第57話 俺たちにも教えて欲しい
午後は救護班の入っているムーアの二階でポーションの整理をすることにした。明日から正騎士さんたちは魔物討伐にでかけるから、その間に私はレインと一緒に街へポーションの買出しに行こうと思うんだ。
そのために在庫数をチェックしておいて、あとでサブリナ様と何を幾つ買い足してこようか相談するつもり。
すると、階段の下から何やらざわざわと人の声が聞こえてきた。
なんだろう?と思って階段を下りていくと、簡易ベッドなどが置いてある救護班の一階に、騎士さん達が四、五人集まっていてレインと何やら話している。
怪我でもしたのかな?と思って、
「どうしたんですか?」
そう声をかけたら、騎士さん達が一斉に私の方に集まってきた。
「カエデ! そこにいたのか!」
「俺にも教えてほしいんだ!」
「フランツのアレ、どうやるんだ?」
わらわらと私の周りを取り囲み、口々にそんなことを言う騎士さん達。
「え? え? ちょっと待ってください。……なんのことですか?」
訳が分からず困っていると、いままで彼らの相手をしていたレインが弱った顔をして助け船を出してくれた。
「カエデ。フランツに何か教えたかい?」
「え……フランツに?」
何か教えたって、何のこと? 心当たりがなくて、きょとんとしてしまう。
「なんでも、カエデのおかげで今年は妹へのお土産を買えたって、フランツが街から帰ってきて自慢しているらしいんだ」
「お、おお……」
ポンと手の平を叩く。そのことか。たしかにお小遣い帳の書き方と、それを使ったお金の管理の仕方を一緒に考えたりしたけれど。
「みんな、その話を聞きつけてきたらしいんだ。カエデにその秘訣を教えてほしいんだって」
レインのその言葉に、周りの騎士さんたちも大きく頷く。
「あのフランツが、妹さんのお土産買えるだなんて。いつも、遠征の前半で金使い切ってクロードにしょっちゅう頼み込んで借りてたアイツがさ!」
騎士さんの一人が、『あの』の部分をやたら強調しながら言う。フランツ、去年まではそんなにお金の管理のできない人だったんだね……。
「俺も妻への土産を買いたいんだ。どうか教えてくれよ」
「僕は母に何か買ってあげたくて」
「私は、その手法というのを知りたいだけなんだ」
そう口々に言いながら、みんなが迫ってくる。
「わ、わかりました! わかりましたから。お教えしますから! でも、もう遠征もあと少しだから、いまから貯めてもたいしてたまりませんよ? 役立つのは次の遠征のときからで、いまはそのための練習くらいしかできませんが。それでもよければ」
みんなそれでもいい、フランツが何をしていたのかを知りたい、と言う。じゃあ他にも希望者がいるかもしれないからと募ったらどんどん人が集まり、結局、講座のような形でみんなに教えることになってしまった。
翌日、正騎士さん達が魔物討伐から帰ってきた夕方頃。
ムーアの木の間の広場にて、みんなで机を持ち寄ってお小遣い帳講座を開催することになった。しかも、希望者を募ったら、二十人以上も集まったの。
若い従騎士さんから、一番上は五十代……。
「というか、なんで団長まで来てるんですか」
一番前の席にちゃっかり座っているゲルハルト団長は、アハハと頭を掻いて笑った。
「いやぁ、俺も教えてもらおうと思ってよ。いっつも母ちゃんに何も買っていけなくてさ?」
そこにすかさず、
「団長の場合は、全部飲んじゃうのがいけないんじゃないですか?」
後方からそんなヤジが飛んできて、あちこちから笑いが起きる。うん。飲んじゃったうえに、二日酔いで吐いちゃうからほとんど地面に捨ててるんじゃないかな、団長さん。
「とりあえず、はじめますからね!」
私一人じゃ不安なので、フランツとクロードにも手伝ってもらうことになった。
みんなに紙を配って、以前フランツに教えたお小遣い帳と同じ物をみんなにも作ってもらう。
すぐにコツをつかんですらすらと書ける人もいたけれど、なかなか表の意味を理解できない人や計算が苦手な人もいて、躓いている人のところへ私やフランツたちがついて手取り足取り教えた。
