第56話 一緒に選んだブローチ


 どの工房も入ってすぐのところにテーブルや台が置かれていて、そこに商品の工芸品が並んでいる。その奥に作業場があるようで、店と作業場が一体になった造りをしていた。商品には値札などはついていないけれど、工房の人に尋ねると値段や魔石の効果などを細かく教えてくれる。


 工房によってアクセサリーが得意なところや実用品が得意なところなどいろいろあるみたい。

 そうやってフランツと一緒にいろんな工房を見て回った。その間も手はしっかり握られたままだったけれど、人が多くて迷子になったら大変だもんねと自分を納得させた。さすがに工房の中にいるときは手を離してくれたし。

 いろいろな工房を見て回って、最後に通りの奥にある工房に入ったとき。


「きれい……」


 その工房には、他のところとは比べものにならないくらいたくさんの銀のアクセサリーが並べられていた。デザインも凝っていて可愛らしいものが多い。


「リーレシアには、どれが似合うかな」


 フランツに言われて、前に肖像画で見せてもらった彼女の顔を思い浮かべる。幼さの残る可愛らしいふっくらとした頬。フランツと同じ金色だけれど、彼と違ってふわふわとしたゆるくウェーブを描く長い髪。エメラルド色をした宝石のような瞳。まだあどけない可愛らしさたっぷり。でも、そろそろ背伸びもしてみたい年頃じゃないかな。

 そうなると……。


「これなんてどうかな」


 一つのブローチを手に取る。真ん中に置かれた乳白ピンクの石に可憐な薔薇のような花が彫刻されているブローチ。その周りには銀細工が施されていて、小さな宝石のような石が散りばめられている。甘さと気品さを兼ね備えたデザインは、きっとリーレシアちゃんによく似合うと思うんだ。


「おおっ、いいなぁ。リーレシアが好きそうだ。ついてる魔石もこの色は防御魔法みたいだな」


 やっぱりこの周りについている宝石みたいなものが魔石らしい。透明度のあるオパールといった感じの石で、中に虹を閉じ込めたように角度によってキラキラと色を変えた。


「いくらなんだろう」


 フランツが店の人に聞くと、そのブローチは銀貨6枚するらしい。

 同じようなデザインでも、魔石のついていないものはもっと安く手に入るんだって。他にもいくつか見て回ったけれど、結局最初に私が選んだあのブローチがいいみたい。


 でも、彼が持っているリーレシアちゃんへのお土産予算は銀貨5枚。どうするんだろう?と見ていたら、フランツは工房の人と値段交渉を始めた。

 その間、私はフランツから少し離れて他のアクセサリーを眺めていた。

 髪留めに、ブローチに、ペンダント。いいなぁ。どれも本当に可愛らしい。


 ただ見ているだけでも、心がウキウキして楽しいもの。どのアクセサリーも細やかな細工がされて、キラキラと輝いてる。パーティドレスとかに合わせると、きっと華やかなんだろうな。


 そうやって見ていくうちに、素敵なブレスレットを見つけて思わず手に取った。

 草花が絡み合ったような繊細なデザインの銀細工。銀で形づくられた小さな花が可愛らしくて、実のようにオパール色の魔石がついている。

 でも、とても高そうで私のお小遣いじゃ買えないや、とそっとブレスレットを台の上に戻した。


 そうこうしているうちに、フランツの交渉も終わったみたい。

 工房の人に小箱に入れてもらっているところを見ると、上手く買えたのかな?


「どうだったの?」


「ばっちり。なんとかギリギリ買えたよ」


 そうフランツはニコニコと嬉しそう。念願のお土産が買えて良かったね。このために節制を頑張ったんだもんね。彼の笑顔を見ていると、私まで嬉しくなってくる。


「選ぶの手伝ってくれてありがとう」


「ううん。私も楽しかったから」


 贈り物を選ぶのって、自分のものを選ぶのと同じくらい楽しいもの。

 そして、帰り道もやっぱり手を繋がれてしまったのだった。

 それでも良い買い物ができたとほくほくしながら来た道を二人で戻っていくと、市場の通りに合流したあたりで良い匂いが漂ってきた。


 この匂いは、さっきクロード達と買い食いしたあの串の匂いだ。あの甘辛い味、美味しかったなぁ。ちょっと味が濃いめだからパンなんかに挟んだら美味しそう。今度、騎士団で調理するときにも使えないかなぁなんて考えたりしながら歩いているとラーゴのところにたどり着いた。


 のんびりと飼い葉を食んでいたラーゴが、もう行くのか?というような顔でのっそりと首を上げる。他の騎士さん達の馬はまだそこに繋がれたまま。きっと、酒場で一飲みしてるんだろうな。


「フランツは、もうこのまま帰るの? 他の騎士さんたちと合流しなくていいの?」


「ああ。いいよ。サイフの中身も、もうすっからかんだし」


 フランツはそう言いながらも、どこか嬉しそうに笑うのだった。


「ほら。乗って?」


「どうやって乗ればいいんだっけ」


 馬って近くで見ると、想像以上に大きい。ラーゴの背に手をつくものの、到底自分ではよじ登れないし、アブミにだって足が届きそうにない。


「ちょっと掴むよ。それっ」


 もたもたしていたらフランツが私の腰を掴んで、軽々ひょいっと持ち上げてくれた。


「きゃ、きゃっ……え、えとどっちの足だっけ」


「左足。それをラーゴのアブミにいれて。そうそう、上手。俺が支えてるから、そのままラーゴに跨がってごらん」


 言われたとおりにすると、すんなりラーゴのくらの上に乗ることが出来た。

 手綱を掴んでほっとしていると、私の後ろにフランツも跨がる。


「さあ。帰ろうぜ」


「うん」


 彼が軽く足でラーゴに合図すると、すぐにトットットとラーゴは街門の方へと歩き出す。そして門を抜けるとすぐに足が速まった。馬に乗るのは何度目かだけど、初めての時のような不安はもう全然ない。あの時とは違う、ラーゴとフランツする信頼感がそうさせるのかもしれない。

 風でスカートがめくれてしまわないように気をつけつつも、夏の暑さの中、風を感じながら走り抜けるのはとても爽やかで心地良かった。

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