第87話 過去の帳簿を調べなおしてみたら?

 運搬隊がミュレ村に着いてテントや簡易ベッドも揃ったので、騎士団は村の外にキャンプを張ることになった。この村の復興がひと段落するまで、もう少しここに留まるみたい。


 バッケンさんの指示のもと、外壁はほとんど取り外されて家は建て直され、村はどんどん元通りになっていく。

 それが終わると、今度は村の人たちとともに魔物たちに踏み荒らされてしまった畑の整備もしていた。


 そうして一週間もすると、村はまるで『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』による被害なんてなかったかのように元の姿を取り戻した。

 私は救護班のテントの整理をしたり調理班を手伝ったりしていたけど、ずっと気にかかっていることが一つあったの。


 それは、あの徴税請負人ルーファスは今回だけたまたま税金の計算を間違えたのかな、ということ。

 私が追及したときのどこか焦った様子からすると、故意に税金を高く見積もろうとしていたようにも見えた。その高い金額を堂々と村長さんに要求していたとすると、もしかしていままでも同じことをやってきたんじゃないかとも思える。

 村長さんがこの村の税金が重くて厳しいと言っていた言葉がそれを裏付けているようにも感じた。


「やっぱり、調べてみよう」


 思い立ったが吉日。いますぐ調べてみよう! と立ち上がったら、思わずテーブルを蹴り倒しそうになってしまった。テーブルの上のティーカップがガチャガチャと音を立てて、琥珀色の紅茶がこぼれそうになった。


 いけないいけない。サブリナ様と一仕事終わったあとのお茶をしている最中だったのに、また自分の考えに耽ってしまっていた。


「す、すみません」


 再び椅子に腰を下ろしてしゅんとなると、サブリナ様はフフフと穏やかに笑う。


「いいのよ。何か気になることがあったんでしょう?」


 サブリナ様は怪我人を全員すっかり治してしまったので、いまはレインと一緒に村の近隣を散策して、どこにどんな薬草が生えているのかを調べていらっしゃる。そうやって調べたものを使用方法とともに紙に記してこの村に残していくのだそうだ。そうすれば騎士団が去ったあとも、村の人たちだけでしっかりと手当てをすることができるからと。


 その意欲的な姿には本当に頭が下がる。本当はそれをお手伝いしたい気持ちもあるんだけど。


「はい。ちょっとミュレ村の過去の納税状況が気になっています。だから、過去の記録を見せてもらおうと思ったんです」


 カップを手に取ると、こくりと一口飲む。少し冷め始めているけれど、レインの淹れてくれた紅茶はやっぱり美味しい。


「それなら、それを優先すべきだわ」


「でも、午後はサブリナさんたちをお手伝いするって言ってたのに」


 その約束をしていたのに、あっさり自分の興味で突っ走りそうになったのを恥じてそう言うと、サブリナ様は「あら」と声を高くした。


「カエデ。そちらはアナタにしかできないことでしょう? それなら、そちらを優先しなくては。私の方は大丈夫よ。レインもいてくれますからね」


 そう気遣ってくださるサブリナ様の言葉がうれしい。


「ありがとうございます」


 お茶を済ませたあと、私は早速、村長さんに納税記録を見せてほしいと頼みにいった。この前の徴税請負人とのやりとりで気になることがあると付け加えると、すぐに記録を書いた羊皮紙の束を持ってきてくれた。抱えきれないほどの量があったから、八年分でこんなにあるの!?と驚いたけれど、よくよく話を聞くとこれらの記録は大事なものなので普段は村で唯一の石造りである教会の床下倉庫に置いてあるのだという。それで、前回の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の被害でも無事だったんだそうだ。だから、何十年分あるのかわからないけど、たくさんの記録が残っていた。


 さて、これらの大量の資料をどこで調べようかと考えあぐねていると、背後から誰かに声をかけられる。


「どうしたんだ? そんなにたくさん抱えて」


 振り向くと、ナッシュ副団長だった。

 あの横領の件については、いまのところ他の団員にもミュレ村にも伏せられている。ここはナッシュ副団長の故郷であり、横領した金はこのミュレ村の復興に使われていたという複雑な事情もあって、おおやけにすれば余計な混乱を招くとの団長の判断からだった。


 他の団員さんたちもナッシュ副団長と私たちの間に何かあったんだろうということは気づいているのだろうけど、今は緊急事態中ということもあって詮索してくる人もいなかった。


