第135話 知らせなきゃ!

 ダンヴィーノさんは私のところに慌てた様子でやってくると早口で話し出す。


「あんたに確認したいことがあったんだ。騎士団の連中が、亡霊どもの出元だって言って東方布を集めてるんだって?」


 ぐいぐいくるダンヴィーノさんに押され気味になりながらも、こくこくと頷いた。


「は、はい。そうです。全部がそうというわけではないんですが、どれが呪詛の込められたものかわからないので、とりあえずできるかぎり回収しています」


 ダンヴィーノさんは私の言葉に、困惑するように眉間の皺を深める。


「でも、おかしいんだよ。東方布を王都に持ち込んでるのは、ほとんどがうちの行商人ギルドだ。それで、うちで把握してる購入主んとこをしらみつぶしにあたって確認してみたんだが、うちが売った東方布でいまんとこ亡霊が出たって報告は一つも無い」


「え……」


 言われている意味が分からず、私はきょとんとして聞き返した。現に騎士団本部のすぐ裏にある練習場では、集められた東方布から亡霊が発生するのを私も自分の目で見ている。でも、行商人ギルドで扱っていた東方布からは亡霊が発生していないとなると、あれらは一体どこから王都に持ち込まれたものなのだろう。


「既に騎士団に回収されちまったやつは、わかんねぇけどな。少なくとも、回収される前に亡霊が発生した事実は一件もない。ここに販売先リストもある。なかには布の卸問屋も含まれてたが、そこも亡霊の目撃はゼロだ。となると……」


 そこで、それまで黙って話を聞いていたベルナードが口を挟んできた。


「亡霊が発生しているのは、東方騎士団が持ち込んだ東方布だけってことなのかもしれない」


「え、東方騎士団が?」


 わけがわからず問いかえすと、ベルナードはこくんと頷いた。


「東方は有名な工芸品が多いんだ。だから、貴族や金持ちに頼まれて現地で工芸品を購入して持ち帰ることも多い。個人的に団員が頼まれることもあるし、団として頼まれることもあるんだ。そこで出た利益は次の遠征のときの工芸品の購入資金に回すから、団の予算とは別会計になっている」


 そうか。だから私も東方騎士団の帳簿は見ているのに、そのお金の流れに気づかなかったのか。それに西方騎士団はそういう貿易まがいのことはやっていないので、ぜんぜん知らなかった。


「じゃあ、今回王弟の呪詛がほどこされているのは、東方騎士団が持ち込んだ東方布だけって可能性が高いのね」


 だとすると、入手元の特定もそう難しくはなさそうだ。事態の収拾の糸口を掴めたかもしれないと気持ちが高ぶる私とは対照的に、ベルナードが細い肩をさらに小さくすぼめて申し訳なさそうに付け加えた。


「それと……僕がカエデを探していたのは、その件についてなんだ。教えておかなきゃって思って。実は、東方騎士団の団員の一人が亡霊騒動がはじまってから見当たらなくなってるんだ。そいつは修理班の古株の一人で、工芸品の購入を担当してる一人でもある」


 その消えた団員が何かを知っているのかもしれないとベルナードは言う。もしかすると、呪詛の施された工芸品を東方騎士団を通じて王都に運び入れた張本人かもしれなかった。


「王弟さんだけじゃなく、他にも協力者がいたってことよね……。とりあえず、そのことは団長さんたちに報告しておくとして、東方騎士団に持ち込んだ工芸品の目録とかは残ってないの?」


「その団員が持っていたはずなんだけど、寮の部屋にはなかった。一緒に持って消えたんだろうな。でも、工芸品を売り買いした記録は、いつかカエデにも相談した方がいいだろうなって思ってたから、この前、前回の遠征分は写し取って金庫に保管してある」


 やった! ベルナード、すごい! って言おうとしたけれど、その前にダンヴィーノさんがバシバシとベルナードの背中を笑いながら景気よく叩いた。


「でかしたじゃねぇか、兄ちゃんっ!」


「は、はい……」


 そういえば、ベルナードってダンヴィーノさんとは初対面じゃなかったっけ? しかも、育ちの良い彼の周りには、あまりいそうなタイプじゃないものね。ベルナードはダンヴィーノさんの自由な雰囲気に気圧された様子で、始終ビクビクしていた。


