第8話 フランツの悩み事

 フランツの口調からは、家族のことはあまり聞かれたくないのかなという雰囲気が感じられる。だから、私も積極的にリーレシアちゃんの方に話題をシフトさせた。


「お金のこと?」


「うん。俺、金の管理って全然上手くできなくてさ。去年遠征に出たときも、持ってた有り金、アクラシオンにつく前に全部使っちゃって。結局、クロードに随分借りたんだ」


 クロードっていうのは、昨日会った銀髪のイケメン青年の名前だっけ。

 食べ終わったカップを持って立ち上がると、小川で手を洗ってから二人で昨日焚き火のあった方へと歩いていく。


「それなら、今回はもう少し多めにもってきたの?」


 そんな素朴な疑問を投げてみると、一緒に並んで歩きながらフランツはゆるゆると首を横に振る。


「騎士団員は階級に寄って、遠征中に持てる金銭は決まってんだ。たぶん、あまりたくさんもってると野盗に襲われたりとか、色んな身分や家柄の人間が集まっているから不要な争いの種を避けるためだとは思うけど」


 ふぅん。そういうものなんだ。みんな同じ制服を着ているから、誰がどんな家柄なのかは端から見てもさっぱりわからない。だけど、実は団員同士の複雑な確執とかあったりするんだろうか。昨日見た感じ、皆さん楽しそうに一緒に焚き火を囲んでるように見えたけどな。


「そういえば、騎士団ってお給料は出ないの?」


 聞けば、騎士団というのは一年の半分くらいは遠征にでているのだという。それだけの時間、これだけの数の人間を従事させておいてボランティアっていうことはないよね?と思ってはいたけれど。

 フランツは、うんと頷く。


「一応出るよ。階級に寄って一律に。遠征が終わったあとと、遠征が始まる前に一回ずつ出る」


 わぁ。半年ごとにまとめて出るんだ。それは確かにお金の管理が大変そうね。その辺クロードさんみたいにしっかりしてそうな人なら計画的に使うってことができるんだろうけど、そうじゃない人だとお給料貰った途端、ぱーっと楽しいお酒を飲んで使っちゃう人とかいそう。


「俺の場合は、家に帰れば金のことは別に問題じゃないんだけど。遠征中はなぁ。家に立ち寄る機会もないし。……今年も、クロードに借りなきゃならなくなりそう。でも、あいつに借りるのはすごく気が引けるんだよなぁ」


 はぁ、とフランツは深いため息をつく。


 なるほどねぇ。遠征中は、決まった金額でやりくりしなきゃならないわけか。


「ちなみに、フランツは遠征中、どんなことにお金を使っているの?」


「ん? えーと。そうだな。街についたときに、飲み食いに使っちゃったり。あとは、俺、絵を描くのが好きでさ。遠征中に変わった色の絵の具とか具材みつけると、どうしても買いたくなって」


「へぇ、そんな趣味があるんだ」


 ちょっと意外な気がした。こんな大柄おおがらな彼が絵筆を持って描いている姿を想像すると……うん、なんというか微笑ましいわね。それ自体が絵になりそう。


「さっきのリーレシアの絵も俺が描いたんだよ」


「え!? あの絵も!?」


「う、うん……」


 フランツは恥ずかしそうな、どことなく申し訳なさそうな、そんな様子で頬を指で掻く。


「下手、だったかな……」


 私はブンブンと首を横に振った。


「ううん! とっても可愛らしかった!」


 一見写真かと思うほど、細かく手の込んだ絵だった。それに何より、見ている人の気持ちを温かくするような、柔らかいタッチで描かれたリーレシアちゃん。フランツの絵師としての腕がいいのはもちろんとしても、彼の妹に対する温かな眼差しが感じられるステキな絵だった。


「あはは、……ありがとう」


 彼はほんのり顔を赤くして照れくさそうに笑う。

 昨日焚き火があった場所へ来ると、もうすっかり火は消えていた。簡易カマドの横には大きなとうのカゴがあり、その中にはたくさんのカップが山積みになっている。フランツがそこに食べ終わったカップを入れたので、真似して同じようにそこに置いた。きっと、誰かまとめて洗ってくれるんだろうな。従騎士さんたちかな?


