第49話 まるで塔かタワマン!?

 荷馬車がキャンプ地に近づくにつれ、私は目の前に広がる景色に見入ってしまった。


「ふわぁ……」


 思わず漏れる、驚きの声。

 目の前には数本のムーアの木々がそびえている。その幹に何か描いてあるとおもったソレは、近づくとすべて窓だということがわかった。

 太い幹の中がくり抜かれていて、その中に階段や部屋が掘られているんだ!

 その情景はまるで、塔かタワーマンションが大きな木に飲み込まれているみたいにも見える。


 団員さんたちはこの景色にも慣れているのか、荷下ろしが済むとムーアの幹の中へとせっせと荷物を運び込みはじめた。木にあけられた窓からは団員さんたちの様子がよく見える。


「ここではテントは張らずに、あの木の中を使わせてもらうのよ」


 サブリナ様の言葉のとおり、馬車は一本のムーアの前に横付けされる。すぐにレインが御者席から降りると荷下ろしを始めたので、私とサブリナ様もそれを手伝った。


「ここの木の中のお部屋って、誰が掘ったんですか? もしかして、昔の団員さんたち?」


 馬車の荷台から荷物を降ろしながら素朴な疑問を口にすると、


「かつてここに住んでいた先住民の人たちがあの木をくり抜いて住居に使っていたといわれているわね。私たちは、その住居跡を使わせてもらっているだけなの」


 木をくり抜かれて作られた住居跡はこのあたりに集中して立っているようで、ここから見えているだけでも全部で五カ所あった。きっとこのあたりが、かつての集落跡なんだろう。


 どの班がどの木を使うのかはあらかじめ決まっているようで、サブリナ様とレインは降ろした荷物を近くのムーアの中へと運んでいく。

 私もポーションの入った木箱を抱えると、彼らのあとについていった。

 ムーアの住居の入り口にはドアのようなものはなく、ぽかっとただ入り口が開けられているだけ。そして中に入ると、


「わ、案外広い……」


 ちょっとしたリビングくらいの広さがある。その脇に木をそのままくり抜いただけの階段があって、サブリナ様たちがそこを上っていくのでついていった。


「ここの一階と二階を救護班が使うんだよ。あとで一階に簡易ベッドを設置しよう。この上の階は、小さな部屋がいくつかあるから寝起きするのは、そちらでね」


 二階のすみっこにレインが荷物を置いたので、私もその近くに木箱を置く。


「ここって何階まであるんですか?」


「えっと、ここのムーアは八階かな。三階まで私たちがつかって、それより上は従騎士さんたちの部屋にしてるんだよ」


 うわぁ、八階か! そこまで登るのは大変そうだなぁ。

 もちろんエレベーターなんて便利なものもない。木をくりぬいただけのゴツゴツした階段をそんな高さまで登るのは足腰が疲れそう。


「ちょっとこの上も見てきていいですか?」


「ああ、いいよ。いっておいで」


 レインににこやかに見送られて、私は上への階段を上ってみた。

 三階は彼が言ったとおり、一、二階とは違って仕切られた小さな部屋がいくつもある。といってもやっぱりドアはないので、あとで適当な布をドアがわりにかけておいた方がいいかも。小部屋を繋ぐ廊下側の一面は何カ所か窓のようにくり抜かれていて外の景色が見えている。窓ガラスなんてものは嵌められてはいないので冬は寒そうだけど、いまは温かい季節だから森の中を駆け巡るひんやりした風が時折入り込んできて気持ちが良い。


 窓に手をついて下をのぞくと、団員さんたちがせっせと荷運びをしているのが見えた。住居跡ムーアが囲む広場のようなスペースには井戸もあるようで、そのそばでお馬さんたちが水をもらってくつろいでいるのも見下ろせる。

 騎士の人たちが使っているのは向かいに立つムーアみたい。


 こうやって眺めていると、まるで木の外観をした高層ビル群にいるみたいで不思議な気持ちになってくる。就職活動していたころはピカピカの高層オフィスで働くのが夢だったけど、まさか別の世界に来てこんなところで暮らすことになるなんてなぁ。


