第45話 ポプリ再チャレンジ!
西方騎士団のキャンプ地は元あった場所からさらに場所を移した。そこでテントや大焚き火、カマドなんかを設営して、ようやくいままでと変わらない平穏な遠征生活が戻ってきた気がする。
幸い、死者もアンデッドの発症者も一人もなくて、怪我をした団員さんたちもヒーラーさんたちの力とポーションのおかげで、襲撃前と変わらないくらいまで回復していた。
そして、その翌日にはもう、騎士さんたちはアンデッド・ドラゴンの被害を調べるために周囲の探索にでかけていったんだ。
本当に精神的にも、体力的にもタフな人たちばかりだななんて初めはびっくりしたけれど、たぶんそうじゃないんだよね。みんな、無理しているんだと思う。
でも、もし他にもアンデッド化した魔物がいたとしたら、人や家畜を襲いかねないから、いまは無理してでも調査に出なきゃならないんだろう。
テオも、死にかけていたのが嘘みたいにすっかり元気になって、もう調理班で忙しく働いている。その姿をみると、本当に良かったなとついじんわりしてしまう。
ただ、もう一つ気にかかることがあった。
それは、アキちゃんのこと。
彼女はアンデッド・ドラゴンの襲撃のときに私たちを守ってくれたし、そのあとも騎士さんたちに混じって討伐に参加していたようだった。そのときドラゴンのブレスを避けきれずに腕に火傷をしてしまっていたけれど、その傷もサブリナ様に治してもらっていまはもう跡も残っていない。
でも、あの日からアキちゃんはあまり喋らなくなっていた。ずっと俯き加減で、暗い顔をしているの。彼女はこれが初めての遠征だって言っていたから、たぶんあんな魔物に出会うのは初めてのことで、強いショックを受けたのかもしれない。
私も、あのときの恐怖がふと蘇ることがある。もしあのまま、お金を集めることができなかったら今頃どうなっていたんだろう、って考えると怖くて仕方がない。
身体の傷はなおっても、心の傷まではそう簡単には治るものじゃないもの。
じっとしていると怖い想像ばかりしてしまうから、私はアキちゃんを誘ってあの丘へもう一度行ってみることにした。あの日摘んだ花はドラゴンの襲撃で駄目にしてしまったから、もう一度、ポプリを作り直してみようと思ったの。
持ってきた桶を花でいっぱいにすると、アキちゃんと見せあいっこした。
「いっぱいとれたね」
「はい」
アキちゃんはそう言って、ようやく、少し笑ってくれた。
それをキャンプに持ち替えると、前と同じように花だけとりだして風通しの良い木陰に広げた布の上で乾かすことにする。
夕方には取り込んで、朝にまた広げて乾燥させるというのを繰り返して一週間ほどすると、花はすっかり乾燥してドライフラワーになった。
不思議だけどあんなに硝子のようだった硝子草の花は、乾燥させると逆にしっとりと柔らかくなって色味も濃い桃色になった。香りも、濃厚になっている。
私がOLをしていたときに本で見たポプリの作り方は、乾燥させたドライフラワーにアロマオイルを垂らして匂いを長持ちさせる方法だった。
でも、サブリナ様に教えてもらったのは少し違う。アロマオイルの代わりに、ポーションを垂らすんだ。どのポーションでもいいらしいけれど、回復用ポーションが一番香りが長持ちするんだって。
布の上へこんもりとまとめた硝子草のドライフラワーに、回復用ポーションを数滴垂らしてアキちゃんと二人で手で混ぜ合わせた。ドライフラワーをすくい上げて混ぜる、またすくい上げて混ぜるというのを繰り返すと、あの薔薇のように濃厚で、それでいてオレンジのようなフレッシュな香りが立ちのぼってふわんとあたりを満たしてくれた。
「うわぁ。良い香り~!」
「あまい香りですね!」
アキちゃんの顔にも嬉しそうな笑顔が広がる。良い香りに包まれるのも嬉しかったけれど、なによりアキちゃんがそうやって自然と笑ってくれるのがまた輪をかけて嬉しい。二人でニコニコしながらポプリを混ぜ合わせて、良い香りを胸いっぱい吸い込んだ。
あとはこれを小袋に詰めて紐で結んだら、できあがり!
本当はリボンでも結べたら可愛かったんだけど、そんなものここにはないから仕方ないよね。
できた小袋はアキちゃんと私とで半分にわける。
アキちゃんはできたポプリの小袋を胸に抱くと、ほっぺたを赤くして嬉しそう。
「はじめて作りました! 大事にします」
「うん。私もこっちにきてからはじめて。香り、長続きすると良いよね!」
「ありがとうございました!」
アキちゃんはペコリとお辞儀すると、ポプリを胸に自分のテントの方へと帰って行った。
私もできあがったポプリの小袋を抱えると、ふわっと広がる甘い香り。なんとも幸せな香りに包まれて、気持ちまで華やいでくる。
どう使おうかなぁ。一つは自分の衣装箱に入れるでしょ。あとは、サブリナ様とレインにあげて。あ、そうだ。
私はポプリの小袋を自分の私物を入れている木箱にしまうと、一つだけ手に取って騎士さんたちのテントがある方へと向かった。
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