第98話 思いがけない賜り物

 王様のあとに続いて王妃様や重鎮の方々のお言葉があり、それが終わると今度は今回の遠征で功績のあった人が一人ずつ王様の前に呼ばれて勲章を授かっていく。


 もちろん、フランツも呼ばれていたよ。アンデッド・ドラゴンに止めを刺したことや、キングビッグ・ボーを倒したこと。それ以外にも彼の功績は数多い。それだけの活躍をしたのだから賞賛されるのは当然のことだと彼を誇らしく思う反面、こうやって改めて彼の功績が読み上げられるのを聞いていると、自分とはかけ離れたすごい人のようにも思えてくる。王様の前で跪く彼の背中が、とても遠くに思えた。


 でも、王様の元から下がって私のところへ戻ってきたフランツは、胸につけた勲章を嬉しそうに見せてくれて、ああ、こういうところはやっぱりフランツだなぁと微笑ましくなったりもする。


 団長からはじまり、他の騎士さんたち、そしてバッケンさんやサブリナ様も王様の前に呼ばれて勲章を受けていた。

 これでもう西方騎士団で目覚ましい活躍をした人はみんな呼ばれたんじゃないかな。そろそろ式典も終わりかしらと気を抜いた瞬間だった。


「最後に、騎士団の正式な団員ではないにもかかわらず、大いなる貢献をした人物をここにお呼びしたい」


 司会をしていた大臣がそう告げると、ざわざわとざわめきが起こる。

 一呼吸あって、大臣が凛とした声で一つの名前を呼びあげた。


「カエデ・クボタ」


 ……え? カエデって……わ、私っ!?

 さっと会場にいた全員の視線がこちらに集まるのがわかって、心臓が一気に跳ね上がった。


「は、はいっ」


 上擦った声で返事をすると、隣にいたフランツが小さく声をかけてくれる。


「大丈夫だよ。いつもどおりにしてればいいから」


「う、うんっ」


 彼が声をかけてくれたおかげで、詰まりそうだった息が少し楽になった。

 私は彼に一つ頷くと、王様の前へと一歩一歩歩いて行った。

 ひな壇の前までくると、先ほど見たサブリナ様のしぐさをまねて片足を引き、腰を落として右腕を胸の前にあて、深く頭を下げた。


「おもてをあげよ」


 王様の許しを得て、顔をあげる。間近で見た王様は、白く立派な髭を蓄えていて優しげに微笑んでいらした。


「カエデ・クボタ。この度の遠征でのソナタの活躍は、シュルツスタイン侯爵から聞いておる。アンテッド・ドラゴン討伐の際、あやうく壊滅しかけた騎士団を救ったのはソナタの働きによるものだったと聞く。西辺境から感謝の手紙も届いておる。その他にも、多くの改革を団にもたらし、西方騎士団をより強靭なものへと見事に生まれ変わらせてくれた。そのことに、まずは国を代表して礼を言いたい」


「も、もったいないお言葉、ありがとうございます」


 緊張してしまって、何とかそれだけ口にして頭を下げるので精いっぱいだった。

 そんな私の様子に、王様はさらに微笑みを深くする。


「ソナタの功績にどう報いようかと、ワシも考えた。勲章もいいが、それだけではと思ってな」


 王様がちらとひな壇の隅に目をやると、そこに金のトレーを手にもった男性が控えていた。彼は私のところまでやってくると、片膝をつく。そのトレーの上には勲章と、それからもう一つ。長細い宝石箱のようなものが乗っていた。


「さあ、その箱を手に取って開けてみなさい」


 私がその箱を手に取ると、男性は勲章を私の胸元につけてくれた。そして、頭を下げるとまた会場の裾へと戻っていく。


 受け取った箱を開けてみると、中には一本の透明なペンが入っていた。ガラスペンというものに似ている。ペン先が緩やかに捻じれていて、持ち手の部分には美しい装飾が施されていた。全体的にうっすらと青みがかっていて、よく見ると中にキラキラと小さく星のような輝きがある。ずっと見ていたくなるような、美しいペンだった。


「これは……」


 驚いて顔あげると、王様は右手のひらを私の方に向ける。


「それをソナタに授けよう。それは我が王立工房がつくりだした、ガラスに魔石を混ぜ込んだ魔石ペンだ。ガラスよりも遥かに丈夫で、多くのインクをペン先に含むことができる。ソナタにはこれからもその知識を活かして、西方騎士団のため、そしてこの国のために働いてほしいのだ」


 え……西方騎士団のため……?

 私は騎士団の正式なメンバーではないはずなのに。もう王都に着いた以上、西方騎士団との関係は切れてしまうのだと思っていた。

 内心戸惑う私に、王様はこちらの目を優しく見つめながら尋ねてくる。


「どうだ。これからも我らのためにソナタの力を貸してはもらえぬか?」


 力を貸してほしい。それは、これからも西方騎士団で働いてほしいということを意味していた。

 じゃあ、次の遠征に私も参加していいの!?

 そう思ったら、口をついてすぐに言葉が出ていた。


「は、はいっ! もちろんです! お役に立てるのならば、どこへでも!」


 私の返事に王様は、


「その言葉。確かに受け取った」


 にっこりと満足げに微笑むと、手を広げて会場全体に響き渡る声で告げた。


「ここに、カエデ・クボタを西方騎士団の金庫番として任命する!」


 その声に呼応するように、わぁっと歓声と拍手が巻き起こった。

 信じられない気持ちだった。王様の言葉が何度も、頭の中で繰り返される。

 私は「ありがとうございます」とだけなんとか伝えると、もう一度深く頭をさげて王様の前から下がる。フランツたちのもとに戻っていく途中。


 ゲルハルト団長や他の団員さんたち、それにバッケンさんたちや、アキちゃん、テオにクロード。サブリナ様やレイン。そして、会場の人たち。みんなが、拍手をして迎えてくれた。少し恥ずかしくなって小走りでフランツの元へ戻ると、彼も笑顔で迎えてくれる。


「おめでとう。これで、来年も一緒に遠征できるな」


「うんっ」


 賜ったばかりの小箱を胸に抱いて、嬉しさに滲んだ目元をそっと拭った。

 これからもみんなと、そしてフランツやサブリナ様と、一緒に働けることがうれしくて溜まらない。


「よし、カエデ。三日後から王城勤務だからな!」


 早速そんな言葉をかけてきた団長に、すかさずサブリナ様が、


「あら。カエデは救護班の一員でもあったことをお忘れにならないでくださいね?」


 なんておっしゃるし、クロードも、


「調理班もカエデがいなくなってしまっては困りますね」


 なんて言うものだから団長は弱ったように、


「そこら辺の業務分担は追々にだな。正直、次の遠征のことはまだ何も考えてなくて」


 と頭を掻いた。そのいつもの調子に周りから笑いが起こる。

 私の中についさっきまで重石のようにあった、もうしばらくみんなとは会えないかもしれないっていう寂しさがすっかり消えて、大好きなこの西方騎士団のみんなとまたいろんな地をめぐれることを楽しみにする気持ちがもう膨らみ始めていた。


「これからも、よろしくお願いします!」


 胸いっぱいの気持ちを吐き出すようにペコリと頭をさげて、顔を上げるとみんなのあたたかい笑顔がそこにあった。


「さぁ! 堅苦しい式典はもう終わりだ。腹いっぱい食おうぜ」


 団長の言葉通り次々と料理が運ばれてきて、テーブルは見たこともないような美味しそうな料理でいっぱいになった。

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