「なんて感傷にふけってる場合じゃないぞ。簡易ベッド、はやく組み立てなきゃ」


 そうだった、そうだった。みんな作業中なのに、なんで一人でぼけっとしてたんだろう。テントを組み立てる必要がないとはいえ、やることはたくさんある。こんなところでサボってるわけにはいかない。


 私は木の階段をトントンとテンポ良く下へと降りていった。途中でうっかり足を踏み外しそうになったけど、なんとか持ち直して尻餅つかずに済んだのでセーフ。ちょっと、ヒヤッとした。今度からは気をつけよう。


 荷馬車からの荷物の運び込みが終わると、レインと手分けをして簡易ベッドを組み立てた。彼ほど手際よくはできないけれど、私ももう一人で組み立てられるようになったよ。

 テントを立てる必要がない分、設営準備はいつもよりもずっと早く終わってしまった。


 救護班のムーアの外に出てみると、真ん中の広間で大焚き火が焚かれている。その傍では、これもたぶんすっかり恒例なんだろうけど、クロードが従騎士さんたちと一緒に拾ってきた石でカマドを組み立てていた。それももうできあがりそう。


 さて、何か手伝うことはないかなと辺りを見回してみると、テオとアキちゃんが何かを拾っている。なんだろうと様子をうかがうと、どうやら地面に落ちている葉っぱを拾っているみたい。

 森の中にはひっきりなしに頭上高くから大きな葉っぱが落ちてきていて、落ちたばかりのものを選んで拾っているみたい。


「それ、どうするの?」


 そばへ行って尋ねてみると、アキちゃんは作業の手を止めて今拾ったばかりの葉っぱを一枚渡してくれた。

 葉っぱは、私が両腕を丸めて輪っかにしたくらいの大きさがある、とっても大きなもの。木が大きいから、葉っぱも大きいのね。


「これ、料理に使うらしいんです」


 遠征一年目のアキちゃんはまだ具体的にどういう料理につかうのかわからないようで、彼女の言葉をテオが繋ぐ。


「このあたりの伝統料理らしいんですが、その葉っぱにイモを包んで焚き火の下に入れておくと、ちょうどよく蒸かしたみたいになるんです」


 へぇ。包み焼きかぁ。それは美味しそう。

 彼らが持っている葉っぱも今日の晩ご飯に使うんだろうな。これは楽しみ。


「私も手伝うよ。上から落ちてくる葉っぱを採ればいいのね」


「はい。ただ、なるべく綺麗な葉っぱがいいので、落ちてきたばかりのものを拾っています。本当は」


 テオは今、上からひらひらと落ちてきたばかりの葉っぱを地面に落ちる前に器用にキャッチした。


「こうやって、地面に落ちる前に採れるのが一番いいんですけどね」


 この森の地面はひっきりなしに落ちてくる葉っぱが積もって、ふかふかしている。高い森の木の上は天幕のように緑の葉っぱが覆っているので、森の中はどちらかというとしっとりじんわり。朝露なのか最近雨がふって濡れたままなのか、地面の葉っぱはどこか濡れた感じがしていた。だから地面に落ちちゃうとちょっと汚れてしまう。

 洗いはするんだろうけど、料理につかうならなるべく綺麗なままがいいよね。


「私もやってみるね」


 早速いままさに落ちてきている葉っぱを見つけると、すぐにその下に行ってキャッチ! ……しようとするのだけど、これが案外うまくいかない。


 葉っぱが大きいためか、それとも少し楕円の形をしているからなのか。ひらりひらりと舞いながら落ちてくるので、ここに落ちてくるかな?という場所に予め立っていても実際の落下地点は少しずれたりするの。


 落ちてくる葉っぱに手をのばしても、するっと軌道を変えられて地面に落ちてしまう。ううん。思ったより難しいぞ、これ。

 それでも何枚かチャレンジしているうちに、落ちてくる葉っぱに手が触れて取れそうになってくる。


 よし、今度こそ空中でキャッチしてみせるんだから。

 また落ちてくる葉っぱを見つけると、上を見ながらそちらに近寄っていった。

 途中でひらりと落ちてくる軌道を変えたので、慌ててそちらに足を早めたら。


「きゃ、きゃっ!」


 全身で何かに勢いよくぶつかってしまった。


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