第10話 いってらっしゃい!

 ラーゴがスピードを緩めて立ち止まったときにはもう、あの馬の群れが地平線の向こうに見えなくなるくらい遠くまで来てしまっていた。


「どう? まだ怖い?」


 後ろからフランツが聞いてくる。私はブンブンと首を横に振った。


「ううん。始めて乗ったけど……馬って、すごいね」


 もっとこう上手い言葉で表現したかったのに、そんな言葉しか出てこない。


「良かった。気に入ってもらえて」


 フランツもどことなく嬉しそうに、後ろから手を伸ばしてラーゴの首を撫でる。ラーゴは機嫌良さげに首をあげていなないた。


 元いた場所に戻ってきたときには、既に他の騎士団の皆さんも草原へと集まってきていた。そっか、これから皆で魔物退治に行くんだ。


 あんなグレイトベアーみたいな魔物を相手にしに行くんだもの、きっと危険な任務なんだろうな。でも、騎士団の皆さんは、和気藹々わきあいあいとした様子で、それぞれの馬にくらや手綱をつけたり、水を飲ませたりと準備をしていた。


 先にフランツがラーゴから降りる。私は一旦ラーゴの背中に横向きに脚をそろえて座ったあと、フランツに手を支えてもらいながら滑り降りるようにその背から降りた。

 スカートの裾を直すと、すぐにラーゴの鼻を撫でてあげる。


「ありがとう。ラーゴ。楽しかったよ」


 そう声をかけると、ラーゴも機嫌良さそうに鼻を鳴らしてくる。本当に、優しくて賢いお馬さん。でも、これからお仕事だから、楽しい時間はおしまいだね。


「フランツも、もう行くの?」


 ラーゴの元に水桶を持ってきたフランツに尋ねる。


「ああ。夕方には帰ってくると思うよ」


「うん。……気をつけてね」


 そんなこと私に言われなくても当たり前のことかもしれないけど、無事にまたここに帰ってきてくれることを祈って、そう声をかけた。


 私はこのあと、何をしようかな。サブリナ様が心配してるかもしれないから、一旦救護テントに戻ろう。そして何か手伝うことはないか聞いてみようと思うの。

 みんな何かしらの役割をもってこの騎士団にいるのに、私だけ手持ち無沙汰なのはちょっと気まずい。もしかしたら誰もそんなことは気にしないのかもしれないけど、何もしないでいるのは自分が役立たずみたいで嫌だった。


 でも、私に何ができるんだろう。テオたちの料理を手伝おうかなぁともちょっと思ったけれど、カマドの使い方も何もわからないのに足手まといになっちゃうかもしれない……。


 何かできることはないかな。でも、いままでずっと経理畑を歩いてきただけで、こんなサバイバル生活に役立つ知識なんて……と、そんなことを考えていて、ふと一つあることを思いついた。


「……そうだ」


 できること、あったじゃない。経理部で働いていた経験が活かせること。

 ラーゴに鞍をとりつけていたフランツの傍に行くと、声をかけてみる。


「あのさ……。フランツ。お金の管理が苦手だって、言ってたじゃない?」


 彼は作業の手を止めて、突然何を言い出すのだろうというような意外そうな目でこちらを見る。


「ああ、うん。言ったけど」


「それ、私、力になれるかも。私ね! ここに来る前はずっと何年も経理の仕事をしてたんだ」


「ケイリ……?」


 おおっと、言葉が通じなかったか。こっちには経理に相当する言葉はないのかな? それとも経理っていう仕事自体、まだあまり一般的じゃないのかな。


「会計というか、帳簿というか、そういうの。とにかく、会社のお金を管理する仕事をしてたの」


「え、金庫番? ほんと?」


 おお、そういう風に言うのか。うんうんと頷いた。


「だから、リーレシアちゃんの誕生日プレゼントのお金を貯めるために、何かお手伝いできると思うの。帳簿つける紙と、ペンとかあるといいんだけど」


 フランツは鞍のついたラーゴにまたがると、馬上からにこやかな笑顔を向けてくる。


「紙ならいっぱいもってきてるよ。じゃあ、戻ってきたら紙もって救護班のテントに行くよ」


 そこにピーっという甲高い笛の音が聞こえてくる。見ると、まだら模様の馬に乗った五十代くらいの男性が、ペンダントの笛を鳴らしている。あの人は、確かゲルハルト団長。この西方騎士団で一番偉い人だ。

 笛の音に合せて、周りの騎士たちがそちらに集合していく。


「じゃあ、行ってくるね」


「いってらっしゃーい!」


 フランツに手を振ると、彼は笑ってブンブン手を振り返えしてくれた。ついでに、他の騎士達も何人かこちらに手を振ってくる。その人たちにも手を振り替えして、彼らが行ってしまうのを最後まで見送った。

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