第97話 いよいよ王城でのパーティ!

 そして二日後の夕方。

 王城で行われる西方騎士団の慰労パーティに参加するために、私はサブリナ様の娘さんからお借りしたドレスを着こむと、サブリナ様と二人で馬車に乗って王城へと向かった。


 なんでも、貴族のお嬢様たちは十六歳くらいから社交界にデビューして社交の場に慣れていくんだって。私はパーティなんて、婚活パーティと会社の新年パーティくらいしか行ったことないし、それですら緊張したのに王城で一体どうふるまえばいいんだろう。考えれば考えるほど不安が積もってきて、緊張が高まってしまう。


 きっと華やかなことが好きな女性だったら、こういうとき嬉しくてたまらないんだろうな。あいにく私は華やかなことに縁のない人生を送ってきたので、王城が近づくにつれて気分も重くなる。いますぐおウチに帰りたくなってきていた。……おなか痛くなりそう。


 そんなドナドナした気持ちを少しでも紛らわそうと窓の外の景色を眺めていたら、向かいに座っていたサブリナ様が突然お立ちになった。どうしたんですか?とびっくりしていると、彼女は揺れる馬車の中にもかかわらず私の隣に来るとストンと腰を下ろす。

 そして、膝の上で固く握っていた私の手を、そのあたたかな手で包んでくれた。


「緊張しているのね。無理もないわ、知らない場所ですものね」


 ぎこちなく頷くと、サブリナ様はいつもと変わらずコロコロと優し気に笑う。


「私も初めて社交界にデビューしたときは、そうだったわ。でも、今回のパーティは懐かしい顔もたくさん来るから、そんな緊張もきっとすぐに吹き飛んでしまうわよ」


「……はい」


 そう言って頷くと、サブリナ様もにこりと笑顔を返してくださる。そのあとも、馬車が王城に着くまでずっと手を握っていてくれて、ああ、そうだ、私はずっとこの手のあたたかさに癒され励まされ続けてきたんだということを、改めて思い出していた。


 王城の大広場に着いてみると、車寄せの順番を待つ馬車が列をなしていた。私たちの番が来て馬車を降りると、すぐに案内の人がやってくる。その人に付き添われて城の奥にある大理石でできた広い階段を上っていくと、上った先には大きな扉があった。いまはその扉は開かれていて、その向こうは光で満たされている。華やかな音楽とともに人々の談笑する声がわぁんと反響して聞こえてきた。


 その扉の前には両脇に立つ警備の人の姿のほかに、もう一つ人影があった。

 その人影は私たちに気づくと、親しげに声をかけてくる。


「よぉ。ちゃんと身体を休められたか?」


 いつもの調子の、いつもの声。ゲルハルト団長だった。ただ服装がいつもと違う。騎士団のあの青いシャツの制服ではなく、今日は軍服のようなキチッとした服装をしている。これは騎士団の儀礼用の正装のようだった。

 団長はここで、来る団員来る団員に挨拶しているらしい。


「ええ。ゲルハルトもお元気そうね」


「ああ。久しぶりに家族とも会えたしな。ほら、みんなも二人を待ってたぞ」


 一歩中に足を踏み入ると、華やかな景色が目に飛び込んできた。

 高い天井にはいくつもシャンデリアが下がり、室内は光に満たされていてとても明るい。


 学校の体育館二個分くらいありそうな広さのホールには、赤くふかふかした絨毯が敷かれ、壁や柱には金箔をふんだんにつかった豪華な装飾がほどこされている。天井には大きなフレスコ画。そしてホールには、華やかに着飾った紳士淑女がたくさん! 