「そうだ。魔物討伐に出る前に、放牧してもらってる馬の様子を見てこようと思うんだけど、一緒に来る?」


 え? 馬!? お馬さんもいるの!?

 って、考えてみたらここは騎士団で、フランツは騎士なんだから当たり前か。騎士って日本語だと馬の文字が入ってるものね。

 フランツの提案に期待を込めてコクコク頷くと、彼は「あはは」と相貌を崩す。


「君はわかりやすいな。ほんと、リーレシアみたいだ」


 むう。十歳にも満たないお嬢さんと同じに見られるのはアラサー女性としてどうなんだろう。そんな気持ちが表情に現れていたのか、フランツは済まなそうにポンポンと頭を撫でてきた。


「ごめんごめん。大人のレディを妹と同じに見ちゃダメだよな」


 いやいや、その仕草がもう大人のレディに対するものじゃない気もするけど。そもそもフランツは歳いくつで、私のことを何歳だと思ってるんだろう。たぶんだけど、私の方が若干年上なんじゃないかなって気はしてるんだ。

 森の中を行くフランツについて歩きながら、確認してみる。


「ねえ、フランツっていま、いくつなの?」


「 ああ、こないだ二十五になったばかりだけど」


 やっぱり思った通り。二歳も年下だった。


「カエデは?」


「いくつくらいに思ってるの?」


「え? えーと……二十歳なるかならないかくらい?」


 十歳くらいって言われたらどうしようかと思ったけれど、流石にそれはないみたいでちょっとホッとする。でもほら、やっぱり随分若く見られてたみたい。だから、あんなにいつも子供扱いしてきたのね。


 前にヨーロッパへ友達と旅行に行った時も、先々で出会う人に実年齢よりかなり若く見られたことがあったから、もしかしたらここでもそうなのかも?って思ってたんだ。アジア人は若く見られがちっていうし。人種が違うと、なかなか年齢を当てるのは難しいよね。


「え? もしかしてもっと若い?」


 答え合わせをドキドキしながら待ってる子供のようなフランツの様子がなんだかおかしくて、笑みがこぼれてしまう。


「フフ。逆よ。逆。私、フランツより年上なの」


「……え」


 彼の顔が驚きに固まった。


「いま、二十七よ。だから、フランツの二つ上、かな?」


 その言葉を聞いて、彼はやっちまったぁという様子で俯いて額を押えた。


「え……ほんとに? 二十七っていうと、そっか、クロードと同じくらいか。ごめんっ。俺、てっきりずっと下だと思ってて、その……」


 あわてふためくフランツ。背の高い彼が肩を小さくしてしゅんとしているのを見てると、こっちも申し訳ない気になってきて手をパタパタさせた。


「あ、う、ううん。謝らないで。その、フランツには本当に感謝してるんだから」


「感謝?」


 大きく頷く。


「フランツが傍にいてくれるから、私、こんなに落ち着いていられるんだと思う。もし一人っきりだったら、もっとずっとパニックになって大変なことになってた」


 それは、きっと間違いない。だから、彼に感謝しているというのは、私の嘘偽りない素直な気持ち。


「良かった。でも、失礼なことしてたのは、本当だからごめん。これからは気をつけるよ」


 そんなことを話しながら歩いているうちに、唐突に視界が開けた。森を抜けたのだ。


 森の先にあったのは……。


「う、わぁ……」


 足下のなだらかな斜面の先には視界一面に広がる緑の草原があった。その草原を、何十頭もの馬たちがタテガミをなびかせながら疾走しているのが見える。空はとてつもなく高くて、そして青く広がっていた。

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