「この前、ここの徴税請負人のルーファスという人と話していて、ちょっと気になることがあったんです。それで、一度過去の資料を洗いなおしてみようと思ってお借りしたんですが、思ってたより資料が多くてどこで広げて見ようかなと迷ってまして。どこかに大きなテーブルでもあればいいんですが」


 そう私が言い終わる前に、足元に置いていた山積みの資料をナッシュ副団長は抱え上げると、村の外を指さした。


「あっちにある騎士団のテーブルを使えばいいよ」


 あっちにあるテーブルといえば、騎士団の幹部の人たちがいつも相談したり作戦会議したりするときに使っているものだ。たしかに、騎士団が持っているテーブルの中で一番大きなものだけど。


「いいんですか?」


「ああ。広い方がやりやすいだろう」


 じゃあ、お言葉に甘えて借りることにしよう。二人で資料を抱えると、そちらへと歩いていく。

 ナッシュ副団長とはあの夜以来話していなかったから、何を話していいのかわからなくて内心気まずい。それで黙々と歩いていたのだけど、村を出たあたりで副団長はぽつりぽつりと話しかけてきた。


「キミがルーファスとやりあったって聞いたよ。おかげで、今年の税金がいままでに無いほど下がったって、コットーが喜んでいた」


 コットー?って誰だっけ?としばらく考える。ああ、そうだ。村長さんの名前だ。村長さんがコットーさんで、その弟がオットーさん。オットーさんとナッシュ副団長は親しいみたいだったから、オットーさん経由で聞いたのかもしれない。


「キミには本当に、世話になってばかりだ」


「……そんなことは。私はただ、気になったことを調べただけですから」


 なんと答えていいのかわからず、そんなことを口にする。横領の件だって、気になったことを放っておいていつまでもモヤモヤするのは嫌だからと、調べてみたらいろいろな事実が出てきてしまっただけで。ナッシュ副団長を追い詰めるつもりなんてなかった。でも、結果的にそうなってしまったことで、彼を見るとなんだかチクリと胸が痛むんだ。


「コットーには、私がやったことについて団長を交えてすべて話したよ。コットーもオットーも私が騎士団の金に手をつけていることには薄々気づいていたみたいだったけど、村にとって金は死活問題だったから見て見ぬふりをしていたらしい」


 周りに誰もいないからか、ナッシュ副団長はまるで懺悔をするかのように私にとつとつと話してくれた。


「私はずっとみんなを裏切り続けていることを、悔やんでいた。それでも村の期待も裏切れなくて……その板挟みでずっと悩んでいたんだ。いつか団長や団のみんなに言わなきゃいけないと思ってはいたけど、その勇気がなくてずるずると今まで来てしまった」


 テーブルのところまでやってくる。周りは騎士さんたちのテントで囲まれているけれど、いまは人の気配はないみたい。みんな、畑の方に出払ってしまっているんだろうな。抱えていた資料をテーブルの端に置いた。


「情けない話だけれど。キミに暴いてもらって、ようやく私は団長やコットーたちに正直に言えるようになったよ。だから……ありがとう」


 ナッシュ副団長はそう穏やかに言うとまっすぐに私を見た。

 久しぶりに間近で見た彼は、予想に反してどこかさっぱりした表情をしているように思えた。

 私は感謝されるようなことをしたんだろうか。よくわからない。ただ、これだけは言える。


「……罪は償ってください」


 副団長はすぐに大きく頷く。仕方なかった事情があったとはいえ、騎士団に損害を与えたのは確かなんだ。


「ああ。それは、もちろん。審判が下るのは王都に帰ってからだろうけど。一生かけてでも、金はすべて返すつもりだよ」


 そのとき、村の方から他の団員さんが二人で話しながらこちらに歩いてくるのが見えたので、この話はここまでになった。

 資料を年代順に並べて置いていると、副団長もそれを手伝ってくれる。ずらっと並んだ納税資料は、ざっと二十年分もあった。


「それで、何を調べるつもりだったんだい?」


「いままでの納税金額が正しかったのかどうか、です。あの徴税請負人の方は私と同じくらいの年頃に見えましたが、どれくらい前からこの村を担当しているんですか?」


「五年前くらいからじゃないかな。その前は、彼の父親が担当していたはずだよ。あの家は代々、領主から徴税業務を請け負ってきた家系なんだ」


 なるほど、世襲制なのね。じゃあやっぱり、ここにある資料は全て調べなくちゃね。仕事を覚えて五年で堂々と不正ができるようになるとは思えないもの。そうなると、父親の代もかなり怪しい。


「ナッシュ副団長。ここに資料で残っているすべての税額を計算し直してみようと思っています。手伝っていただけませんか?」

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