第55話 工房通りでデート!?

 買った食材を駐車場の荷馬車に積み込んでいると、ちょうど入り口の方から馬に乗った数人がこちらに駆けてくるのが目に入る。

 遠目でもわかる、見慣れた制服。西方騎士団の人たちだ。その中の白馬に乗る人がこちらに手を振ってくる。フランツだった。


 私も手を振り返すと、彼は一緒に来た騎士さんたちと二言三言言葉を交わして別れると、ラーゴに乗ったままこちらにやってきた。そして、私たちの荷馬車の上に山と積まれた食材に目を留める。


「ずいぶん買ったんだな。もう、買出しは終わり?」


 荷馬車のすぐ横にラーゴを寄せると、身軽な動作でトンと地面に下りた。その彼に、荷台へと布を被せて荷馬車の端に留めながらクロードが答える。


「ああ。だいたいな」


「じゃあ、カエデ借りていってもいい? リーレシアへのお土産を一緒に選んでもらうって約束してたんだ」


 それは是非一緒にいきたい! でも、まだ買出し途中だけどいいのかな。と思ってクロードを見ると、彼は小さく苦笑を浮べた。


「今日買う予定だったものはあらかた買ったから、あとは好きにするといい。帰りはラーゴに乗せてもらえば帰れるだろ」


「うん。ありがとう、クロード」


 手を振って三人と別れ、私はフランツのあとについていった。

 彼は駐車場の隅に立っている柵へとラーゴの手綱を結ぶと、ラーゴの前に桶に入れた水と飼い葉を運んでくる。


 隣には同じようにのんびりと飼い葉を食べている馬が三頭。どの馬にも耳にピアスのように小さなタグがついていて、ピコピコと時折耳を動かすたびにタグが揺れるの。そのタグには西方騎士団の紋章の焼き印が押されている。この馬たちはさっきフランツと一緒に街に来た騎士さん達が乗っていた馬だね。

 もちろんラーゴにも、西方騎士団のタグがついている。そのラーゴの鼻筋をフランツは優しく撫でると、こちらを向いてニコッと笑った。


「さぁ、いこっか。お腹はすいてない?」


「うん。さっき串焼き食べちゃったから」


「そっか。じゃあ、もう工房通りへ行ってみるかな」


 フランツはそう言うと、市場に向かうのとは別の通りへと歩き始めた。市場も人は多かったけれど、こちらも同じくらい人通りが多い。

 みんな工房へ買い付けにきたり、工房関連の仕事をしている人たちなのかな。わざわざフランツがここでお土産を買いたいというくらいだから工芸品を買い付ける人で賑わっているだろうなと思っていたけれど、想像以上の賑わいだった。


 反対方向からも人や荷物を積んだ荷馬車がやってくるので、うっかりするとフランツから離れてしまいそうで少し不安になる。すると、前を歩いていた彼が振り向いて急に私の手を握ってきた。


「迷子に、なったら大変だから」


 そう、ぼそっと言うフランツ。


「う、うん……」


 そういえば、ロロアの街で迷子になったときも、こうやって手を繋いで歩いてくれていたっけ。あのときはガラの悪い人たちに絡まれたショックが大きくて手のことまであまり気が回らなかったけど、こうやって改めて手を握られると彼の手の大きさと温かさに驚かされる。私はどちらかというと冷え性気味だから、彼の手の平から伝わるぬくもりがとても心地よかった。

 そうやって彼の手に気を取られて歩いていたので、周りの景色はあまり見えていなかった。


「ほら。ここが工房通りだよ」


 そう彼に言われて顔を上げる。

 目の前には、思いがけない光景が広がっていた。


「うわぁ……」


 通りの両側にお店が並んでいるのは、他の通りとさほど変わりは無い。

 でも違ったのは、あちこちの店から色とりどりの淡い光が現れては消えること。それはまるで、小さな花火が爆発したみたい。音はないのに、赤や黄色、緑に青。色とりどりの光が生まれては消えていく幻想的な光景が目の前に広がっていた。


「ここの工房通りは、魔石入りの銀細工で有名なんだ」


「魔石?」


「魔力を帯びた結晶のことだよ。魔力自体は大地のどこからでも沸いていて、とくにそれが濃い地域は魔物も沸きやすくなるんだけど。それが結晶化したものが魔石。元々は青みがかった色をしていて、そこにいろんな効果の魔法を込めることで色が変わるんだ。人気があるのは防御効果がある魔石かな」


 通りに面した窓から店の中を覗いてみると、皮のエプロンをつけた職人さんたちがカマドのようなものに置いた小皿で銀を溶かしたり、足でフイゴのようなものを踏んで円盤上のヤスリを回転させて研磨したりしていた。

 魔石と呼ばれる結晶を研磨したり削ったりすると、あの色とりどりの火花が飛ぶみたい。職人さんが小さなミノのようなものをあててハンマーで石の塊を打つと、そのたびにパッと青い光が建物の外まで広がる。その幻想的な様子に、つい魅入ってしまった。


「魔石は加工が難しくて、熟練した職人しか扱えないんだよ」


「そうなんだ。あ、じゃあ、リーレシアちゃんのお土産も魔石入りの銀細工?」


 尋ねると、フランツはこくんと頷いた。


「そう。やっぱ、そういうのがいいかな。防御効果のあるやつにしようって思ってるんだ。家にいるぶんには警備の人間もたくさんいるから危ない目に合うこともないだろうけど、転んだりするかもしれないだろ?」


 転ぶときのために魔法のアイテムを持たせるってどれだけ過保護なんだろうと思わなくもないけれど、それでフランツの心配が少なくなるならまぁいいか。

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