第47話 気持ちは花言葉に隠して

「ちょっと、フランツのところに行ってきます!」


 そう断ると、私は救護テントを飛び出した。後ろからサブリナ様が、「ゆっくりしてきなさいな」と声をかけてくださったけど、どういう意味ですか!?


 とりあえず、大慌てでフランツのテントのところへ行ったけれど、彼の姿はそこにはなかった。どこへ行ったんだろう。キョロキョロ探していたら、飲み物片手に他の騎士さんと話していたクロードが、フランツならラーゴの世話をしに行ったぞと教えてくれた。


 彼に礼を言うと、馬たちが放牧されているキャンプの外れへ向かう。

 すると、向こうから金色の髪の青年が歩いてくるのが見えた。すぐにそれがフランツだとわかって、彼の元へと急ぐ。


「どうしたんだ?  そんなに急いで」


 急に駆け寄ってきた私に驚いて、彼が立ち止まる。彼の前まで来ると、深呼吸して息を整えた。


「あのね、フランツ!  さっきのポプリなんだけど!」


 勢いに任せて言うと、フランツは「ああ」という顔をした。そして、ズボンのポケットからポプリの小袋を出すと、こちらに差し出してくる。


「やっぱ、俺がもらっちゃいけないやつだったんだろ?」


 そんなことを言う彼に、私はブンブンと首を横に振りながらポプリを渡してくる彼の手を押し止めた。


「そうじゃないの。それはあなたにあげたモノだから。でも、あの、私その、硝子草の花言葉とか知らなくて。さっき、サブリナ様に教えてもらったの」


 その言葉に、フランツは小さく笑った。


「そうだろうな、とは思ってた。……もしかして、それを伝えるためだけに走ってきたの?」


「だって、もしフランツが誤解したらって……」


 誤解じゃない。誤解じゃないんだけど、それを伝える勇気はなくて。だから、誤解っていうことにしたかった。私のちっちゃな失敗だと笑って忘れて欲しかった。

 だけど彼ははにかむように笑うと、手の中のポプリを眺める。その目はとても優しくて、私の心臓は一瞬ドキリと大きく打った。そのうえ、


「もし、そうだったらいいなって思ったけど」


 小声でよく聞き取れなかったけれど、いま彼はそう言ったような気がした。


「……え?」


 聞き返そうとしたのに、彼はポプリの小袋を大事そうにズボンのポケットにしまうと、


「ちょっと、ここで待ってて」


 そうひと言告げたあと、キャンプの方へと走って行ってしまう。


「え? あ、ちょっ……」


 戸惑う私を置いて走っていくフランツ。しばらくしてこちらへと戻ってきた彼は、右手に丸めた紙のようなものを持っていた。

 彼は私の前までくると、すっとその手に持っていたものを渡してくる。


「これ、お礼に」


 ちょっと照れくさそうにするフランツ。

 何だろう。

 その紙を受け取って結んであった紐を解くと、紙を広げる。


「…………!」


 それは、一枚の絵だった。

 一人の女性の絵。柔らかなタッチで優しげに微笑む黒髪の女性が描かれている。薄桃色の花畑の中に座って、花を摘む女性の姿。

 その花が何の花かはすぐにわかった。硝子草のあの花畑だ。そしてそこに描かれている女性が誰なのかも。


「……これ……!!」


 そう口にするのが精一杯。驚いて彼に目で尋ねると、彼は大きく頷く。


「勝手に描いてごめん。君を描いたんだ。いつか渡そうと思ってたんだけど、よく考えたら硝子草の花畑だろ? コレ渡したら誤解されるんじゃないかって、迷ってたんだ。でも、あのポプリのお礼なら、いいかなって……いらなかったら裏紙に使ってくれていいから」


 そんなことをフランツは自信なさそうに言う。

 なんで私がこんな素敵な絵を帳簿の裏紙に使うと思うかな。私はフランツの絵の一番のファンなんだよ?

 でも、私、こんなに美人で優しそうだったっけ。何割増しか綺麗になっている気もするけれど、肖像画なんて貰うの初めてだったから、ちょっと照れくさくて心の奥がくすぐったい。


「ありがとう、フランツ。私、大事にするね」


 絵を胸に抱くと自然と笑みが零れた。それを見て、フランツもようやくホッとした顔になる。


「俺も、大事にするよ。ポプリ」


 硝子草のポプリに、硝子草のたくさん描かれた肖像画。

 花言葉がちらつくけれど、


「お互い同じ花のものを贈ろうとしていたなんて、面白いよね。サブリナさんもおっしゃっていたけど、友達同士で友情の証に贈り合うこともあるんでしょ?」


「ああ。そういうのも聞くよな」


「じゃあ、コレは私たちの友情の証ね」


 そう笑うと、フランツもこちらを見て優しそうに目を細めた。


「そうだな」


 ちょっと無理矢理感あるけれど、友情の証ということにしてしまおう。

 だって、彼のことを一番の友人だと思っているのは確かだもの。

 彼への本当の気持ちは、こっそりポプリの袋の中に隠して。

 今は、その友情を何より大切にしたいんだ。


「おっと。そろそろ戻らないと昼飯食い損なうぞ」


 そうフランツに言われて、私もようやく思い出す。そうだ、早く戻らないと食べ尽くされちゃう。みんな、食いしん坊だから、ドンドンお替わりしてなくなっちゃうんだよね。


「大変、早く戻らなきゃ」


 スカートをあげて走り出すけれど、膝上あたりまで伸びた下草が足に絡まって上手く走れない。

 それを見かねたのか、


「抱きかかえて運んであげようか?」


 なんてフランツが言いだしたので、


「それは遠慮します!」


 はじめてあの森でフランツと出会ったときのことを思い出して、慌ててお断りする。

 すると、彼は笑って


「じゃあ、こっち」


 と言って私の手をとった。


「ほら。行こう」

「うんっ、きゃっ、フランツ待って」


 彼に手を引かれて一緒に走りだす。

 走っているうちに、つい二人とも笑い声が零れてしまった。

 もうすっかり大人のはずの二人なのに、昼ご飯のために全力疾走なんてなんだかおかしくて。でも、これを食べ逃すと夕ご飯まで何も食べるものがないから、案外重大な問題なんだもん。仕方ないよね。


 それから、これは彼には秘密だけど。

 彼に引かれた手のぬくもりを感じながら、これからもずっとこうやって彼と一緒に過ごせたらいいなって、そんなことを思ったりもした。


 そして、急いで戻ったのに残念ながら昼ご飯のメインの鍋はすっかり空になっていた。見かねたテオが残ったパンを渡してくれたけどとっても堅くて、フランツと二人で頑張って囓るしかなかった。私、ここに来てから随分、歯が丈夫になったと思うよ!


【第一部 完】


※第一部終了までに王都に帰り着く予定でしたが、予想以上にエピソードを盛り込みすぎてしまってたどりつけませんでした! 

 第二部は週一更新となりますが、カエデたちの旅路はこれからも続きますので、引き続き応援していただけると嬉しいです!


※また、本作は第5回カクヨムweb小説コンテスト用に書き下ろしたものでしたが、幸運にも他サイトに掲載していたものを出版社様に拾っていただき、書籍化することが決定しました。レーベルや発売日等が発表できる時期になりましたら、近況ノートやtwitterにてご連絡いたします。

 書籍になった彼らもよろしくお願いいたします!

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