第46話 硝子草の花言葉
騎士さんたちは午前中の調査を終えて帰ってきたところだったので、テントの周辺も賑やかになっていた。
その中にフランツの姿を見つけると、駆け寄る。
「フランツ!」
「あ、カエデ。どうしたの?」
胸当てをはずして、濡らした布で顔を拭いていたフランツがこちらを振り返る。
私は彼の胸に、ポプリの小袋を差し出した。
「これ。前に作りかけてたものは駄目になっちゃったから、アキちゃんともう一回作り直したんだ。硝子草のポプリ。上手く出来たから、フランツもひとつどうぞ」
「え……?」
彼はそれを見てなぜか酷く驚いた顔をする。そして、急にどきまぎしだした。緑の瞳を泳がせて、心なしか顔が赤い気もする。どうしたんだろう?
「あ、ありがとう……」
それだけ唸るように呟くと、フランツはそのポプリの小袋を受け取ってくれた。
「フランツ、体調悪いの?」
このところ急に暑くなったから、もしかして体調崩したのかな?と心配になって顔を覗きこむと、
「な……なんでもないよ」
そう彼はぶっきらぼうにいって顔を逸らした。
「体調悪いんなら、午後の調査は休んだ方がいいんじゃない?」
心配でそんなことを口にすると、彼はなんでもないと言う。なんとなく腑に落ちないものを感じながらも、
「じゃあ、また。昼ご飯のときにね」
「ああ」
そう言葉を交わして、私は救護テントに戻った。
フランツ。本当に、どうしたんだろう? 朝に会ったときは、あんなに元気そうだったのに。
救護テントに戻ると私物入れの中からポプリの小袋を二つ取り出して、文机で書き物をしていらしたサブリナ様のところへ持っていく。
サブリナ様は、あの襲撃のあとの過労がたたってしまったようで、数日簡易ベッドで伏せてらした。それでもここ最近はだいぶ回復されたようで、もう横になっていなくても大丈夫みたい。でも、まだあまり無理はしてほしくなかった。
「サブリナさん。ランタンに火をもらってきましょうか」
私がそう言うと、彼女は鼻にのせていた丸眼鏡をあげて微笑む。
「ちょっと救護日誌をつけていただけよ。もう終わるから、大丈夫。ありがとう。あら。その手にあるのは、ポプリ? ついに出来たのね」
「はいっ。教えてもらったとおりにしたら、とってもいい香りにできあがりました。サブリナさんも、どうぞ」
一つ彼女に手渡すと、あらあらと嬉しそうに受け取ってくださった。そして鼻に小袋を近づけると香りを吸い込む。
「ほんとう。とても良い香りね。ありがとう。あなたはポプリを作るのがとっても上手だわ」
えへへ。褒められちゃった。
「サブリナさんに教えてもらったとおりにしただけです」
「あら。教えたとおりにできるのも才能よ。私なんて、夜に取り込むのを忘れて、朝露で駄目にしてしまったことが何度もあるもの」
そんなことを言って二人で笑い合っていたら、救護テントの入り口の布が開いてレインが入ってきた。手に持ったカゴには薬草がいっぱい。
「昨日雨が降ったせいかな。青々とたくさん茂ってて、こんなに採れましたよ」
そう言いながらテーブルの上にカゴを置いたレインにも、ポプリの小袋を差し出した。
「私がつくったんです。案外上手くできたから、お一つどうぞ」
すると、レインは受け取ってはくれたものの微妙な微笑で返してくる。
あれ? ポプリとか好きじゃなかったかな。そっか、男の人はあまりこういうもの使わないよねと思っていたところ、レインが躊躇いがちに言う。
「カエデ。あのね。たぶん、そういうつもりは全然ないんだとは思うんだけど。異性にあげるのは、気をつけた方がいいよ?」
「気をつける……?」
「いままで、他にも誰かにあげた?」
あげたのは、まだ二人だけ。
「サブリナ様と、フランツだけだけど……」
「そっか。じゃあ、まぁいいのか」
レインは、なぜかホッと安堵のため息みたいなものをついている。
「あと、テオにもあげようかと思ってたけど……」
「それは、やめた方が良い。刺激が強すぎる」
と、きっぱり言われてしまった。
ん? どういうこと?
意味が分からないでいたら、サブリナ様も立ちあがってそばにやってくる。
「ごめんなさいね。そんなに色んな人に配っているだなんて思わなくて。ちゃんと教えていなかった私が悪かったわ」
そう申し訳なさそうにおっしゃるサブリナ様。訳が分からず二人の顔を見比べていると、彼女が教えてくれた。
「草花には花言葉というものがあるの。その花言葉の意味によって使い分けたりするのよ。硝子草の花の花言葉は『あなたを心から信頼して愛する』なの。だから、異性に愛の告白をするときに相手に渡したりするの。同性同士だと、友情の
なんと! あれですね。バレンタインデーのチョコみたいなもの。好きな異性に渡したら本命チョコで、親しい同姓に渡すと友チョコみたいなものなんだろうな。
そこで、はたと気付く。
……私、フランツに渡しちゃったよ!?
それでようやく、渡したときの彼の反応の意味が理解できた。
顔の血の気が引いたと思ったら、今度は一気に熱くなる。自分の行動が急に恥ずかしくなって、意味もなく手をバタバタさせた。
どうしよう。どうしよう。あれ、絶対誤解してるよ、フランツ。
ううん、誤解じゃないんだけど。でも、そんなつもりで渡したんじゃなかったのに。
ああああああ、どうしよう!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます