第50話 お小遣い帳の使途不明金
「ご、ごめんなさいっ」
ぶつかった時の感触で、それが物ではなく人だということはすぐにわかった。
まだ体勢も立て直せていないのに慌てて謝ると、相手からもすぐに声がかえってくる。
「いや、そっちこそ大丈夫?」
よく見ると、背の高い身体に金色の髪。困惑したような緑の瞳がすぐ間近でこちらを見下ろしていた。
「フランツ……?」
ぶつかった相手はフランツだったんだ。彼の顔がすぐ近くにあって、その緑の瞳をついジッと見入ってしまいそうになり、ハッと我に返る。
バランスを崩したまま、彼の胸にもたれたままだ!
「きゃ、きゃあっ。ご、ごめんなさいっ」
慌てて離れると、
「別にいいけど。何してたの? ずっと上見てたみたいだったけど」
彼は気にしていない様子で笑顔で聞いてきた。
「うん。えっと、あのね。これを拾ってたの。テオたちが料理に使うんだって」
胸に抱くようにして持っていた葉っぱの束を彼に見せる。
「ああ、なるほど。俺も昔、何度かクロードに手伝わされたことがあるよ」
そっか。クロードは従騎士のときは調理班だったって言ってたものね。今より若いフランツとクロードが一生懸命葉っぱを拾ってた姿を想像すると、つい笑みが漏れてしまう。
「なんだか可愛いね」
「まぁ、今よりはね」
「そういえば、フランツの部屋はどこになったの?」
騎士さんたちが使っているムーアがどの木なのかはわかるけれど、そのどこにフランツの部屋があるのかまでは知らないから、ちょうどいいので尋ねてみた。
「ああ、えっとね。あの木の十五階」
フランツは救護班の使っているムーアの向かいにある木の一番上辺りを指さした。
「えええっ!? 十五階!? そんなところまで部屋があるの」
「そうなんだ。たぶん、そこまで中が掘られているのはあの木だけだと思う」
「十五階って……上り下りするの大変じゃない?」
率直な疑問が浮かんでそう口にすると、彼はげんなりした顔になった。
「大変だよ。下りるのはいいけど、上るのはほんとうんざりする。団長とかは、これもトレーニングだとか言ってさくさく上ってくけど。どうなってんだ、あのおっさんの体力」
「そっか……それは大変だね……」
あの上りにくい階段をそんな高さまで上るなんて、考えただけで足が痛くなってきそう。
「クロードも同じ部屋なの?」
なんとなく、どちらかというと運動とかあまり得意じゃなさそうなクロードがそんな上り下りをしているなんて気の毒になっていたら、フランツはゆるゆると首を横に振った。
「あいつなら、とっとと班長に交渉して自分だけ下の方の階にしてもらってた。ちゃっかりしてるよなぁ。まぁ、俺たちみたいな前衛は元々体力ある奴多いから怪我でもしない限り下の階なんてあてがってもらえないんだけどさ」
なんて言って彼ははぁっと嘆息する。そこでふと思い出したように彼は手に持っていた紙を差し出してきた。
「ああ、そうだ。そんな話をしにきたんじゃなかった。ちょっと見てもらおうと思ってこれを持ってきたんだ」
「なぁに?」
手元を覗きこむと、彼が持っていた紙の束は私が以前使い方を教えたお小遣い帳だった。あれからちょくちょくチェックさせてもらってはいたけれど、フランツは漏れなくちゃんと記帳している。すでに一番下の欄まで埋まっていて、そこから先の続きは二枚目の紙に移っていた。
「これをまた見てもらおうと思ったんだ。ちゃんと書けてるのか心配でさ」
「ええ。いいわよ。でも、ちょっとまってね。葉っぱ集め終わったら……」
そう。いまはテオたちのお手伝い中なんだもの。この葉っぱを集め終わらないと晩ご飯の準備に取りかかれないからと思っていたら、たくさんの葉っぱを胸に抱いたテオとアキちゃんが私たちのそばにやってきた。
「葉っぱでしたら、もうこれだけあれば今日のところは大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ」
私はまだ五、六枚しか拾えていないのに、二人とももう何十枚もの葉っぱを抱えている。
「そちらも受け取ります」
アキちゃんが葉っぱの束を抱えたまま器用に片手を差し出してくれたので、その手に私が拾った葉っぱを渡した。
「料理、がんばってね」
そう声をかけると、
「「はいっ」」
笑顔とともにはつらつとした声が返ってくる。二人とも相変わらず可愛らしい。そして二人でうなずき合うと、カマドの方へと戻っていった。
その背中を見送ってから、改めてフランツのお小遣い帳を見てみる。
王都に戻るまで、遠征はあと残り二ヶ月ほど。半年の遠征の三分の二が終わったことになる。
遠征中にお金を使うのは基本的に街に出てからだから、出費は同じ日に固まっていることが多いけれど、フランツのお小遣い帳を見るとたまにそれ以外でもちょこっとだけ増えたり減ったりしていることがある。
『お金が増減した理由』の欄には『賭け』とあった。
団員さんたちが暇な時はトランプのようなカードで遊んでいるのはよく見かけるんだけど、そういうときにお金を賭けたりもするんだね。
それ以外の出費は、街に行ったときの飲み食い代や、画材代、それに足らなくなった日用品を買い足したりしている程度。
うん。ずいぶん節制して使っているみたい。
フランツは先生に宿題の丸付けしてもらっている生徒のように、神妙な面持ちで黙ってこちらの手元を見ている。
そうやって項目をざっと指で押えながら眺めていると、一つ気になるものを見つけた。
「あれ? これも買ったの?」
『お金が増減した理由』のところに『お土産』と書いてあって、『減った金額』のところに銀貨5枚とあった。これは妹さんのリーレシアちゃんへのお土産代に匹敵する金額。でも、彼女へのお土産代は既にもう記帳してその分をとってあるので、この段階で書く必要はないはずなのだ。
ここで再度高額のお土産代を取り分けたから、後々かなり節約することになったことがお小遣い帳から見えてくる。
詳しいことを聞きたくてその項目を指で押えたままフランツの顔を見上げると、彼は何だか言いたくなさそうに、
「う、うん。それは、ちょっと……」
と目を逸らしてしまった。
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