第72話 到着!

 ムーアの森を出たあたりで西方騎士団の列は一旦止まり、そこで二手に分かれることになった。


 一つは騎士さんたちを中心とする先発隊。一刻も早く現地に到着するために人と馬だけで構成される隊だった。騎士さんと従騎士さんたち戦闘要員の人たち、それに救護班やバッケンさんたち修理班もこちらの隊でいくことになる。


 もう一つは、荷馬車中心で構成される運搬隊。こちらは騎士団のテントや調理器具などの荷物を運搬する荷馬車で構成されていて、近くの街で食料などの必要な物資を補充したあと先発隊を追いかけてくることになっていた。


 私はどちらの隊で行けばいいんだろう。迷いながらも、とりあえず先発隊として同行するサブリナ様やレインと一緒にポーションや薬の類を荷台から降ろす作業をしていると、フランツが駆け寄ってきた。


「カエデは、どうするんだ?」


 彼の緑の目が心配そうな色をたたえている。きっと彼は、私が運搬隊で行くと言えば安心するんだろうな。そう思うと、少し申し訳なく感じるけど、


「私、先発隊と一緒に行くことにする」


 やっぱりそう決心した。

 だって、サブリナ様とレインは先発隊で行くんだもの。私にはお二人のようなヒーリングの力はないけど、ずっと一緒に救護班で活動してきたんだから簡単な応急処置や薬湯の管理ならできるはず。そしてなにより、少しでもお二人のサポートをしたかった。


「そっか……。でも、くれぐれも無理はするなよ」


 なおも不安そうに言うフランツ。私よりも彼の方が、よっぽど危ない前線に立たなきゃいけない立場のはずなのに。

 私は彼をこれ以上不安がらせたくなくて、努めて明るく答えた。


「大丈夫よ。救護班には腕の立つレインもいてくれるし。先発隊っていっても、私たちは一番後ろでみんなを救護するのが役目だもの」


 まだ彼は心配そうにしていたけれど、「そっか」とだけ小さくつぶやき、突然私の身体に腕を回してギュッと抱きしめてきた。

 突然のことに驚いて声が出ない。


 だけど、彼の気持ちは痛いほどよくわかる。私も本当は怖くてたまらないんだ。だから、フランツの背中に両手を回して抱きしめ返した。

 胸当てごしなのに、彼の温かさが伝わってきてお互いの体温が混ざり合う。


 こんなときなのに。いや、こんなときだからこそ、なのかな。私たちのことをからかう人も、咎める人もいなかった。

 お互いを確かめ合うように抱き合ったあと、どちらからともなく身体を離すと顔を見て微笑みあった。


 大丈夫。きっと大丈夫。またこの笑顔に会えるよ、すぐに。

 そう意識に染み込ませるように何度も心の中でつぶやいた。


「じゃあ、また。あとでな」

「うんっ、またね」


 そんな短い挨拶を交わしてフランツが先頭の方に戻っていくのを見送ったあと、私はまた荷づくりに取り掛かった。


 先発隊には荷馬車は同行しない。馬だけだから、荷物は自分たちでリュックサックやカバンに入れて持っていくしかないんだ。だから必要最小限しか持てないのだけど、食料のほかにポーションや薬草、薬湯を作る鍋などはどうしても必要になる。そういった救護班の荷物は、レインと私、それに他の団員さんたちにも手伝ってもらって手分けして持ち運ぶことにした。


 騎士さんたちは、それぞれ最低限の食料と水を持っていく。それに加えてフランツのような前衛職の人にはポーションもいくつか持っておいてもらうことにした。

 修理班のバッケンさんたちは、何やら大工道具のようなものを入れた荷物を馬にくくりつけていた。


 私も薬草とポーションを運搬用の大きなリュックに入れて、よいしょっと背負う。

 さて。荷馬車がないから、誰かの馬に乗せてもらわなきゃいけないよね。一番頼みやすいのはフランツだけど、彼は戦闘になればすぐに魔物に向かっていかなければならないから後ろに乗せてもらうわけにはいかない。それはクロードやテオ、アキちゃんも同じ。


