第11話 大量の怪我人
そのあとはサブリナ様の救護テントで、彼女の手伝いをして一日を過ごした。
ヒーラーは彼女の他にも、この騎士団にはもう一人いるらしい。でも、その人は魔物退治に行く騎士たちに同行しているそう。
サブリナ様を手伝って救護テントの掃除をしたあと、シーツや衣類をカゴに入れて小川に洗濯に行ったり、彼女と一緒にキャンプの周りに映えている薬草を採りにいったりした。
騎士団の人たちが討伐に出てしまうと、ここ騎士団キャンプは急に静寂に包まれる。
残っているのは私たちのほかには、従騎士さんたちや、キャンプに同行している専属の鍛冶師さん、革職人さんなどの後方支援系のお仕事の人たちばかり。みんな黙々と自分のお仕事をしているので、あまり人の話し声も聞こえない。ときおり、森のどこかで声の大きな鳥の鳴き声が聞こえるくらい。
そんな穏やかな一日を過ごしているうち、ゆっくりと時間は流れていく。
空が赤く夕焼けに染まりだしたころ。
しんと静まりかえっていた騎士団のキャンプが、にわかに賑やかになる。
魔物討伐に行っていた、騎士たち一行が戻ってきたみたい。
たくさんの馬の
「あ、帰ってきたのかな」
ちょうど救護テントの中で乾いたばかりのシーツを畳んでいた私は、顔を上げて聞き耳を立てる。
いくつもの馬の足音がテントの前で止まったのがわかった。
文机で薬草をすり潰していたサブリナ様も立ちあがると、テントの出入り口の方へと足早に向かう。
「怪我人だわ」
「……え?」
言われて見ると、外のざわざわという人の声はどこか緊迫しているようにも聞こえる。
サブリナ様がテントの外に出ていったので、私もあとを追ってついていった。
そこには四頭の馬がいた。周りにはさらに沢山の人たち。しかも、騎士たちの胸当てもシャツも赤黒く汚れ、みな酷く疲れた様子だった。つんと、汗と血の匂いが鼻をつく。
馬には、ぐったりと動かない騎士さんが二人乗せられていた。一目で、酷い怪我を負っていることがわかる。
同行していた騎士の一人が説明してくれた。
「マンティコアの群れに出くわした。なんとか全部仕留めたが、怪我人も多数でてる。レインはあっちで、ほかの怪我人を診てくれている。でも、こいつらはレインでは止血させるので精一杯でな」
サブリナ様はすぐに、サッと救護テントの入り口を開けた。
「重傷者は私が診ます。さあ、はやくこちらに」
二人の重傷者は救護テントに運び込まれると、空いている簡易ベッドに寝かされる。
一人は肩から背中にかけて鋭く大きな爪で裂かれたような傷があった。もう一人は、足を噛まれたのかズボンが裂けて皮膚もめくれ、その下にある肉の部分が見えていた。
その凄惨な様子に、言葉もでない。朝方、みんなあんなに元気に出かけて行ったのに。だから、元気に帰ってくるんだとばかり思っていた。それが、こんなことになるなんて……。
何も出来ず、おろおろと入り口のところに突っ立っているだけしかできなかった。
サブリナ様はすぐに一人の重傷者のもとに跪くと、彼の傷に手をかざす。彼女の小さな両手が、ボッと青白い光に包まれたかと思うと、さっきまで辛そうに歪んでいた彼の顔が次第に安らいでいった。
そのとき、サブリナ様が患者の方に目をむけたまま、私の名前を呼ぶ。
「カエデ。焚き火のところに行って、お湯を貰ってきてくれないかしら」
声をかけてもらったのに、目の前の光景がショックなあまり動けない。するともう一度、サブリナは「カエデ」と静かに繰り返す。
その声に、ハッと我に返って「は、はい」とようやく声を絞り出すことができた。
そうだ。ボーッとしてる場合じゃない。ここに突っ立ってたって、邪魔になるだけ。いつの間にか滲んでいた涙を手の甲で拭うと、
「お湯、もらってきます」
そう答えて、救護テントを出た。そして焚き火の方へと走っていく。
……そうだ。みんな、魔物討伐にきてるんだもん。反撃に合うことだってあるだろう。怪我することだってあるだろう。だから、サブリナ様のようなヒーラーがこの騎士団に同行してるんだし。
それだけ、危険な仕事なんだ。命をかけなきゃいけないような仕事なんだ。
どこかレジャーのキャンプ気分だった自分の甘さに、冷や水をかけられたようだった。
そういえば、フランツはどうしたんだろう。無事に帰ってきたのかな。
まさか……。
最悪の事態が頭を過ぎって、ゾッと全身の毛が逆立つようだった。
焚き火の周りやあちらこちらに、戻ってきた騎士の人たちの姿が見える。皆、酷く疲れているようだ。いまはフランツを探している場合じゃない。サブリナ様に頼まれたお湯を、すぐに持っていかなきゃ。姿が見当たらないのは、きっと疲れて自分のテントに戻っちゃったからだよ。きっと、そう。
そう、自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟いた。
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