第51話 遠征が終わったら……

 何か、私に聞かれたくないことだったのかな。

 そうだよね。個人所有のお金の流れをみるっていうことは、その人のお金の使い方というとてもプライベートな部分を覗き見ることでもある。


 小さな子どもならともかく、フランツはもうすっかり大人だ。

 彼にだって、知られたくないお金の使い道だってあるだろう。


「あ、いいよ。そんな洗いざらい話さなくても。お金の流れは充分見えるから」


 私がそう言うと、フランツの表情がどこかホッとしたように緩んだのがわかった。

 やっぱり私に知られたくないことだったのかな。気にはなるけど、それはたぶん会計的な興味ではなくて、彼への個人的な興味だから詮索みたいなことはもうやめよう。


 それ以外のお金の流れは、特に問題もなかった。

 これなら遠征が終わるまでにお金が足りなくなってクロードにお金を借りることもないでしょう。


「うん。大丈夫。ちゃんと記帳されてるし、この分なら遠征終わるまで金欠になることもないと思うよ」


 そう太鼓判を押しながら彼にお小遣い帳を返した。


「ほんと? 良かった」


 ようやく彼の顔にも笑顔が広がる。


「遠征もあと二ヶ月くらいだしね」


 そう言ってしまってから、その言葉がふいに自分の中で重く響く。

 そうか。この生活もあと二ヶ月なんだ。

 そのあとの私の処遇はまだ決まっていない。そのことに不安もあるけれど、それよりもなによりも、この遠征生活が終わってしまうという事実が妙に私の気持ちをざわつかせる。


 フランツたちは仕事として来ているので、王都に戻ってもまた半年すれば遠征に出るのだろう。でも、私はもう次の遠征に同行することはない。最近、そのことをなんだかとても寂しく感じてしまうんだ。楽しかった夏休みが終わるときの、ちょっとしんみりとした気持ちに似ているかも。


「そっか……あと二ヶ月なんだ。この生活」


「そうだね。王都に戻ったら戻ったで、いろいろまたやることはあるけどね」


 彼は私のそんな感傷には気付いた様子もなく、少しうんざりした調子でそう返した。


「王都に戻ったら西方騎士団はどうなるの?」


「うん? えっとね。近衛騎士団の一部になるんだよ。前にも言ったかもしれないけど、王都には四つ騎士団があってそれぞれ東西南北の地域に遠征にいっているんだ。それで、西方騎士団と東方騎士団が遠征している間は、あとの二つは王都で近衛騎士団として王城を守る仕事をしてる。俺たち西方騎士団と東方騎士団が王都に戻ると交代で王都に居た二つの騎士団が遠征に出て、今度は俺たちが近衛騎士団として王都で働く、って感じ」


 ほう。そういうシステムなのね。


「じゃあ、王都に戻ったら今度は王城仕えの仕事が待ってるんだ?」


 コクンと頷くフランツ。


「そうなんだ。まぁ、戻った直後は一週間くらい休み貰えるけどね。それが終わったら、今度は毎日王城に出勤。それはそれで結構憂鬱なんだよな……。遠征が苦手って言う団員もいるけど、俺は遠征好きだからさ」


 そうだよね。フランツは遠征目的で騎士団に入ったんだもんね。遠征中は自由に絵が描けるから。


「終わっちゃうの、少し寂しいね」


 私は自分の中にある寂寥感を少し漏らした。それに、フランツは同意するように小さく笑みを零す。


「そうだな。……そうだ。王都に戻ったら、カエデも王城仕えの文官になるといいよ。そんなにお金の知識があるんだからさ。きっと重宝がられると思うよ?」


「え……」


 考えてすらいなかったことを言われて、私は口をあけたままポカンとしてしまった。

 そっか。そういう道もあるんだ。王城仕えになれば、またフランツとも王城で顔を合せたりもできるのかな。でも王城仕えってどうやればなれるんだろう。なんだかとっても難しそうだけど、もしそうなれたらいいなぁ。


「じゃあ、文字の読み書き、もっと頑張らなきゃね」


 いまもサブリナ様やレインに教わって簡単な読み書きを練習しているけれど、文字をひとつひとつ確認しながらなんとか読めるという程度で、すらすら読めるとは言いがたい。


「そうだね。文官だと文字が読めないと話にならないからね」


「頑張ってみる」


 胸の前で両手の拳を握って決意を新たにしたところで、ふいに背後から「カエデ」と誰かに声をかけられた。

 フランツとともにそちらに目をやると、ゲルハルト団長がこちらに歩いてくるのが見える。


「悪い。ちょっと話したいんだけど。少し時間いいかな」


 そう私に言った後、団長はちらっとフランツに目をやる。どうやら、彼は私と二人だけで話したいことがあるみたい。ちょうどフランツのお小遣い帳のチェックも終わったところだし。私も何となくフランツに視線を向けると、彼は空気を察して。


「じゃあ、俺、戻ってます。カエデ、またあとで夕飯のときにでも」


「うん。わかった」


 フランツは私に笑顔を向けた後、団長に小さく一礼して小走りに自分の部屋のあるムーアの方へと駆けて行った。


「それで、話ってなんですか?」


 フランツの姿が見えなくなってから団長にそう尋ねると、彼は軽く辺りを見回したあと、そばのムーアを指さした。


「こっち、いいかな」


 団長はムーアの方へと歩いて行く。そのあとを少し遅れて着いていった。てっきりどこかの部屋を借りて話すのかと思ったら、彼は木の入り口の前を通り過ぎ、その太い幹をぐるっと回って裏まで行った。

 大きなムーアに遮られて、そのあたりにはまったく人の気配はない。


 ムーアの真裏まできて、団長は足を止めるとこちらに振り返る。

 話ってなんだろう。フランツや、他のみんなに聞かれちゃまずい話なのかな……。

 もしかして、遠征が終わった後の私の身の振り方が決まったの?

 そう考えたら、なんだか心臓がドキドキしてきた。



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