第58話 複雑怪奇な騎士団の帳簿

 翌日の夕方、魔物討伐から戻ってきた副団長にさっそく西方騎士団の経理の仕方を教えてもらうことになった。

 場所は騎士さん達のムーアの一室。さすが騎士団の幹部だけあって、ワンフロアの半分が副団長のスペースらしい。もう半分は団長のなんだって。

 そこに置かれた木製のテーブルの上で、副団長が西方騎士団の帳簿を見せてくれた。


 そう、騎士さん達があまりに家計簿やお小遣い帳的なものを知らないので、もしかしてこの世界には帳簿のようなものはないんじゃないかって心配になったりもしたけれど、副団長はお金を管理するためにちゃんと帳簿をつけていたみたい。

 でも、その帳簿を見せてもらったとき、


「……これ、ですか?」


 思わず上擦った変な声が出てしまった。

 見せてもらった縦スクロールの紙。そこにぎっしりと文字と数字が書き込まれていて、見た瞬間目眩がしそうになる。


「そう。これなんだ。わかりにくいだろ? でも、先代の金庫番だった前副団長から書き方を教わった物なんだ。それにさらに自分なりに色々書き足していったら、自分でもしばらく考え込まないとよくわからないものになってしまったんだよ」


 そうか。帳簿というものは存在していても、一般化された会計ルールみたいなものは存在しないから、帳簿を付ける人が独自ルールで書いていって、それを承継した人がさらに独自ルールで……というのの繰り返しで複雑怪奇なものになっていくわけね。


「これって、誰かに見せたりはするんですか?」


 私が尋ねると、副団長は顎に手を当てて小首を傾げる。


「たまにゲルハルト団長には見せることはあるよ。それと王都に戻ったときに、騎士団全体を統括している騎士団本部に提出はする。でも、やっぱり分かりにくいよね、これ」


 おそらくだけど、他の人たちはこれを見せられてもちっとも理解できないだろう。副団長の説明をそのまま信じるしかなかったんじゃないかな。もしかすると、団長は私なら理解できるかも知れないと思って私に金庫番補佐の仕事をさせることにしたのかもしれない。


「頑張って理解するので、是非教えてください」


 副団長を見上げてそう頼むと、彼は口端をあげて小さく微笑んだ。


「そうしてもらえると、有り難いよ」


 でも、そういう副団長の目はどこか不安げな色を帯びているよう。私では頼りなく思っているのかな。その不安を払拭できるように頑張ろう、とちょっと志を新たにする。

 そして早速はじめの取引から教えてもらったのだけれど、はじめて数分でこれは厄介なことを引き受けたぞ!と内心冷や汗を感じ始める。


 騎士団の帳簿は、単純に言うと単式簿記。お金の出し入れだけを記帳しているものだった。これは、フランツや騎士さんたちに教えたお小遣い帳と基本は同じ。


 だけどこれだけ大所帯の騎士団の半年分の帳簿なので、個人のお小遣い帳に比べると記帳すべきものは遥かに多い。それをお金の出し入れに合わせて追加でごちゃごちゃ書いていったり、途中から財産目録のように本来なら別に帳簿をつくるべきものも一緒くたにして書いたりしているので複雑怪奇になっているというのが段々わかってきた。


 わかってきたけれど、一つ一つの取引の実体をこのごちゃごちゃ書いてあるスクロールの中から探し出して頭の中で組み立てるのは、まるでミステリーでも解いているかのように大変な作業になる。


 副団長が空いている時間だけでは到底足りそうに無かったので、翌日からは彼が討伐に出ている間もこのスクロールを借りてにらめっこすることにした。そのうち、眺めているだけでは頭の中で理解したものが整理しきれないので、スクロールから解読したものを自分なりの帳簿を作ってそこに書き込んでいくことにした。


 自分で作ったもう一つの騎士団の帳簿は、単式簿記ではなく複式簿記を簡略化したような様式にしてみた。こうすると、お金の出し入れだけじゃなく、武器や食材といった資産がどの程度増えたのかわかりやすいし、私が調理班や救護班で付けている在庫表と一緒に見比べると騎士団の財政状況とお金の流れがかなり正確に掴めるもの。


 ここのところ日中はそうやってテーブルについて作業することが増えてしまったから、肩や腰がバキバキ。調理班のみんなと夕飯を作るのは、身体もほどよく動かせてちょうど良い気分転換になっていた。

 そんなある日、ちょっと実験的なことがしてみたくなってフランツとクロードにも手伝いを頼んでみることにした。


 二人が快諾してくれたので、まずはフランツに穴を掘るのを手伝ってももらうことにする。


「どれくらい掘ればいいんだ?」

「えっとね。これくらいの広さで、これくらいの深さがあれば嬉しいな」

「わかった」


 手でジェスチャーすると、なんとかわかってくれたみたい。

 フランツが穴を掘っている間、クロードには私がやっている作業を半分手伝ってもらう。

 ムーアの大きな葉っぱを何枚も拾ってきて、それに私が用意した具材を詰めて包んでもらうの。実験って言うのは、この具材のことなんだ。北部イモの葉っぱ包みもジャガイモのホイル焼きみたいでほくほくして美味しいけど、もっと色んな具材で試してみたくなったの。


 ただ、今回の具材は北部イモのように堅くないからふにゃふにゃとして案外巻きにくい。悪戦苦闘しながら隣のクロードの手元を覗き見ると、きちっきちっと綺麗に巻いていた。


「……さすが」


 カマドを隙間無く組める男。感心して見ていたらクロードは傍に置いてあった葉っぱをすべて包み終わり、何も言わずに今度は私の横に置いていた分まで包み始める。


「ああ、いいよ。こっちは私がやるから」


 そういったものの、


「どうせあとで私がやり直すんだったら、初めからやった方が早い」


 と、すげなく言われてしまった。

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