第9話 風になる!
「うわぁ……。うわぁ……!!!!」
今立っている場所が周りより少し小高い丘になっているため、遠くまで良く見渡せる。
空はとても青くて。のどかにポツリポツリと浮かんだ白い雲は、左の空へとゆっくり流れていた。
目を下に移すと、視界いっぱいに広がる緑の草原がとびこんでくる。そこにはたくさんの馬が群れをなして走っていた。
野生の馬でないことは、その群れの前後に馬に乗った人が一人ずついることからすぐにわかる。遠目でも、彼らがフランツと同じ色のシャツを着ているのが見えた。きっと彼らも騎士団の人たちなのね。
馬たちも、彼らの指示に従ってあまりばらけることなく、緩やかな一かたまりとなって草原を駆けていく。
草原の奥には、さらに森が延々と続いているのも見えた。
うん。間違いない。
東京にこんな場所は存在しない。こんな見渡す限り家一軒、山の一つも見えない場所は私の住んでいた場所にはない。やっぱり、ここは東京……ううん、日本じゃないんだなって実感せざるをえなかった。
それにしても、走る馬ってなんてダイナミックで格好いいんだろう。大地を蹴る度に筋肉が躍動しているよう。タテガミや尾がなびいて格好良さと同時に美しくもある。
全部で何十頭いるのか、動いている馬を数えるのは難しいけれど、少なく見積もっても三、四十頭はいそう。これだけいると、まさに壮観。
毛色は茶色っぽい馬が多いけれど、黒いものや白いもの。マダラのものもいる。
「俺の馬を呼んでみようか?」
フランツの言葉に、コクンと頷く。フランツのお馬さんって、どの子なんだろう。
彼が口に指をあてて指笛を吹いた。ピーっという甲高い音に、しばらくして群れから一頭の馬が外れてこちらに駆けてくるのが見える。白い毛並みのお馬さんだ。タテガミと尻尾は明るい日差しをうけて、きらきらと金色に輝いている。
うわぁ! なんて美しいお馬さんなんだろう。まるでお
その馬はフランツの傍までくると脚を緩めて、トコトコと頭を下げながら歩いて近寄ってくる。その馬の鼻を手でなでてやるフランツの眼差しは、とても優しい。馬も彼によく懐いているようで、撫でられて嬉しそうに鼻を鳴らしている。
それにしても一人と一頭で並んだその姿は、まるで何かの映画の一シーンみたい。このまま絵画にして飾っておきたいくらい絵になっている。スマホを持っていないのが残念。写真とっておきたかったのに。イケメンは何をやっても映えるけれど、美しいお馬さんと親しげに触れあう姿は神々しくすらある。
やばい、眼福すぎる……そんなことを思いながら一人と一頭の様子を眺めていたら、フランツが馬の首を撫でながらにこにことそのお馬さんのことを紹介してくれた。
「こいつは、ラーゴっていうんだ。綺麗な白色だろ? うちの実家で飼ってる馬は、昔の当主の趣味で先祖代々、白馬ばっかなんだ。触ってみる?」
先祖代々、白馬を飼ってるとか一体どんなおうちなんだろう。きっと、すごくいいお家柄なんだろうな。
お馬さんも、こちらに興味津々といった様子で鼻を近づけてくる。
「い、いいの?」
「もちろん」
馬を触るのはもちろん、近くで見るのも初めて。馬ってこんなに大きくて、力強い生き物なんだ……。その大きさに圧倒されてしまう。おそるおそるおっかなびっくり手を伸ばすと、鼻筋に触れるかどうかというところで「ふがっ」とラーゴが大きく鼻を鳴らしたものだから、びっくりして固まってしまった。
そしたら、ラーゴの方から私の手を下から持ち上げるように鼻を擦り付けてくれる。その円らな黒い瞳が、「ほら。こわくないでしょ?」って言っているみたい。とても、賢そうで優しい瞳をしていた。
そっと指先で鼻筋を撫でると、ラーゴは気持ちよさそうに小さな耳をピコンピコンと動かす。
「な? 大丈夫だろ? こいつは、気の優しいやつなんだ」
「う、うん」
鼻筋を撫でるのに慣れてくると、今度はフランツがしているように首やタテガミも撫でてみる。ラーゴは嫌がる素振りも見せず、好きなだけ触らせてくれた。
ひとしきりラーゴを撫でた後、「ちょっとこっちきて」とフランツはラーゴを連れて草原の斜面を降りていった。彼のあとについていくと、草原の一角に何か紐っぽいものがごちゃっと山になって置かれている。
