第70話 そして一件落着……と思ったら!?
フランツは私の前に置いたままになっていた金貨の袋を抱き上げると、袋の口をキュッと紐で結んでラーゴの背に乗せた。
「事情はわかったことだし。ひとまず駐屯地へ帰ろう。きっともう、俺たちがいなくなってることにはみんな気づいてるだろうしさ。それに……事情はどうであれ、これからのことは団長や王都の騎士団本部が決めることであって、俺たちがどうこうできるものじゃない」
「うん。そうだよね……」
私が調べたかったのは、事実を解明するところまで。ここからはもう、私が任された仕事の範疇を超えてしまう。
立ち上がると、スカートの裾についた落ち葉を払う。朝露がしみ込んで、スカートはじっとりと重くなっていた。
もうすっかり夜は明けている。騎士団の人たちも起きだして、朝の作業を始めている頃だろう。そして、私たち四人と馬が二頭消えていることにもとっくに気づかれているはずだ。
「みんな心配してるよね」
「どっちかっていうと、何が起こったんだろうって不審がられてるだろうな。俺やカエデだけならともかく、まじめなクロードや副団長までいなくなってるわけだし」
うんうん。そうだよね。私とかフランツなら、朝方いなくなってもラーゴでどこかに散歩に行ったのかなくらいしか思われなさそうだけど。クロードや副団長はそんなことしなさそうだもんね。
私はフランツとともにラーゴに、クロードの馬には後ろにナッシュ副団長を乗せてもらって、オットーさんは自分の馬で、西方騎士団のキャンプ地へ戻ることになった。
馬に乗るときクロードがオットーさんに、「逃げようとしたら、後ろから氷の矢を射るからな」なんて脅すものだから、オットーさんはヒッと首を縮めてますます怯えていた。
私の前に金貨の袋があるので、ラーゴの背から落っこちないように手で押さえる。
来たときは暗闇の中を慎重に歩きながら来たから時間がかかった。けれど、帰りはすっかり日が昇った森の中を馬で駆けて戻ったので、あっという間にキャンプ地へと戻ってくることができた。
このあと、団長に今回のことを洗いざらい説明しなければならない。そうなると、当然ナッシュ副団長は罰を受けることになるだろう。それを考えると、どうしても気持ちが沈んでしまう。
副団長が背負い込んでいた事情を知ってしまった今となっては、彼に同情する気持ちがないといったら嘘になる。その反面、騎士団のお金は身体を張って魔物たちと戦う騎士さんたちにとって文字通りの生命線。横領されていなければ、買えたはずのポーションや防具類、食料などがたくさんあったはず。それを思うと、やっぱり憤りもあった。
その相反する気持ちが胸の中で渦巻いて苦しい。
けれど、キャンプ地へ戻てみると、いつになく慌ただしい空気が漂っていた。
キャンプ地の入り口に馬を置き、副団長とオットーさんも連れて大焚き火のところまで来た私たちは困惑してしまう。
なんだか、キャンプ地の中がとてもざわざわしている。騎士さんたちだけじゃなく従騎士さんや後方支援の人たちもみんな忙しそう。キャンプ地のあちこちに荷馬車が準備され、慌ただしく荷物を積み込んでいた。
はじめは自分たちがいなくなったことで、騒ぎになっているのかと思ったけど、ここまで来ても誰も私たちに声をかけてこない。
ということは、キャンプの中が慌ただしいのは別の理由みたい。
「どうしたんだろう」
「だれか捕まえて、事情聴くしかなさそうだな。あ、おい! テオ!」
ムーアの前に横付けした荷馬車へ冷凍保管庫の食料を運びこんでいたテオを見つけて、フランツが声をかける。
「あ、フランツ様! どこにいらしてたんですか!?」
テオも凍った肉の塊を抱えたまま駆け寄ってくる。
「どうしたんだ。これ。なんか急に、移動命令が出たみたいな……」
「そうなんです。今朝がた急に出発命令が出て。準備ができしだい、ここを発つそうです」
「え……なんでそんな、急に……」
昨日の夜までは、あとしばらくここに滞在して魔物討伐を続ける予定になっていたはず。それが、急に出発することになるだなんて。
テオもその理由はくわしくは分からないようだったので、他に詳しそうな人を捕まえようかとフランツがキャンプ地の中に目を走らせた、そのとき。
頭の上から、聞き慣れた声が降ってきた。
「お前たち! そこにいたのか!」
ムーアの上の窓から身を乗り出して声をかけてきたのは、ゲルハルト団長だった。
「ちょっと待ってろ。いま、そっち行くから」
その言葉通り、彼はすぐにムーアから降りてくると私たちのほうへ駆けてきた。
そして、私たち三人、それに副団長とオットーさんを順に見ると、スッと目を細める。
「あ、あの! 団長に報告したいことがありまして!」
そう告げる私の言葉を、団長は大きくうなずいて受け止める。
「ああ。あとで移動中に聞く。それより、今は急いで出発準備をしてほしい。ナッシュとその男はこちらで預かる。フランツとクロードは持ち場に戻れ。カエデは、救護班の準備が終わったら、俺のところに来てほしい」
団長は私たちを見ただけで、だいたいの事情を察したようだった。
そこにクロードが一歩前に出て、団長に言う。
「出発準備とはどういうことですか。昨日の会議では出発はまだ先だと……」
時間が惜しいのか、団長はクロードの言葉を途中で手で制する。いつもの気安い雰囲気はすっかり成りを潜め、その茶色い瞳には鋭さが増していた。そして団長はナッシュ副団長に気遣うような視線を向ける。
「ナッシュ。それから他のみんなもよく聞いてほしい。西辺境地域にあるギュネ山付近で『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』が発生したとの情報が寄せられた。西方騎士団はただちに、現地へ向かう」
その言葉に真っ先に反応したのは、意外にもそれまで借りてきた猫のように肩を小さくして黙って私たちについてきていたオットーさんだった。
「ギュネ山!? なんてこった……。なんて……。なんでこうも、神はオラたちを見放しなさるんだっ」
そう叫ぶと、オットーさんは頭を抱えてその場にうずくまった。
そこにナッシュ副団長の呟きが重なる。目はうまく焦点を結べないのかうつろで、声は酷く掠れていた。
「ギュネ山の麓に……移転した私たちの村があるんです……。やっと再建しつつあるところだったのに。どうして……」
その問いに答えられるものはいなかった。
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