第99話 人気者!?

 パーティがはじまると、私はあっという間にたくさんの人に囲まれてしまった。

 しかもその多くは、若いお嬢さんたち。

 え? え? どういうこと? なんで私の周りに集まってくるの? 

 戸惑う私に、お嬢さんたちは興味津々といった様子で矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。


「この黒い髪に黒い瞳。ああ、黒水晶のようでなんて素敵なんでしょう」


「ウィンブルドの森に突如あらわれた、黒髪の乙女。ずっとお会いできるのを楽しみにしてたんですのよ」


「カエデさまのご活躍に、何度胸を躍らせたことか!」


「同じ女性として、とても誇らしくて。憧れております」


 口々に投げかけられる言葉は、どれも好意的なものばかり。


 どうやら前にサブリナ様がおっしゃっていたように、騎士団の活躍は王国施政の宣伝活動の一環として、積極的に歌や瓦版となって国中に広められているみたい。とくにこの王都は情報が早くて、貴族の人たちの間では新聞のような形ですぐに出回っているんだって。だからそれを彼女たちは楽しみに読んでいたみたい。


 そこでようやく気付く。会場に入ったときに感じていた視線。あれは、フランツに向けられたものだとばかり思っていたけど、どうやら私に向けられたものでもあったみたい。

 まさかそんな風に注目されていただなんて想像もしていなかったから、もうただ驚くばかりだった。


 お嬢さんたちの質問に答えられる範囲で返して、少し疲れたなと思ったころ。

 突然私を囲んでいたお嬢さんたちがモーゼの奇跡のように二つに割れた。どうしたんだろう?とそちらに目をやると、一人の背の高い男性がこちらに近寄ってくるところだった。金色の髪に、エメラルドのような美しい緑色の瞳をした男性。フランツだ。

 彼はさっと私の傍まで来ると、周りを取り囲むお嬢さんたちに穏やかに言う。


「そろそろカエデを返してもらってもいいかな。彼女はこういう場は初めてだから、少し休ませてあげたいんだ」


 お嬢さんたちはフランツを見た途端、キャーッと黄色い声をあげた。目がもう、ハート型になりそうな勢いで彼のことを熱っぽくみつめている子もいる。うん、気持ちはわかる。どこからどう見ても、王子様みたいでかっこいいものね。


 フランツは私の手を取ると、お嬢様たちの囲みから私を連れ出してくれた。

 そしてあまり人がいないところまで連れてきてくれると、近くにいた給仕係から飲み物のグラスを受け取って私に渡してくれる。


「どうぞ。ずっとしゃべってると喉乾くだろ?」

「ありがとう」


 一口こくりと飲むと、冷たい飲み物がするっと喉を滑り落ちる。アルコールは控えめで、絞った果汁で割ったものだった。一口飲んで、自分の喉がカラカラだったことを初めて自覚する。ついそのままごくごくと飲み干してしまった。


「ふわっ……おいしい」

「もう一杯飲む?」

「うんっ」


 フランツは快く、もう一つ同じ飲み物のグラスをもってきてくれた。


「料理も食べた?」


 グラスを受け取って、ゆるゆると首を横に振る。


「ううん。少しだけ食べたけど、ひっきりなしに人に囲まれちゃって」


「そうだろうと思った。これとか、おいしいよ」


 そう言うと、彼はテーブルから皿に何種類か料理を取り分けて渡してくれる。


「ありがとう。ごめんね、いろいろしてもらっちゃって」


「いいのいいの。こういう場ではそういうものだから。それに、俺も囲まれるの好きじゃないから、本当のこと言うと、カエデを誘う口実にして抜け出してきたんだ」


 フランツは笑って、テーブルの真ん中に置かれた果実盛りからイチゴのような果物を手に取るとパクっと口に入れる。


 フランツが傍にいてくれると、急に緊張が和らいできて、ホッと肩の力が抜けるようだった。遠征中も、毎日のようにこうやって一緒にご飯を食べたよね。

 いまは森の中でも、馬車の上でもなく、きらびやかな王城の中なのに。彼がそばにいてくれるだけで、大焚き火の前で二人でシチューを啜っていたときのような、くつろいだ気持ちになれる。


 彼がおすすめだと言っていた料理をフォークで口に運ぶと、うん、確かにこれは美味しい。いままで何を食べても味なんて感じられなかったけど、ここに来て初めてしっかりと味わうことができた。


 そうやってひとしきりお腹が満たせたら、今度は身体が熱くなってきた。さっき口にしたアルコールが回ってきたのかも。疲れているからかいつもよりアルコールが回るのが早い気がする。なにげなく、手で首元を仰いでいると。


「やっぱ、こんだけ人がいると暑いよなぁ」


 フランツも襟元を緩めたそうにしている。


「夏、だもんね」


「もう少しして秋が深まってくると、ぐっと涼しくなるんだけどな。そうだ。ここ、たしかテラスがあったはず。ちょうど今日は月も出てるし、ちょっと涼みに行ってみようか」


 え、出ちゃってもいいものなの? よくわからず迷っていると、フランツが私の手を引く。


「行こう。ちょっとくらいなら、いなくなったって平気だって」


 そういうものなの? よくわからないまま、彼が歩き出したのでついていった。

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