第134話 もしかして……
モモのおかげもあって、リーレシアちゃんにも普段の明るさが戻ってきた。
でも、練習場の方からときおりすごい振動や音がするのでこっそり窓を開けて外を見てみたら、団長さんたちが集めた東方布から亡霊を呼び出して片っ端から討伐していた。
やっぱり東方布が呪物になっているという推測はあたっていたみたい。
でも、東方布すべてに呪詛が書き込まれているわけではない。あくまで、王都に入ってきた東方布の一部に術が施されていたというだけ。
だから、王弟が呪詛を書きつけた東方布がどこからどんなルートで入ってきたかがわかれば、もっと効率的に討伐できるんだろうな。
そもそも王弟はなぜ、亡霊を王都に呼び寄せたのだろう。
現王や王侯貴族への恨みだろうか。それとも、人生の最後で自分の存在を示したくなったのだろうか。
彼の身の上のことを思うと、王都にいる貴族や上流階級を襲うのは理に適っている気はする。
でも、なにかが足りない。私は心のどこかで、そう思う気持ちを拭えないでいた。
彼が残した呪いの言葉にあった『亡者の喜び』ってなんだろう。
あれ? でも待って。王弟自身ももう、亡くなられているんだよね。
それなら彼自身を亡霊の一人としてこの王都に召喚することも可能なのでは?
そのことに思い至って、ぞわっと鳥肌がたつ。
そうだよ。王都を追われて、いまも亡骸は遙か東方の地に埋められてるんだもん。魂だけでも王都に帰ってきたいと考えていても不思議ではない。
それに、馬車で聞いたフランツの言葉も引っかかる。遠くの戦場で死んだ王国の兵士たちが、王都に亡霊として戻ってきているんじゃないかって、彼はそう言ってたよね。
王弟は遠方で非業の死を遂げた者たちを引き連れて、共に王都へ戻ってこようとしているのかもしれない。
でも、王弟の亡霊が現れたという話はまだまったく耳にしていない。
ということは、彼はまだ現れてはいないのだろう。
彼が戻ってくるとしたら、一体どこに現れるのだろうか。
頭に思い浮かんだのは、二つ。一つは愛する人を奪った現王のもと。もう一つは、愛する彼女のもと。そのどちらかに現れるんじゃないかという気がしていた。
でも、五十年も遠く離れた東方の地で逃亡生活をしていた彼に、あの庭の墓石のことを知る機会なんてあったのだろうか。わからない。でももし知らないなら、知らせてあげたい。 そんな気持ちが、むくむくと沸いてきた。
だって、彼女の墓石はずっとあの庭で彼のことを待っているんだもの。
でも、いったいどうやって知らせたらいいのだろう。
「そうだ、もしかしてフランツが絵に描いてるかも。すみません、私ちょっと気になることがあるので行ってきます!」
「え、カエデさんっ!?」
エリックさんの慌てた声が背中に聞こえる。でも、私は振り返らずそのまま金庫番室を出た。
亡霊がいるかもしれない建物の外に出ることが怖くないといえば嘘になる。でも、ちょっと近くまでいくだけだから、と勇気を振り絞って騎士団本部の廊下を走り抜け、外に出た。
誰か団員さんに声をかけて護衛してもらおうかとも少し考えたけれど、みんな亡霊討伐に忙しそうに駆け回っている。邪魔するのが申し訳なくて、私は一人で騎士団本部を出て木立の中を走っていった。
かろうじて頭の上からやわらかく降り注ぐ満月の光のおかげで木々の輪郭は見えたので、スカートをつまんで木々を避けながら小走りに進む。しばらく行くと、目の前に別の建物が現れた。
フランツとクロードが暮らす、騎士団寮だ。
寮の入り口に焚かれた篝火のおかげで、周囲がうっすらと明るい。暗い場所を抜けてきて細くなっていた心が、その明かりに照らされてほわっと緩んだ気がした。
寮の中はみんな出払ってしまいからっぽだったけれど、私は階段を上ってクロードの部屋へと急いだ。
部屋の前へつくと、ノブを回す。幸い鍵は掛かっていなかったため、すんなりとドアは開いた。
部屋は中は以前来たときとほとんど変わっていない。入って左側にクロードのベッド、右側にフランツが使う簡易ベッドがあった。
「えっと、どこだろう……」
フランツのベッドの周りには画材がおかれているのに、目当てのモノはみあたらない。クロードに文句を言われるくらいだから、もっと散乱してるんだと思ったんだけどな。クロードに怒られてどこかに整理したのかも。
どうしよう。どこにあるんだろう。と、焦りが強くなる。
フランツが使っているであろうスペース周辺をくまなく探しているいると、足にカサリと何かが触った。拾い上げてみると、それは丸められた紙の筒。開いてみると、彼が描いたであろうかわいらしいモモの絵が出てきた。この絵は、どうやらベッド下につっこまれていたようだ。
「あった! ここだ!」
しゃがんでベッド下を覗き込むと……あった! フランツが描いた絵がたくさん、丸められてベッド下に押し込まれている。
その一つ一つを手に取って開いてみる。
あの庭でフランツは何と言っていたっけ。『あとで写生に来ようかな』ってそう言ってなかった?