 サブリナ様はレインの馬に乗せてもらっているけど、三人はきついだろうな。

 うーん、どうしようと迷っていたら、手を差し出してくれた人がいた。

 がっしりとした太く、日焼けした腕。


「ほら。こいつに乗るといい」


 見ると、その手はバッケンさんだった。相変わらず怖そうな顔。ちょっと苦手な相手だったけれど、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

 私は差し出された彼の手を握る。


「お願いします!」


 バッケンさんは黙ってニッと口端を上げると、私の手を引いてグイっと身体を馬上へと引き上げてくれた。

 すぐにピーっと笛の音が響く。団長の笛の音。出発の合図だ。

 その合図とともに先発隊は、運搬隊を置いて走り出す。バッケンさんの馬も、先発隊の列の中ほどを走っていた。


 そのあとは、ひたすら進み続けるのみ。普段は夜間は馬で走ることはしないけれど、このときばかりは日が落ちたあともランタンを掲げて走り続けた。


 途中、馬を休ませるために止まったときだけ、人も食事をしたり仮眠をとったりできる程度。そうして馬たちが疲労に耐えられるギリギリのペースを見極めながら、最速で先発隊は『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』が出現したとされる西辺境のさらに最西端へと向かった。




 そうやって走り続けた三日後の朝、西方騎士団はついに王国最西端にたどりつく。

 見える景色は、茂みが点在する痩せた土地ばかり。視線を上げれば、遠くに高い山脈が見えた。その一つが、ギュネ山なんだそうだ。


 この辺りまでくると、私たちの他にも同じ方向に向かって走るモノたちが現れていた。

 そう。『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』へと向かう魔物の群れだ。


 見たことのある魔物もいれば、知らない魔物もいる。でも、一番多く見かけるのは、私も知っている魔物。あの大きくて丸いイノシシのような魔物は、ビッグ・ボーだ。


 いつもなら西方騎士団は危険な魔物を見かけ次第討伐するのだけど、今は『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』への一刻も早い到着を最優先するために、魔物たちは無視して進んでいた。


 はじめは数頭の集団がぽつぽついる程度だったのに、あのギュネ山に近づくにつれて魔物の群れはどんどん大きくなっていく。それを見て、私は怖くなった。この魔物たちが一度に集まったら、どうなっちゃうの?

 つい、掴まっていたバッケンさんに背中にぎゅっとしがみついてしまったら、彼が話しかけてきた。


「集まり始めてやがる。バロメッツが成長を始めたようだな」


「……このまま進むと、どうなるんですか?」


 同じ方向に向かって走る魔物たちが視界に入ると怖くなるので、バッケンさんの背中だけを見るようにしていた。


「バロメッツに集まった魔物たちは、我先にとあの木を登り始めるから大混乱だ。そして運よく実を食えたものは、大量の魔力を身体に取り込んで変異する」


「変異……」


「化け物が、さらにどでかく知力の高い化け物に変化するのさ。そいつが、この地域一帯を支配する魔物の王になるんだ」


「王……」


 いまでさえ怖いと感じる大きさの魔物がさらに巨大化するなんて考えたくもなかった。でも、私たちが進む先には、すでに変異を遂げた魔物がいるかもしれない。もちろん、それを討伐するのも西方騎士団の仕事だ。

 私は、これから起こることを思って、ごくりと生唾を飲み込んだ。


 周りを並走する魔物はどんどん増えていく。

 もう、右を見ても左を見ても、ビッグ・ボーの茶色い毛並みが視界から消えることはなかった。


 そのとき先発隊の先頭から、ピーっという笛の音が聞こえる。

 私はその音で弾かれたように顔をあげた。

 団長の笛の音が聞こえたということは、もしかして到着したの?


 バッケンさんの背中をよけて恐る恐る先頭の方へと目を向ける。ここは坂道になっている丘の斜面のようで、前方が遠くまでよく見渡せた。


「見えたぞ。ありゃ、間違いない。『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』だ」


 バッケンさんの唸り声とともに、視界に飛び込んできたそれ。

 このまままっすぐ進んだずっと先に、金色の光の塊があった。よく見るとそれは全体が黄金色の光を放つ大樹だった。


「あれが……」


 黄金の木は、おびただしい魔物たちを呼び寄せながら悠然とそこで輝いていた。


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