第74話 ナッシュ副団長、帰郷!
「西方騎士団副団長の、ナッシュ・リュッケンです。我々西方騎士団は、『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の被害からここを守るために来ました。いま、ゲルハルト団長率いる我々の主要部隊がバロメッツの木の周辺の魔物討伐を行っています」
そう語るナッシュ副団長の顔は、故郷に帰ってきた人のソレではなかった。彼は一騎士団員として事態にあたろうとしているように見えた。
その声に呼応するように、ドーンという音と地響きが起こる。あれはおそらく攻撃魔法がさく裂した音だろう。
振動は一度ならず、何度も繰り返された。それは、それだけ戦闘が激しいことを意味している。
そんな中、不安と期待が入り混じった村人たちに、副団長は宣言する。
「我々西方騎士団は皆さんとともにあります! なんとしても被害を最小限に抑えてこの難局をのりこえましょう!」
そして、最後に一瞬だけ。ナッシュ副団長は緊張に張り詰めていた顔をぎゅっと歪ませた。
「なんでうちの村だけ、こんな目に何度もあわなならんのだ。神はなんでそうも、この村にばかり試練を与えなさるんだって憎くもなる。だけん、いまそんな恨み言言うても仕方ない。今度こそ……今度こそ、誰も欠けることなく全員で生き残ろう。西方騎士団も全力で助ける。だから、みんなも、ともに戦ってくれ‼」
発された彼の素の言葉。
それに呼応する声が、村のあちこちからあがった。彼のその一言で、村人たちの心は力を取り戻したようで、暗く沈んでいた顔たちに希望の兆しがやどる。
一方的に頼るのではなく、ともにこの難局を乗り越えよう。そういうやる気が、村人たちの間に生まれ始めているように思えた。
その後、村長さんをはじめとする村の代表者たちから、まずは現状の報告を受けることになった。
村長さんは、オットーさんとよく似た風貌のひょろっとした中年男性だった。聞くところによるとオットーさんのお兄さんのコットーさんという方らしい。
彼らの話で、今の村の現状が段々把握できてきた。
『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の苗木が確認できたのは、十日ほど前。家畜を放牧していた少年が、たまたま金色に光る膝丈ほどの苗木を発見したのだという。
村人たちの多くはまだ八年前に生えた木を覚えていたので、それがバロメッツの苗木だとすぐに判断できたのだそうだ。そこですぐさまここを治める領主に救助要請を行い、その領主を通じてムーアの森に滞在していた西方騎士団に救助要請が来たらしい。
村人たちもすぐに近隣の街や村に避難しようとしたのだそうだけど、今回の『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の成長は想像以上に早く、一日もたたずに成木へと成長してしまって村の周辺には魔物たちがうろつき始めた。
仕方なく村人たちは、家を作るための資材としてとってあった木材などを使って村の周囲に壁を作って籠城するしかなかったのだという。
「実がつきはじめたのは、ここ数日のこと。いよいよ周りは魔物の海のようになっております。壁も、木に近い方を厚くはしていますが今にも突破されそうで。そんな折、手薄にいていた後方が決壊したものですから、もはや時間の問題とあきらめておりました」
そう、村長さんは青ざめて言った。
バロメッツの木の周りにいた無数の魔物たち。あれが村の中にもっと入り込んできていたら、きっと村の中は踏み荒らされ、家も何もかも壊されてしまったことだろう。この村の周りを囲む木製の壁。これがまさしくこの村の生命線だった。
そのとき。サブリナ様が村長さんに声をかける。
「私はヒーラーをしております、サブリナと申します。怪我をした人がおりましたら、すぐにご案内いただきたいのですが」
村長さんはそんなサブリナ様を「おおっ」とありがたそうな目で見る。
「先ほどの魔物の侵入で、数人が襲われてしまいました。いま、案内させます!」
すぐに村の若者がサブリナ様を怪我人の元へと案内する。
レインはサブリナ様を馬から下ろしたあと、バッケンさんたちによって壁の穴が埋められる前に再び馬で村の外へ出て行ったようだった。彼は外で戦う団員さんたちの間を馬で回りながら癒しているのだろう。
「よし。我々は、壁の補強に回ろう。木材と、あれば鉄板がほしい。それから木材が足りないようなら、ばらしやすそうな家を壊して木材をいただいても構わんか?」
と、バッケンさん。
「は、はいっ……それはもう」
村長さんの返事にバッケンさんは一つ頷くと、後ろに控えていたお弟子さんたちに声をかける。
「いくぞっ。俺たちは俺たちの仕事をきっちりこなせ!」
「「「はいっ」」」
私はポーションなどの入ったカバンを背負いなおすと、サブリナ様たちの後をついていった。
連れていかれたのは、村の中央にあるひときわ大きな石造りの建物。この村の中で一番頑丈そうなそこは、この村の教会だった。
中に入ると、すぐに礼拝堂がある。いつもは並んでいるのだろう椅子は隅にやられ、その床に村人が数人横たえられていた。壁際にも座り込んでいる人が五、六人いる。
サブリナ様はすぐさま床に伏せている一人のところへと駆け寄った。そして怪我の具合を確認すると、さっそく一番症状の重い怪我へ手のひらを向けてヒーリングの力を使い始める。
私は壁際に座り込んでいる男性のところへ行くと、リュックを下ろしてそばに跪いた。ケガの状態を確認するために彼の袖をまくると、赤く大きく腫れているのがわかる。私が少し腕に触れただけでも彼は痛そうに顔を歪めた。どうやら折れているようだった。骨折のケガなら、団員さんたちの手当てを何度も手伝ったことがあるから、私にもできる。
でも、リュックの中にあるポーションを使うかどうかは、はたと迷ってしまった。
ポーションを飲ませれば、この腫れはすぐにひくだろうし骨がつくのも格段に早くなる。でも、ポーションの数は限られているもの。
今後、ポーションをすぐに使わないと命の危険にかかわる怪我人が出てくるかもしれない。これからどれだけ多くの怪我人が出るかもわからない。
だから少し迷ったけれど、彼にはポーションを使わずに手当てをすることにした。リュックから念のために持ってきていた添え木用の枝を充てると、包帯を巻いて固定する。
そうして、壁際にいた軽傷の人たちの手当てを順番にしていった。
でも、怪我人はどんどん運ばれてくる。
どうやら、また壁の一部が魔物に突破されて、その壁を補修しようとした人たちが数人魔物に襲われてしまったようだった。中には、バッケンさんのお弟子さんの一人もいた。
ケガは打撲に骨折、それから魔物に噛まれた裂傷がほとんど。
持ってきていた添え木用の木をほぼ使い終わってしまったので、手当がひと段落したら教会の外に添え木になりそうなものを探しに出てみた。庭に出ると、置いてあった薪が目に入る。そうだ、これを使おう。壁にたてかけてあった斧で添え木にできるくらいにまで慎重に細くする。何本か上手く形を整えられたので腕に抱えて教会に戻ろうとしたそのときだった。
突然声をかけられたので顔を上げると、村の青年がこちらに走り寄ってくるところだった。彼は、きょろきょろとあたりを見回しながら尋ねてくる。
「あの……教会にいる、カエデちゅう人を探してるだけんども」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます