第12話 私に出来ること

 焚き火の周りにはパラパラと人の姿が見えるけど、みんなグッタリと疲れた様子で座り込んでいる。明らかに怪我をしているような、痛そうに腕を押えている人やうずくまっている人も見えた。


 その間をぬって、焚き火の傍につくられたカマドのところへ真っ直ぐに行く。


 カマドの周りには、今は誰の姿も見えない。ただ、カマドにかけられた鍋には何かが煮立っていた。これ、お湯に見えるけど、勝手にもらってっちゃ駄目だよね。


 きっと普段カマドの管理をしている従騎士さんたちも、今は怪我人の手当などで出払ってしまっているのだろう。


「すみません! このお湯、ちょっと貰っていってもいいですか!?」


 声を張り上げるが、皆忙しそうにしていて答えてくれる人はいない。

 しばらく待っても何の返事も反応もかえってこなかった。このまま、黙って持って行っちゃってもいいのかな。でも、もう一度念のために聞いてみようと息を吸い込んだところで、ポンと背中を叩かれてムセそうになった。


「ああ、ごめん」


 振り返ると、そこに見慣れた青年の顔がある。フランツだ。


「フランツ!」


 安堵と嬉しさで、急に鼻の奥がつんと痛くなった。彼の柔らかい笑顔をみて、張り詰めていた心がフッと緩んだのか、目元がジンワリとあつくなる。


 でも、よく見ると彼も無傷ではないみたい。

 左耳を覆うように頭に包帯が巻いてあって、耳の辺りの包帯が赤く滲んでいる。左手首にも包帯が見えた。


「……だ……だいじょうぶ?」


 なんて痛そう。思わずその包帯に触れそうになって、慌てて手を引っ込めた。

 フランツの表情には疲れが滲んでいたけれど、それでも小さな笑顔を返してくれる。


「大したことないよ。ちょっと、攻撃を避けそこなったんだ。このくらいなら、ポーションを飲むほどでもない。そのお湯、サブリナ様のとこに持っていくんだろ?」


「うん。重傷の人がいて……」


「俺も知ってる。後方にいたやつらだ。ハサミ撃ちみたいにやられた。マンティコアは、長生きしてるやつは人間並みの知能があるっていうからなぁ。でもあんなに沢山の数、初めて見た。グレイトベアーの群れも引き連れててさ」


 フランツはカマドの横に積み重ねられていた木バケツを手に取ると、鍋から大きな柄杓ひしゃくでそこに湯を移す。


「い、いいよ。フランツは休んでて」


「大丈夫だって」


 怪我をして、そのうえ疲れているだろう彼にだけさせるわけにもいかない。カマドの傍に別の柄杓を見つけると、二人で手分けしてバケツに湯を移し替えていった。


「よし。これくらいでいいか」


 バケツ三つに湯を移し替えると、フランツが二つ、私が一つ持って救護テントへと向かう。

 戻る道すがら、フランツが話してくれる。


「たまに、こうやって怪我人が沢山でることはあるんだ。そういうときのために、どこの騎士団でもヒーラーの人たちに同行してもらってる。その中でも、一番治癒力が高いのがサブリナ様なんだ」


 昨日、彼女に手をかざされたときのことが頭に浮かぶ。ぽかぽかと全身が温かくなり、身体が軽くなった気がした。あの不思議な力で、重い怪我も治してしまうんだろうか。


「そっか……だから、サブリナ様のところに重傷者が……」


「うん。重傷者は優先的にサブリナ様のところにまわされる。あの人ほどの使い手は、王国全土を探してもいないからね」


 その他の中程度の怪我人はもう一人のヒーラーが癒したりポーションで治すことが多いのだという。ポーションっていうのがどういうものなのかよく分からないけど、フランツの口ぶりからすると、飲むと怪我が治る薬みたいなものみたい。


「でも、ポーションは数に限りがあるからなぁ。今回みたいに沢山怪我人が出ると、俺みたいな軽傷のやつのとこには回ってこないだろうな」


 フランツの怪我だって充分痛々しく見えるのだけれど、道すがらすれ違う騎士の人たちを見ていると、確かに他にもっと怪我の重い人が沢山いそう。


 そうやって話しながら歩いていると、すぐに救護テントに辿り着いた。


 入り口の布をあげてフランツとともに中に入ると、ベッドに寝かされている怪我人はさらに増えていた。全部で四人。そのうちの一人の傍らにサブリナ様が跪いて、傷口に手をかざしている。

 彼女はこちらに気付くと顔をあげて、少し疲れた様子で微笑んだ。


「ありがとう、カエデ。これで、薬湯が作れるわ。ちょっと待ってね。いま、応急処置だけしちゃってから、薬湯をつくるから。アナタにはそれを患者さんたちに飲ませるのを手伝ってもらうわね」


「は、はいっ」


 見ると、最初に運ばれてきた二人は、眠っているようだった。さっきまで痛みに呻いていたのに、いまは安らかな寝息をたてている。


 彼らのズボンやシャツは裂かれたように破れていて血で濡れていたけれど、その下からのぞいていた傷あとは痛々しい肉の色ではなく、薄桃色の新しい皮膚の色をしていた。


 すごい……あんなに酷い怪我だったのに。サブリナ様は応急処置だと言っていたけれど、もうかなり治りかけているように見える。


「フランツもありがとう」


 お湯を持ってくるのを手伝ってもらったお礼を言うと、彼は「ううん」と笑うったあと、ポンポンと私の頭を撫でてくる。


「あ、ごめん。もう子ども扱いしないって、約束したのに」


 そういって、彼はバツが悪そうに小さく苦笑する。その表情を見ていると、こちらの強ばっていた心も少しほぐれてくる。彼の大きな手は、思いのほか温かい。その温かさが、じんわりと心の中も溶かしてくれるよう。ショックで凍えそうになっていた心を温めてくれたような気がした。


「ううん、嫌じゃないから……ありがとう。もう、大丈夫」


 彼の気遣いが、素直にありがたい。だから、感謝の言葉が自然に口をついてでてきた。


「そっか。良かった。じゃあ、俺、もう行くね。あっち手伝わないとだから」


「うん」


 なんとか笑顔を返してそう言うと、フランツは、


「また、あとでな」


 と言ってテントを出て行った。彼の背中を見送って、入り口の布を降ろす。


 よし。私もサブリナ様の手伝いをしなきゃ。さっきまでショックと恐怖でパニックになりそうだったのに、いまは皆の役にたたなきゃ!と俄然やる気に満ちていた。


 それもこれも、フランツのおかげ。心の中でこそっと、もう一度「ありがとう」と呟いた。

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