第96話 おかえりなさい、お兄様!
「ちょっと庭に行ってみよう」
ってフランツが言うから一緒について行ったけれど、庭という概念の違いをすぐに認識させられる。
お屋敷の裏に回ると、芝生がきれいに生いそろった広場のようなお庭があって、その先にはキラキラと輝く湖面の水を豊富に
フランツのあとについて湖のほうへと歩いていくと、湖の近くに白いテーブルセットが置かれているのが見えてきた。そこに白いレースの日傘を差したご婦人と可愛らしいピンクのドレスに身を包んだ金髪の少女が午前のお茶を愉しんでいるのが目に入る。
女の子は私たちの姿に気づくと、「あ!」と声をあげてぴょんと椅子から降り、こちらへ走ってきた。
「リーレシア。はしたないですよ」
日傘のご婦人にそう窘められても、
「だって。仕方ないんですもん!」
一度振り返ってご婦人にそう返すと再び走ってフランツのところまで駆け寄り、勢いをそのままに抱き着いた。
「フランツお兄様! おかえりなさい!」
ふわふわとした金色の髪に、くるくるとした表情豊かな緑の瞳。
その子がフランツの妹、リーレシアちゃんだっていうことはすぐに分かった。
「ただいま。リーレシア。いい子にしてたか?」
フランツは笑顔でリーレシアちゃんを抱き上げると、たかいたかいをするように持ち上げる。リーレシアちゃんも、きゃっきゃっと嬉しそうに足をばたつかせた。
「もちろんですわ、お兄様。リーレシア、お兄様のいいつけどおりお勉強もお稽古もちゃんと頑張ってきたんですのよ?」
そのままフランツはリーレシアをぎゅっと抱きしめると、宝物を置くようにそっと芝生に下した。そして、リーレシアちゃんのふわふわとした柔らかそうな髪を優しく撫でる。
「そっか。偉かったな」
そこにご婦人もゆっくりと歩いて、こちらへやってきた。
フランツはスッと表情を戻すと、彼女に軽く頭を下げる。
「戻りました」
そう一言簡潔に伝えると、ご婦人は口元だけで小さく微笑んだ。フランツの継母である、ハノーヴァー伯爵夫人。彼女は年相応の年齢を重ねていらっしゃるけれど、リーレシアちゃんをそのまま大人にしたような人形のような儚い美しさのある女性だった。
「おかえりなさい、フランツさん。お勤めご苦労様でした。それで、そちらのお嬢様は?」
「彼女は、西方騎士団の同僚のカエデです」
フランツの紹介にあわせて、私は片足を下げてドレスの裾をつまみ軽く頭を下げて挨拶をする。
「カエデ・クボタと申します」
挨拶の仕方や手順は事前にフランツに教えてもらっていたから、ぎこちなくだったけどなんとかこなせた。貴族の世界にはいろいろと独自のルールがあって、それを守らないと失礼になってしまうんだとかで何かとややこしそう。
「彼女には遠征中にとてもお世話になったんです」
「そう。それは、ワタクシからもお礼を申し上げますわ」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
もう一度足を折って、丁寧に礼を述べる。いまのところ、失礼なことしてないよね? 大丈夫だよね? ちらっとフランツに目で確認すると、うん、大丈夫、と彼が目で言っているような気がしてちょっと安心。
「そうだ。リーレシアがいい子にしてたご褒美と誕生日のお祝いにプレゼントがあるんだ」
そう言ってフランツがジャケットのポケットから取り出した小箱をリーレシアちゃんに渡す。彼女はわくわくと期待を込めた表情で、その箱を受け取った。
「開けてもいい? お兄様」
「ああ、もちろんだよ」
箱を開けてブローチを見たリーレシアちゃんはパアッと顔を輝かせた。あの、アクラシオンの工房通りでフランツと一緒に選んだブローチ。フランツが箱からブローチを取り出して、
「もうだいぶ経っちゃったけど。お誕生日おめでとう、リーレシア」
と言って彼女の胸元へつけてあげると、彼女は嬉しそうに真っ白い頬をほんのり紅潮させて奥様のそばへと駆けていく。
「お母さま! みてみて! お兄様がくれたの!」
「あらあら。よく似合ってるわね、リーレシア」
リーレシアちゃんは得意げに、その場でくるっと回って見せて、にっこりと笑う。そうやって笑っている顔はフランツにそっくり。やっぱり腹違いといっても、兄妹なのね。フランツはというと、嬉しそうにはしゃぐリーレシアちゃんを目を細めて愛しそうに見ていた。
その脇腹をつんつんと突っついてみる。
「ん?」
「喜んでくれて、よかったね」
小声でそう言うと、彼は嬉しそうに「ああ」と笑った。
「フランツお兄様、カエデお姉様! 遠征中のお話を聞かせて! リーレシア、お話聞きたくてずっとうずうずしてたの!」
「ハハ、わかったよ」
それから、お庭に出してあるテーブルでメイドさんが淹れてくださったお茶をいただきながら、フランツはリーレシアちゃんに遠征の話を聞かせてあげていた。私も混ざりながら、懐かしい話に花を咲かせる。
最後にリーレシアちゃんが夢見心地にため息つきをながら、
「リーレシアもやっぱり騎士団に入りたいなぁ」
なんていうものだから、フランツはギョッとした顔をして「危ないこともあるから」ってあたふたしていたっけ。私と奥様は、そんな二人を微笑ましく笑いながら見ていたんだ。そうして、湖畔の時間はゆっくりと穏やかに過ぎていった。
そうそう。ランチも一緒にいただいたんだけど、さすが伯爵家の料理人さんによるものだけあって、とても美味しいの。とくにパンはフワフワで、小麦の香りとほのかな甘味があって一口で好きになっちゃった。
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