 ダンヴィーノはうるさそうに振り向くと、言い放った。


「ここは自由都市ヴィラスだ。街の憲章を思い出せ。第一条はなんだ?」


「え、あ……商人は対等であれ、機会は平等であれ、でしたっけ」


「そうだ。だったら、わかるだろ。商売をしにこの街にやってきた商人を、話も聞かずに追い返すほどの恥があるか?」


 門番長に背を向けて、ダンヴィーノは再び歩き出す。門番長はそれ以上食い下がってはこなかった。

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