でも最後には、みんなすごく目をキラキラさせて、自分が作ったお小遣い帳を宝物のように持って帰っていったんだよ。去り際、
「カエデ、ありがとう!」
「なんだか僕、少し賢くなったような気がする」
「俺、やってみるよ。できるようになったら弟にも教えてやるんだ」
そんなことを言いながら、口々に感謝の言葉をのべてくれた。ぎゅっと抱きしめてくれる人もいたけど、そんなときはフランツがいつのまにかススッと寄ってきて引き剥がしてくれたっけ。
でも、自分のことを自分でコントロールできるようになる、予定どおりに行動できるようになるってすごく自分の自信に繋がることだと思う。私も、初めてお金を貯めて大きな買い物をしたときはすごく達成感があったもの。
みんながそんな達成感を味わう一歩を踏み出してくれたのなら、これ以上嬉しいことはない。
最後の一人を笑顔で見送って後片付けをはじめていると、こちらに近づいてくる人影があった。顔を上げてそちらに目を向けると、やってきたのはナッシュ副団長だった。
「やぁ。ずいぶん、盛況だったみたいだね」
そう柔らかな笑顔を讃えて
「はい。こんなに沢山の人に一度に教えるのは初めてだったから、うまく教えられたか自信はあまりありません。でも、みんなが今日教えたことを実践できるように、これからもちょくちょくみんなの間を回ってお手伝いしていこうと思います」
心地よい疲労感とともに、私も笑顔でそう答える。
副団長は机に置いてあったお手本のお小遣い帳を手に取って眺めた。
「君は、すごいな。君が来てから、うちの騎士団も随分変わったよ」
「そう……ですか?」
変わったといわれても、私は自分がここにくる以前の騎士団の様子を余り知らない。この世界に来たばかりのころは、精神的にいっぱいいっぱいで周りを見る余裕なんてなかったからあまり覚えていないし。
「意識が変わった、とでもいうのかな。いままでだったら、こんな風に彼らが自分からお金の管理の仕方を教えて欲しいと言うなんて考えられなかった。それもこれも、君がもたらした数々の成果を見ているからだろうね」
団長にも似たようなことを言われたけれど、何か良い影響を残せたのならいいなと思う。
「お金って……あまり表には出ないけど。でも、いろんなものに大きな影響を与える血液みたいなものなんですよね。足りなくなると、その部分は弱ったり死んだりしてしまう。私も前の世界でお金を扱う仕事をしていて、裏方だけど会社……っていうか組織を支える仕事なんだって思ったりもしていました」
決して、表舞台に出ることはない仕事。うまく循環していて当たり前の仕事。でも、そこをしっかり支える人がいないと会社も組織も死んでしまう、大切な役割。経理の仕事ってそういうものなんだと私は思ってる。
この騎士団で金庫番をしている副団長を前にちょっと偉そうだったかなと少し心配になりながら彼に目を向けると、彼はどこか眩しい物をみるような目で私のことを見ると小さく頷いた。
「そうだね。地味だけど、とても大切な役割だ。もしかしたら、私よりも君の方が金庫番には向いているのかもしれないね」
「えええっ。副団長は、この大所帯の騎士団をしっかり支えてらっしゃるじゃないですか」
そう言うと、彼は弱く苦笑した。
「まぁ、なんとかなってると言うべきかな」
「そんなことは……あ、そうだ。私、ゲルハルト団長からナッシュ副団長の金庫番の仕事を手伝ってほしいって言われたんです」
「ああ、聞いてるよ。今度こそ、名実ともに金庫番補佐ってわけだね」
「よろしくおねがいします」
「ああ、こちらこそ。もし時間があれば、早速明日から頼むよ。処理できていないものがたくさんあってね」
「はい。明日、討伐からお戻りになったらそちらにお伺いします!」
金庫番補佐、か。ようやく私にもらえた役割。この騎士団のお客様じゃなく、やっとメンバーの一員として迎え入れられたような、そんな誇らしい気持ちがしていた。
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