第73話 ご武運を!
『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』と呼ばれる黄金色した魔法の木。その周りはまるで茶色のじゅうたんで大地が覆われているんじゃないかと錯覚しそうなほど、ビッグ・ボーをはじめとするたくさんの魔物たちが群がっていた。
しかも、その実を我先に獲得しようと攻撃しあっているらしく、バロメッツの木の辺り一帯は大混乱をきたしているように見える。
木に向かおうとしている魔物の群れと、逆走してくる魔物の群れがぶつかり合う。互いに攻撃しあい、踏みつけあい、パニック状態になっていた。
そして。
私たちが今いる地点と、バロメッツの木。そのほぼ中間地点の左側に少しずれたところに、明らかに人の集落と思わしきものが見えた。周りをぐるっと壁のようなもので囲まれていて、その中に民家の屋根らしきものがいくつも見える。
あれは村かしら。ということは、あれがナッシュ副団長の故郷の村!?
でもその村は、今にも魔物たちの茶色いじゅうたんに飲み込まれてしまいそうになっていた。
「俺たちは、あの村に向かう。いいな」
「はいっ」
刻一刻と近づいてくる壮絶な景色。もう怖いなんて言っていられなかった。私は気持ちを奮い立たせるために、意識して大きな声で返事をする。
バロメッツの木に近づくにつれ、先発隊の隊列はゆるやかに二手に分かれ始めた。
一つは、バロメッツの木へ直接向かう列。もう一つは、村に向かう列だ。
当然、フランツはバロメッツの木へ向かう列にいるのだろう。私は、身体を起こすと声を張り上げ、片手を振った。
「ご武運を!」
合わせて、周りからも同様の声があがる。
それに対して、バロメッツの木へ向かう列からも声が返ってきた。
「そっちも頑張れよ!」
「頼んだぞ!」
剣や武器を掲げて、答えてくれる団員さんもいた。
その列の先頭に高く剣を掲げる背中が見えた。一瞬だったけど見えた、赤く魔力のオーラを纏ったロング・ソード。あれは、きっとフランツだ。
その後ろ姿を見た瞬間、目に涙が滲みそうになる。でも、目に力を入れてそれを堪えた。
ご武運を。どうかご無事で、フランツ。そして、クロード、テオ、アキちゃん……騎士団のみんな!
バロメッツの木へ向かう列とこちらの列はみるみる離れていく。
こちらの列はまっすぐに村へ向かっていた。
なんとか彼らから意識を引きはがすと視線を前へと向ける。そうだよ。私は私で、こっちでできることをしなきゃ。
村へと向かう道筋にはたくさんのビッグ・ボーたちが蠢いていた。そこに鋭い詠唱とともに赤い炎の塊が落ちる。ナッシュ副団長の放った炎の魔法だった。
遠距離から広範囲に炎の魔法を撃つことのできる副団長は、こちらの列にいるらしい。
村の周りに蠢いていた魔物たちが炎の力で倒され、蹴散らされて道ができた。そこを騎士団の馬は通り抜けて、ようやく私たちは村へと到着する。
村は、バリケードのような木の壁で周囲を覆われているようだった。けれど、急いで突貫で作ったもののようで、すでに一部が決壊してしまっていて、そこからどんどん魔物が入り込んでいる。真っ先にナッシュ副団長の馬がその穴から村の中へと駆け込む。私たちの乗る馬もそれに続いて村の中へ駆け込んだ瞬間、耳に鋭い詠唱が響いた。
「
村の中へと入り込んでいた魔物たちを、ナッシュ副団長の炎の矢が的確に射抜いていく。
バッケンさんは、馬を村の中に入れるとすぐに壁の内側で馬を止めた。修理班のお弟子さんたちの馬も次々と集まってくる。
彼らは素早く荷物を下ろすと、辺りから木材などをかき集め始めた。そして、この村へ向かっていた騎士団の馬がすべて村の中に入ったのを確認するやいなや、すぐさま集めた材料でその穴をふさぎ始めた。
その手際は惚れ惚れするほど鮮やかで、馬が余裕で通れるほどの大きさがあったあの穴があっという間にふさがってしまう。これでもう、ここから魔物が入ってくる心配はなさそう。
一方、村の人たちはというと。
魔物たちの侵入に怯えて家などに隠れていたようだったけれど、騎士団の姿を認めて、注意深く様子をうかがうようにしながら数人が出てきた。
だけど、その警戒まじりだった目が、馬上のナッシュ副団長を見て一瞬で変わったのが私にもわかる。
「ナッシュ! ナッシュなのか!?」
「じゃあ、騎士団が……!?」
「ああ、……助かった」
その声に、家の中に隠れていた人たちも次々と外へ出てくる。
けれど、歓喜をあげてナッシュ副団長の周りに集まってこようとする村人たちを、副団長は静かに手で制した。
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