フランツはその山の傍にしゃがむと、「どれだっけ。これ? 違うな」とかなんとかブツブツ言いながら一本の紐を取り出した。
「あったあった。これだ」
それをひょいっとラーゴの頭の上に投げると、手慣れた仕草でラーゴの長い顔にはめていく。あれは、馬用の手綱のようだ。
フランツは手綱の端を左手で掴むと、右手でラーゴの肩に手をついて、ひょいっとその背に跨がった。
あんな高い馬の背に、よく軽々と登れるなぁ。なんて感心していたら、フランツはラーゴに乗ったまま私の周りを大きく円を描くように一週したあと、目の前にラーゴを止めてこちらに手を差し出してくる。
「
「え? わ、私も!?」
馬に触るだけでもおっかなびっくりだったのに、乗るなんて無理無理無理。ぶんぶんと首を横に思いっきり振っていたら、フランツは笑いながらなおもこちらに手を差し出してくる。
「大丈夫だって。俺が支えてるから。今日は天気もいいし、ひとっ走りすると気持ちいいよ」
う……そこまで言われると、断りにくい。それに、ラーゴも「大丈夫、大丈夫」とでもいうように、首をウンウンと縦に振っている。もしかしてこの子、人間の言葉がわかってるのかしら。
うーん。たしかに他の馬だったら怖くて全然無理な気がするけど、ラーゴなら急に走り出したりとか怖いことにはならない気もする。それにフランツもついているし。
どうしようか迷っていたら、「行こう!」とフランツが手を握ってきた。え?とびっくりする間もなく、彼の片手に引かれて、軽々とラーゴの上まで引っ張り上げられる。
「きゃ、きゃあ!」
なんて言ってる間に、気がついたらラーゴの上に跨がっていた。後ろにはフランツ。さりげなく、腰に手を回されているような気もするけれど、何の支えもなく馬の上に乗るのは怖いので今は気にしないことにしよう。
それにしても。
「うわぁ……!!!」
見える景色の変化に、怖さなんてあっという間に吹き飛んでしまった。視界が広い。視線が高い。緑の草原が遠くまで一望できる。急に巨人になったみたい。
それに、肌を伝わってくるラーゴの体温が心を落ち着けてくれる。大丈夫だよ、と力強くそう言っているように感じられた。
「じゃあ、行くよ」
フランツは左手を私の腰に回して支えてくれながら、右手は手綱を握る。しかしその手綱はただ手を添えているだけで、特に指示した様子もないのにラーゴはクルッと向きを変える。そして、ゆっくり、トットットというリズミカルな足取りで歩き出した。
「足に力いれないで。両足でラーゴの胴体を挟むようにしてバランスを取るんだ」
ううう、そう言われても。歩く度に上下に揺れるので、ついラーゴの背にしがみつきたくなってしまう。それでも、少し乗っているうちに、少しずつだけど身体の緊張がとけてきた。
ラーゴは私がバランスを崩しそうになるたびに、そちらとは反対側に僅かに身体を傾けてこちらの身体を安定させてくれる。ラーゴからは見えていないはずなのに、背中で私の位置を感じてくれているみたい。それがわかってからは、無理矢理しがみつくよりもラーゴに身体を預けて任せてしまったほうが安全なんだと思うようになってきた。
だいぶ身体の力が抜けてきた頃。
「そう、上手い上手い。じゃあ、そろそろ走ってみようか」
「え?」
え、これ以上速く走るの?それはまだ怖……って、言う前にもう走り出してるし!!!
ラーゴはフランツの言葉がわかっているかのように彼の言葉にあわせて、ぐんぐん足さばきを速くしていく。それにあわせてグングン景色が後ろに下がっていった。フランツがすぐ後ろでしっかり身体を支えてくれていたので、思ったほどの不安はない。
それよりも、それよりも……なんだろ、この爽快感!!!!
あっという間に過ぎ去っていく景色。吹き付ける風圧。その中を一本の矢のように切り裂いて進んでいく。
ラーゴの身体が自分の身体になったかのように強く大地を蹴って、草原を駆け抜ける。
まるで、風になったのかと錯覚しそうな気持ち良さだった。
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