私は一枚一枚絵を開いて、中を確認してみた。私が望む絵がここにありますようにと、そう願いながら。
そして十枚以上絵を開いたときだった。
「あ、あった! これだ!」
私が思い描く通りの絵、ううん、想像以上に美しく描かれた『前王妃の庭』の絵があった。うん。これをどうするかまではまだ考えてないけれど、とりあえず持っていよう。
私はその絵を大事に丸めると手に持って、寮をあとにした。
外は再び夜の闇。一瞬ひるみそうになるけれど、怖がってる場合じゃないわ。
早く戻らなきゃ。再びスカートの裾を両手でつまんで夜の闇の中を走って行く。
そのときだった。
木陰から、何かが飛び出して私の行く手を塞いだ。
半透明で青白い骸骨の兵士。亡霊だ。
逃げなきゃと思うのに、足がすくんで動けない。
亡霊が斧のようなものを私に向かって振り下ろしてくる。
「い、いやあああああっ!!!」
咄嗟に両手を前に突き出して顔をかばった。そんなもので防げるはずがないってわかってはいたけれど、反射的に手が前に出ていた。
しかし、痛みや衝撃が来る代わりに、バチッと電気がはじけるような音がしたかと思うと、
オオオオオオオオオオオ
亡霊が苦悶の声をあげだした。見ると、斧を持っていたはずの亡霊の片手が斧ごと消えている。
「あ、ブレスレットが……」
私の左腕につけていたブレスレット。そこに嵌められていた一番大きな魔石が砕け散っていた。魔石に込められていた守護の魔法が発動して亡霊から守ってくれたようだ。このブレスレットはフランツがプレゼントしてくれたもの。
彼が守ってくれたんだ。そのことに、じわりと涙が滲む。
だけど泣いている場合じゃない。亡霊は片腕を失ったとはいえ、まだ消えてはいない。
私は涙を拭うと、亡霊の横をすり抜けて走り出した。フランツのことを考えただけで、私の足は再び動くようになっていた。
彼の元に行かなきゃ。こんなところで、ひっそり亡霊にやられている場合じゃない。亡霊はすぐに私を追いかけてきたけど、スピードは私が走る速さとさほど変わらない。
木立の細枝が顔や腕にあたるたびに痛みが走るけれど、そんな些細なことに構っている暇はなかった。
全速力で騎士団本部へ向かう。木立を抜けたところで、騎士団本部のそばにいた見知った顔をみつける。
建物の周りに焚かれた篝火に赤く照らされた、あのひょろっとした細身の男性はベルナードだ。
「ベルナード!」
私が助けを呼ぶ前に彼はこちらに気がついたようだった。よかった助けを呼んでくれるかも。
期待に胸を膨らませかけたものの、その思いに反して彼はこちらにやってくる。
「逃げて! ベルナード! 亡霊が……!」
私の警告を無視して彼は素早く私のそばまで駆け寄ってくると、腰に刺してあった細いモノを抜く。そして、予想外の洗練された動きでその細いモノを亡霊の頭部に突き刺した。
亡霊は苦しそうにもだえたあと、煙が霧散するように空気に溶けて消えてしまった。
「ふぅ。大丈夫だったか? カエデ。でも、なんでこんなとこで亡霊と追いかけっこしてたんだ?」
不思議そうに小首を傾げるベルナード。その右手に握られていたのは、一本の
そうか、彼だって騎士団の一員だもの。いつも頼りないからてっきり後方支援専門なのかと思っていたけれど、武芸の修練はしっかり積んでいるようだった。
ちょっとベルナードのことを見直しつつ、全速力で走ってきたばかりだったので何も言えずに呼吸を整えていたら、ベルナードが「ああ、そうだ」と何かを思い出したように声をあげた。
「僕もカエデのことを探してたんだ。ちょっと相談したいことがあってさ。こんなところじゃなんだから、本部に入ろう」
「う、うん」
正面玄関から騎士団本部に入り、西方騎士団の金庫番室へ行こうとしたところで、玄関からもう一人急いだ様子で誰かが駆け込んできた。
「あれ? あなたは……」
「おおっ! 良かった、あんたに話したいことがあるんだ!」
駆け寄ってきたのは、行商人ギルドのダンヴィーノさんだった。
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