第93話 お迎え

 城壁の内側にも、私たちを待っている人たちがいた。

 彼らは団長の終了宣言を拍手で迎えたあと、待ちきれない様子でワッと私たちの方に駆け寄ってくる。あちこちで歓声があがり、抱き合ったり無事を喜びあったりしている。彼らは、城内まで出迎えに来てくれた団員さんたちの家族や関係者だったんだ。


 ゲルハルト団長は五人の女性に囲まれていた。その一人を団長はぎゅっと抱きしめる。あれはたぶん奥さんで、周りにいるのは娘さんたちみたい。

 アキちゃんはご両親らしい二人とにこやかに話しているし、テオはお兄さんなのかな? よく似た年上の青年にねぎらわれていた。


 クロードは、身分の高そうな白髪の紳士と穏やかに話している。もしかすると、あれはクロードの才能を見込んで後見人になってくれたっていう領主の関係者なのかも。

 レインも、十歳くらいの男の子と奥さんに囲まれて嬉しそう。あのお二人のことは、レインがいつも肖像画をペンダントのロケットに入れて眺めていたから見覚えがある。


 サブリナ様のところには、彼女とよく似ている穏やかな目元をした息子さん二人と娘さんが出迎えに来ていた。サブリナ様が彼らに私を紹介すると、


「手紙で母からは聞いているよ。しばらくうちの別邸に暮らすんだろう? よろしくね」


 と挨拶してくれたので、私は驚いてサブリナ様を見る。


「行く先が決まるまで、王都にあるうちの別邸を使うといいと思っているの。私も王都にいる間はそこにいるのよ。もちろん、アナタが気に入るならずっといてくれても構いませんけれどね」


 そう彼女は微笑んだ。

 このあと私はどこへ行けばいいのか、一人暮らしするにしても知らないことだらけで不安だったから、サブリナ様の申し出は素直にありがたかった。


 お互いに自己紹介を済ませたあと、サブリナ様はお子さんたちと積もる話もあるだろうから私は少し下がって邪魔にならないようにしていた。

 そういえばフランツはどこにいるんだろう? やっぱりおウチの人が迎えに来ているのかな。フランツのおウチの人ってどんな人たちなんだろう。


 そんなことを考えていたら、「カエデ」と名前を呼ばれる。声の方に視線を向けると、フランツがこちらに手を振っているのが見えた。振り返すと、彼はすぐに人の間を縫って私の元までやってくる。


「カエデ、お疲れ様」

「フランツも、お疲れ様」


 そういって二人で笑いあう。そして、ふと彼のお迎えの人たちはどうしたのかと気になった。見たところ誰か他の人を連れている様子はない。たしかご家族は王都に住んでいると聞いた覚えがあったのだけど。


「お迎えの方は……?」


 そう尋ねると、彼はどこかバツが悪そうに笑った。


「誰もこないよ。いつも」


 そ、そうなんだ。そういえば、複雑なご家庭なんだっけ……。

 そのとき、フランツの顔からにこやかな表情がスッと消えた。そしてあまり見たことないような険しい目つきで広場の一角を見つめる。


 え? どうしたの? と思って彼の視線の先を目で追うと、城の渡り廊下に一人の男性が立っているのが見えた。上品なジャケットに身を包んだ金髪の紳士。年のころは五十過ぎといったところだろうか。でもほかの出迎えの人たちとは全く違う、人を寄せ付けない厳格そうな雰囲気を漂わせている。彼はこちらを見ていたようだったけれど、フランツがそちらに視線を向けたためか、すっと視線を逸らした。そして、お付きの人たちを引き連れて、渡り廊下の向こうへと消えてしまった。


 誰だったんだろう、と少し考えてすぐに思い当たる。


「え、もしかしていまの、お父さん? お迎えに来てたの?」


 それにしては、フランツと目を合わせたとたん、どこかへ行っちゃったけど。


「生存確認しに来ただけだろ」


 いつになくぞんざいな口調で、フランツはそう言い捨てる。

 いまのわずかなやりとりだけでも、親子の確執はありありと伝わってきた。


「それで。カエデは、このあとどうするの?」


 早く忘れたかったのかフランツがすぐに話題を変えてきたので、私もそれに合わせる。


「うんとね。サブリナ様の別邸に置いてくださるって。しばらくそこにいるつもり」


「そっか。なら、手紙を書くよ。今度リーレシアんとこにお土産渡しに行こうと思ってるから、カエデも一緒に来ない?」


 おお! フランツの可愛い妹のリーレシアちゃん! それは是非お会いしてみたい!


「でも、私が行ってお邪魔じゃないの?」


 お誘いは嬉しいけど、久しぶりの兄妹の再会を邪魔するのはなんだか忍びない。だけど、フランツは、


「そんなことないって。リーレシアもカエデに会えたら喜ぶと思うんだ」


「そう? じゃあ、ぜひ私も同行させてもらおうかな」


「よしっ、決まりな!」


 なんてことを話していると、私たちのそばに一人の男性が近づいてきた。

 ナッシュ副団長だ。


「カエデ。今回は、本当に世話になった。ありがとう」


「いえ……私も、何かお役に立てていたのなら嬉しいです」


 そう返すと、彼は少し笑った。


「役に立てたら、なんて。謙遜しなくていいんだよ。もしキミと出会っていなかったら、西方騎士団はこうやって全員無事にここに帰ってこれたかどうかすらわからない。それくらい、今回の遠征は稀にみる苦難続きだった。それに……私もどれだけキミに世話になったかわからない」


 そして私に頭を下げたあと、


「もし、何か困ったことがあったら言ってくれ。私にできることならなんでも力になりたい」


 そう言い残すと彼は去って行った。

 彼への罰がどんなものになるのかはこのときはまだ分からなかったけど、去って行くその背中はどこか寂しそうにも見えた。




 その後の騎士団本部による審判で、ナッシュ副団長は騎士団財産横領の罪により私財の没収を言い渡されることになる。けれど、彼自身はほとんど財産をもっていなかったため、今後も返済金を払い続けることになった。さらに彼は西方騎士団の副団長と金庫番の職からは解任されたものの、炎の魔法の使い手は戦力として貴重であるとの意見が多数出て、結局は平騎士に降格したうえで騎士団に残ることになった。

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