 とりあえず、まずはその書き写したものを見せてもらおうということで東方騎士団の金庫番室へと移動する。しかもなぜか、ダンヴィーノさんも一緒についてきた。


「へぇ、こっちが東方騎士団側かぁ。左右が対称的なつくりしてるって話には聞いたことあったが、本当にそうなんだな」


 なんて暢気にあちこち見回しながらついてくる。


 金庫番室でベルナードに例の工芸品の売買記録を見せてもらうと、そこには貴族や上流階級の家名、大商家などの名がずらっと並んでいた。王城に持ち込まれたと思しき記述もあったけれど、王城にはすでにフランツやクロードたちをはじめ何人もの団員さんたちが行っているから心配はないだろう。もう、とっくに東方布を回収し終えてるんじゃないかな。


 記録に書かれた人々の屋敷があるのも、すでに団員さんたちが回収や警備に向かっている場所ばかりだった。ただ、その中に一つ、『王立工房』という名前を見つける。


 しかも、そこには記録帳によると最大級の東方布が運ばれたことになっていた。


「ねぇ、この王立工房には誰か団員さん行っているのかな」


 ベルナードは腕を組んで首を傾げる。


「団の警備は屋敷街や商家街中心に巡廻してたから、外れにある王立工房は見逃されてるかもしれないな。でも、今日は週休日だから誰もいなかったんじゃないか? もしいたとしても、暗くなるまで人がいるとも考えづらいし」


 そうか。今日は本来休みの日だった。それに亡霊が出没し始めたのは夕暮れ時から。照明器具や照明用油は高価なものなので、その時間まで工房が動いていることは考えにくい。無人の室内に亡霊が彷徨っているだけなら、今から団員さんに討伐しに行ってもらうのでも間に合うだろう。


 ホッと胸をなで下ろしかけたところで、ダンヴィーノさんが顎に手を当てて「ああ、そういえば」と声をあげた。


「王立工房は行商人ギルドのお得意さんだからよ、俺も知り合いが何人もいるんだがな。前に工房に行ったときにさ、見たこともないくらいの巨大な東方布を加工してるのを見たんだよ。なんでも、王城で掛けられていたでっかいタペストリーを補修するためにその裏地に使うんだとか言ってた。東方布を裏地に使うなんて、贅沢な使い方をするもんだなって思ったからよく覚えてたんだけどよ」


 すると、ベルナードが顔を青ざめさせてわなわなと震え出す。


「そ、そのタペストリーってもしかして……建国神話が描かれたアレのこと?」


「ああ、たしかそうだった。そんな柄だった。ずいぶん立派なヤツだったな」


「……まずい。それ、枢密院室の壁に掛けられてるタペストリーだ。お父様が、補修にずいぶん金がかかったけれど、金を掛けただけあって見違えるくらい立派になった。我が国の威厳を体現するかのようだって、ちょっとまえに自慢げに話してた」


 ちょっと待って。枢密院室って、枢密院の会議をするための部屋よね。

 亡霊事件の対応策を話し合うために緊急枢密院を開くからと、フランツのお父様も招集されてたんじゃなかった?


 枢密院には有力貴族や王族が集められている。もちろん、現王も。


 嫌な動悸が胸を打ち始める。


「いま、枢密院の会議が開かれている真っ最中かも……」


 私の言葉に、ベルナードも声を震わせる。


「お父様も招集されていった。たぶんまだ会議の真っ最中だ」


「やべえな。裏地に使ってあって壁に貼ってたら、そこに東方布があることに誰も気づいてないんじゃねぇのか?」


 と、ダンヴィーノさんも唸る。


「だ、団長さんに知らせなきゃ」


 私は弾かれたように走り出すと、玄関ホールを抜けて練習場に出た。

 でも、少し前までそこで亡霊の討伐をしていた団長たちの姿が見えない。ここでの討伐が一段落ついて、ほかの場所へ移動したのかもしれない。


「どうしよう、すぐに知らせないと」


 おろおろと練習場を見渡して団長の姿を探す私の肩をダンヴィーノさんが掴んだ。


「団長なら俺が探して知らせておく。呑み友達だからな。それより、一刻もはやく王城に知らせにいった方がいいんじゃないか?」


 たしかに、騎士団本部から王城へは目と鼻の先。フランツやクロードもあちらにいるはずだ。


「カエデ。僕の馬なら、さっき乗ってきてそのまま練習場の脇につないである。王城に知らせに行こう」


 ベルナードに言われて、私はぎゅっと胸元の服を掴むと頷いた。


 今は、一刻も早く知らせなきゃ。思い過ごしなら、それでいい。

 でももしまだ、誰も枢密院のタペストリーについて気づいていないとしたら、その裏地に使われている特大の東方布に呪詛が書かれていたとしたら。


 早く知らせなきゃ、大変なことになる! 

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