第54話 念願のアクラシオン!
その日の夕食は、北部イモのムーア葉包みに、ソーセージたっぷりのスープ。それに堅パンだった。
できあがった夕飯をみんなに配り終えると、私はいつものように待っていてくれたフランツの隣に腰掛けた。パンは、堅いから最初からスープに浸しておこう。スープ皿を膝におくと、まずは手に持っているムーア葉包みから食べてみることにする。
葉包みはまだじんわりと熱を持っていてあたたかい。葉っぱをほどいて開くと、中からホカホカに蒸された北部イモが顔を出した。
一口かじりつくと、ホロッと口の中で崩れる。
「うわっ、はっあつっ……!」
うっかり口に頬張りすぎて熱さに慌てていると、フランツがすぐにカップを差し出してくれた。
「ほら、水」
「ふわっ、ふぁりはとう」
「いいから、ゆっくり飲みなって」
ゴクゴク。冷たい水が、かっかと口の中で熱さを放っていたおイモを冷やしてくれる。
「ふわぁっ。口の中、火傷するかと思った」
今度は落ち着いて、フーフーと冷ましてからかじりつく。うん。ほんのりとした甘みが口の中に広がった。これは、まさしくジャガイモのホイル焼き!
しかもじっくりと時間をかけて加熱されているから、とってもほくほく!
つい美味しくて、冷ますのもそこそこにハフハフしながらかじりついてしまう。
隣を見ると、フランツもやっぱり夢中でハフハフと北部イモにかじりついていた。
目が合って、なんとなくお互い笑い合う。美味しい物を食べていると、みんな笑顔になるよね。
夢中で北部イモの葉包みを食べ終わった頃には、堅パンはスープを吸ってすっかり柔らかくなっていた。それをスプーンでほぐして口に入れると、ソーセージの旨味がたっぷり出たスープが染みこんでいてこちらも美味しい。
「そういえば、明日は街に出られるんだよね。次の街はなんて言う名前なの?」
私に聞かれて、フランツはソーセージをモグモグしながら答えてくれる。
「ここから近いのは、アクラシオンだな」
アクラシオン……あれ? どこかで聞いた覚えのある名前だぞ? パンをほぐす手を止めて少し考えていると、唐突に思い出した。
「あ! あの、フランツが妹さんにお土産買いたいって言ってた、あの!?」
私が覚えていたことが嬉しいのか、彼は途端に目尻を下げて笑顔になる。
「そうだよ。よく覚えていたなぁ。カエデに話したのはもう何ヶ月も前なのに」
「覚えてるよー。フランツの目標だもんね。あ……じゃあ、ついに明日買うの!?」
期待を込めた目で見ると、彼は照れくさそうにはにかんだ。
「うん。明日、リーレシアのお土産を買いに行こうと思うんだ。もし時間あったら、選ぶのカエデにも手伝ってもらえないかな。その……女の子が欲しがる物って、あまりよくわからなくてさ」
「もちろん!」
頼まれなくったって、ついて行きたいくらい。
アクラシオンとお土産選び、楽しみだなぁ。
翌日、朝ご飯を食べたらさっそく荷馬車でアクラシオンへと向かった。
最初にクロード率いる調理班の荷馬車で街へ行って、食材の調達が終わったらフランツと合流する予定。
アクラシオンは工芸の街として有名なんだって。
街の規模自体は、一番最初に行ったロロアの街と同じくらいかな。
そうそう。最近は私の提案で、買出しに行くときはみんな私服で行くようになったんだ。そうすれば、騎士団の人だって見た目でわからないから、ぼったくられる可能性が減るでしょ?
クロードは、こざっぱりした白シャツにアイボリーの綿ズボン。テオも生成り色のシャツに少し丈の短いブラウンのズボン。アキちゃんはラベンダー色のワンピースを腰の辺りで細紐でとめている。私は前に行った街で買った古着のブラウスとワインレッドのふわりとしたスカート。
この世界に落とされたばかりのときはサブリナ様から借りた黒いワンピースを着ていたけれど、街に出れるようになってからは古着屋さんで動きやすそうなワンピースを何枚か手に入れたの。
そうして四人で店や露店を眺めながら通りを歩く。色とりどりの野菜や穀物、家畜を売っている店に古着屋さんや、何を売っているのかよくわからない店までたくさんの店が並んでいておもしろい。
それに地域が変わると、並んでいる野菜や穀物の種類も変わってくる。
それは家畜にもいえるみたいで、ロロアの街では食用の鳥は私の世界のニワトリの二倍くらいの大きさだったけれど、ここの鳥はさらに大きくて三倍以上あるの!
あの大きなクチバシと目で、クエッ!て鳴かれたときはびっくりしたけれど、お肉屋さんで頼むとその場で捌いてくれるのはこの街も一緒。既に捌かれた小さなお肉も売ってはいたけれど、騎士団は大所帯で量を買うので、何羽か丸ごとさばいてもらった。鳥さん、ありがとう。おいしくいただきます、と心の中でこっそり感謝。
手に持てるだけ食材を買うと、駐車場に置いてある荷馬車に荷物を置きに戻ることにする。その道すがら、通りがかった屋台から良い匂いが漂ってきた。
見ると、串に刺した肉を七輪のようなもので炙っていた。濃い色のタレがたっぷりついていて、じゅーじゅーと炭に肉汁が落ち、なんともいえず香ばしい匂いが辺りに広がる。
それを嗅いだせいか、ぐーっとお腹が鳴ってしまって私は急いで腹筋に力を込めた。もう。なんですぐ鳴るんだろう、私のお腹。たしかにもう昼も近いけど。
さっき肉を解体するところを見たばかりだってのに、もうお腹すくなんて。初めて見たときは半日は何も喉を通らなかったのに、私も随分この世界に馴染んできたのかもしれないなぁ。なんて、つい足を止めて串焼き肉を眺めていたら、前を歩いていたクロードも足を止めてこちらを振り返る。
「買うのか?」
「あ、いや……そういうわけじゃ」
なんて言っているそばから、もう一度お腹がぐーっとなった。
慌ててお腹に手をあてて腹筋に力を入れる。まったくもう、恥ずかしいったらありゃしない。クロードに聞こえたかなと心配になって見上げると、彼は串焼き屋の親父さんに声をかけた。
「親父。その串を五本くれ」
「あいよ」
クロードはそのまま何も言わずに、親父さんから受け取った串をテオとアキちゃん、それに私に渡してくれて会計を済ませた。
「え、あ……私も払うよ!」
慌てて肩から提げていたお買い物用のポシェットからサイフを取り出そうとする。
私も団のために何かと働いているんだからそれ相応の給金を出すべきだっていう声が団員さんたちからあがって、給料の一部というかたちで少しお小遣いを貰えたんだ。だから串焼き肉くらい自分で買えるのに、クロードに手で制されてしまう。
「別に、これぐらいいい。留守番をしているルークになんか買っていこうと思っていたからちょうどよかっただけだ」
そう抑揚のない声で、にこりともせず言われてしまった。
そ、そっか……。テオとアキちゃんは、ありがとうございます!と言って美味しそうに串を食べている。
じゃあ、私もお言葉に甘えて。
串をかじると、とても熱々。少し歯ごたえのある肉は鶏肉とは違っていて、どちらかというと豚に近いかも。脂身も甘くてとてもジューシーなその肉に、甘辛いタレがよく絡んでいてほどよく小腹を満たしてくれた。
つい夢中でハフハフ食べていたら、こちらを見ていたクロードと目が合う。
その目が一瞬、フッと優しく笑ったような気がした。
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