第52話 団長の頼み事

 いつもはにこやかな団長の顔が、いつになく険しい。

 鼻筋から頬にかけて大きな怪我の痕があるその顔は、黙っていると威圧感を覚えてしまいそうになる。

 何を言われるんだろう。ごくりと生唾を飲み込んで、じっと彼の言葉を待った。

 すると突然、団長は私に向かって頭を下げる。それも腰を直角に曲げるほどに深く。


「……え?」


 唖然とする私に団長は言う。


「西方騎士団を救ってくれて、ありがとう。いま、こうやって無事に遠征を続けていられるのはカエデのおかげだ。感謝してもしきれない」


「……え、ちょ、ちょっと待ってください。そんな、今さら……」


 団長が自由都市ヴィラスでのことを言っているのは、すぐにわかった。でもそれはもう何週間も前のこと。なぜそれを今さら?

 戸惑っていると、団長は頭をあげてバツが悪そうに苦笑いを浮べた。


「本当はもっと早くに言おうと思っていたんだが、団の立て直しやら、移動やらいろいろあってなかなか言う時間がなくてな。だから改めて団を代表して感謝を伝えたかったんだ。でも、そう思ってるのは俺だけじゃない。団にいるみんな同じ気持ちだよ」


 そういって、団長は目尻を和らげる。


「あのとき。もしアンデッド化の兆候がでる団員がいたら、俺は殺さなければならなかったんだ。それが誰であっても、たとえ俺自身であってもな。実際、その覚悟はしていたよ。そうせずに済んだのは、カエデのおかげだ」


 あの日のことについて団員さん達からお礼を言われることはあった。あれ以来、キャンプの中を歩いていても親しげに声をかけてくれたり、荷物を持つのを手伝ってくれたりと親切にしてくれる団員さんが急に多くなったのも感じている。

 でも、この西方騎士団のトップである団長から改めてそう言われると、どうしていいのかわからず戸惑ってしまう。


「え、えと……あのときは、自分でできることを何でもやろうと思って。そ、それに、フランツのことが心配で……」


 あああ、なんでここでフランツの名前を出しちゃったんだろう!

 わざわざ団長の前で言わなくてもいいのに。言ってから恥ずかしくて余計あわあわしていると、団長はそんな私の様子がおかしかったのか吹き出すように笑い出す。


「ハハハ。いやぁ、フランツも果報者だな」


「わ、忘れてください、いまの……」


 赤くなっているかもしれない顔を隠すように俯きながらお願いする。


「わかってる。それに、感謝してるのはそれだけじゃないんだ。カエデが調理班に関わるようになってから、料理の質もグッとあがったしな。おかげで食事の時間が楽しみになったよ」


「ありがとう、ございます。でもあれだって、自分が美味しいものを食べたかったからで」


 本当に、それだけなんだ。だって、あのままだったらずっとイモ料理ばかり食べる羽目になってたんだもん。


「そうであっても、それを実際に実行に移すことができる奴はなかなかいないよ。それができるってだけでもすごいことだと俺は思う。これはフランツにも言えることだが、お前達はもう少し自分に自信を持ってもいい。それだけの実力と功績があるんだからさ」


 仕事ぶりをこんな風に上の立場の人から直接褒められたのは初めてのことだった。OLだったころは、ちゃんと仕事をこなすのが当たり前で何かミスをすると責められるという風だったし、それが普通だと思っていたから。

 こんな風に褒められるのが慣れていないからなのか、面映おもはゆくて私は

「ありがとうございます」と頭を下げるしかできなかった。


 すると、それまでニコニコしていた団長が、再びすっと表情を引き締める。


「話したいことはそれだけじゃなくてな。実はカエデの知識と経験を見込んで一つ頼みたいことがあるんだが、いいかな?」


「頼みたいこと、ですか?」


 いままでの話の流れからすると調理班のお手伝いのことかな?なんて思ったけれど、団長の口から出たのは意外な言葉だった。


「この団の金庫番を手伝ってもらえないかと思ってるんだ」


 予想外のことに、ぽかんとしてしまう。しばらく固まってから、驚いて上擦った声で尋ねる。


「え? 金庫番って、ナッシュ副団長がされてるんじゃなかったでしたっけ?」


「ああ、そうだ。でも、その、なんだ。あいつは副団長として他にも色々仕事を抱えてるから、金庫番の仕事の一部分だけでもカエデと分担できたらアイツも助かると思うんだ」


 たしかに、ナッシュ副団長はいつも忙しそうにしている。団長の補佐として色んな雑務もこなしているし、炎魔法の使い手ということもあって魔物退治には必ず参加しているようだし。


 金庫番というのは、つまり経理の仕事だ。ナッシュ副団長は団のお金を一手に管理していた。経理の仕事というのは日々の細かなやりとりも多くて、案外手のかかる仕事だもの。魔物退治で団を離れる時間の長い副団長が一人でやるのはたしかに大変そう。

 その点、私は魔物退治に行くこともないから、彼がいない間の穴を埋めるにはちょうどいい。

 そう思って、快く返事をした。


「わかりました! いいですよ」


 返事を聞いて団長の顔がパッと明るくなる。


「本当か!?  助かるよ! ありがとう!」


 そういうと私の両手をとって、嬉しそうに何度も上下に振った。


 団長は黙っていると強面こわもてだけれど、笑うと途端に人懐っこい表情になる人だ。アラフィフなのに魔物退治ではこの団一番の強さを誇るんだって、フランツも言ってたっけ。そのうえ、団の代表として忙しいはずなのに、騎士団のすみっこでお手伝いしてるだけの私のこともちゃんと見てくれる。きっと団員一人一人を日頃からよく見ているのだろう。そんな人が団員さんたちから慕われないわけがなく、みんな彼のことを一目も二目も置いている空気は常々感じていた。


 もっとも、仕事がオフの時に二日酔いで救護班の簡易ベッドに倒れ込んでるのも何度か見かけたことがあるけどね。団員さんたちに、何で弱いのに飲むんですかって窘められて肩を狭めてしゅんとしてたっけ。そういう優秀な団長としての側面と、どこか憎めない親しみやすさのある側面。その二面性もまた、この人がみんなから慕われる理由なのかもしれない。


「じゃあ、ナッシュには俺の方から話しておくから。手が空いたら手伝ってやってくれよ」


 手を離すと、団長は大焚き火の方へと戻っていった。


 ナッシュ副団長のお手伝いかぁ。そういえば、ヴィラスで評議会の人たちに自己紹介したとき、副団長は私のことを金庫番補佐だって紹介してくれてたっけ。あのときは便宜上そうしただけだったけど、それが現実になってきちゃった。

 ナッシュ副団長がどうやって団のお金を管理してるのかも前から興味あったし、経理なら自分の知識や経験が活かせそうで、少しワクワクもしていた。

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