 入り口ですでに気後れして立ち止まってしまっていると、団長が後ろからこそっと指さして教えてくれた。


「ほら。フランツはあっちの方にいたぞ」


 そちらに視線を向けると、ほんとだ! 彼の方も私に気づいてこちらにやってくるところだった。

 思わず手を振りそうになったけど、いけないいけない。ここじゃもっと淑女っぽくしなきゃ。


 一応、足を軽く下げて淑女の挨拶をすると、フランツも私の前で胸に手を当てて軽く腰を折る。顔を上げると、二人の間に自然と笑みがこぼれた。


「カエデ、二日ぶりだね。サブリナ様もお久しぶりです」


「ええ。フランツ。あなたも元気そうね」


 サブリナ様はそう答えたあと、


「じゃあ、またあとでね。楽しんでらっしゃいな」


 私に小声でそう言うと、小さくウィンクして人込みの中へ消えていった。


「カエデ。あっちにクロードたちもいるから行こう」


 フランツがすっと私の前に腕を差し出してくれる。


「前みたいに迷子になったら困るだろ?」


 冗談ぽく言う彼の言葉に、


「そうしたら、またフランツが探しに来てくれるんでしょう?」


「そりゃ、もちろん」


 胸を張って言う様子がおかしくて、くすりと笑いが漏れた。彼と話していると、さっきまであんなに緊張していたのが嘘のように溶けていく。

 フランツも、今日は団長と同じ騎士団の儀礼用の正装を身にまとっていて、それが背が高くて引き締まった彼にはとてもよく似合っていた。


 彼の腕をつかむと、そのままエスコートされて会場の奥の方まで歩いていく。その途中、なんだか妙に視線を感じたんだ。あっちにいるお嬢さんたちも、そっちにいるご婦人方も私たちを見ているよう。でも、フランツが気にした様子もなく歩いていくので、私も気にしないことにした。


 奥のテーブルではクロードとテオ、それにアキちゃんが飲み物片手に談笑していた。

 まだ騎士団の遠征隊が解散してから五日しか経っていないのに、なんだかもっとずっと月日が経ってしまったような気がして、彼らを見ると胸が熱くなってしまう。


「あ、カエデ様!」


 テオの声に、クロードたちの視線がこちらに集まった。


「わぁ! カエデ様の今日のドレス、すごく素敵です!」


 アキちゃんが私のドレスを見て目を輝かせる。そっか、アキちゃんは騎士団の従騎士として参加しているからドレスは着ないんだね。


「アキちゃんの、その正装もすごく素敵よ。かわいくて、かっこいいもの」


 うん、ほんと。男女同じ制服を着ているからか、アキちゃんもテオも中性っぽさが増して凛々しさが引き立ってるもの。

 フランツがすぐに、テーブルの上のグラスをとって渡してくれる。黄金色の少し泡のある飲み物。シャンパンかな。


「みんな、ここに居たのね」


「一人でいると囲まれて大変だからな。必要最小限の挨拶を済ませたら、私はなるべく人目のつかないところでこっそり飲んでいたい」


 と、クロード。その気持ちはすごくよくわかる。私もそうだもん。


「まぁ、どのみち囲まれるんだけどね」


 フランツは同じ飲み物を手に取ると、露骨にため息をついた。


「私はともかく、お前が社交界に慣れなくてどうするんだよ」


「だって、一度捕まるとなかなか離してくれないだろ? 会話も気を遣うしさ」


 フランツの表情を見ていると、本気で苦手に感じているようだった。


「そんなに囲まれちゃうの?」


 私が素朴な疑問を口にすると、クロードは同情するような目をフランツに向けた。


「騎士団っていうだけでも社交界では人気があるんだ。そのうえコイツは騎士団の花形である切込み役の前衛だし、今回もかなり武勲をあげてるからな。さらに、貴族の中でも資産も勢いもあるハノーヴァー伯爵家の子息で未婚とくれば、お嬢さん方は放っておかないし、野心家たちは群がってくる」


 そんなクロードの言葉に、当のフランツはうんざりしたようにさらに深いため息をつくのだった。


 そこでふと、さっきの視線の意味に思い当たる。

 そっか、それでか! さっきから、なんかチラチラと視線を感じるなと思ったら、フランツを見てたのか! 視線の意味を理解して、うんうんと心の中で頷いた。

 フランツ、どこから見ても素敵だもの。見惚れちゃう気持ちもよくわかる。


 そのとき、ざわざわとしていた会場の空気が水を打ったようにサッと静かになる。

 みんなの視線の先に目を向けると、ホールの最奥。そこにしつらえられていたひな壇の上には、ひときわ立派な椅子が二脚置かれている。


 いま、その椅子の前に一組の老夫婦が立った。老紳士は金の冠を、老淑女は銀のティアラを身に着けている。紛れもなく、この国の王様と王妃様だ。


 誰が合図したわけでもないのに、会場にいた人たちは一斉に最敬礼で彼らを迎えた。男性は胸に右手を当てて片膝立ちになり頭を下げる。女性も深く身をかがめると、男性と同じように胸に手を当てて頭を下げた。私もワンテンポ遅れながらも、慌ててみんなの真似をする。


 王様はそれを満足げに見回したあと、軽く手をあげた。それを合図にみんなは顔をあげて姿勢を戻す。


「みな、よく集まってくれた。今日は西方騎士団の無事なる帰還を祝い、その偉功を称える場だ。どうか堅苦しくならず、くつろいでいただきたい。西方騎士団はゲルハルト・シュルツスタイン侯爵を筆頭に数限りない武功を重ね、わが国土の平穏と安寧に多大なる貢献をしてきた。その比類なき成果に祝杯をささげようではないか」


 その言葉を合図に、みんな一斉に王様に向けてグラスを掲げ、慰労パーティは始まった。

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