第89話 証人
それから数日後。
キングビッグ・ボーの買取代金を手に、ダンヴィーノさんがミュレ村に戻ってきた。今回は大金を運ぶ必要からか、三人ほどギルドの雇った傭兵さんも連れてきていた。
それにほとんど遅れることなく、徴税請負人ルーファスたちの馬車も村に着く。ルーファスも今回は前回とは違う人たちを連れていた。お供は、一人は細身の中年男性、もう一人は身体が大きく見るからに屈強な大男の二人。
私たちは教会の礼拝堂で彼らを迎えた。
村の代表者は、村長さんであるコットーさんとオットーさんの兄弟。それに、立会人としてゲルハルト団長とナッシュ副団長、そして私もその場に参加させてもらうことになった。
前は肉でいっぱいだった礼拝堂も、今は元通り椅子が並んでいる。今回はその手前の入り口付近に騎士団のテーブルを持ち込ませてもらった。
そのテーブルの上に、まずはダンヴィーノさんが革袋を九つ置く。どれも置くときにずっしりと重そうな音を立てた。
「さあ。確認してくれ。このまえ提示したとおり、金貨八六〇枚だ。一袋に百枚入ってる」
私と村長さん兄弟、ナッシュ副団長の四人は目を合わせて黙ってうなずくと、一袋ずつ開けて確認していく。
うわぁ、金貨がいっぱいだ。キラキラ輝いていて、目がくらみそう。
一枚の間違いもなく、金貨八六〇枚。ちゃんと揃ってた。
「間違いありません。金貨八六〇枚。お受けしました」
そして、村長さんがダンヴィーノさんの渡してきた受取証にサインをする。
これで、キングビッグ・ボーの肉の売買は完了。
さて、問題はこれからだ。
「じゃあ、私はここから税金分をいただきましょうか」
それまで少し離れた場所で椅子に座っていたルーファスが立ち上がると、お供の人たちを連れてテーブルに歩み寄ってきた。
彼がテーブルに並べられた金貨の袋に触れようとしたとき、私は彼の前にさっと右手を出してそれを遮る。
「なんだ? まだ、何か文句あるっていうんですかい?」
あからさまに顔を歪めて、不機嫌そうな声を出すルーファス。
「税金をお支払いする前に、一つだけ確認したいことがあるんです」
「確認? なんだっていうんだ。この前、税金の額についてはアナタも確認したじゃないか!」
ルーファスが怒鳴ってきたから、一瞬ひるみそうになる。けれど、なんとか気を持ち直してキッと彼を見返した。ダンヴィーノさんをはじめ他の人たちにはあらかじめ、私が何をルーファスに問いただすつもりなのかは伝えてあったので、みんな私とルーファスの成り行きを見守っていた。
私は、口調を抑えたまま彼に言う。
「まだ確認していなかったことがあったんです」
「なんだっていうんだ!」
今にもこちらにつかみかかってきそうなルーファスだったが、それをしてこないのは、私の背後でゲルハルト団長やナッシュ副団長が睨みを利かせてくれているからだろう。
私は一つ息を吸うと、はっきりとした声で伝えた。
「アナタが計測に使った道具が本当に正確なのかを確かめさせてください」
その言葉に、ルーファスの表情が傍目にも分かるほどひきつった。数秒ひきつったまま固まったあと、今度は顔が真っ赤になる。
「何を言っているんだ! 私の計測器に間違いがあるとでもいうのか!?」
テーブルを拳で叩きながら怒鳴る彼に、私は静かに畳みかけるように言う。ここで、気圧されちゃったら言い負かされる。だから、必死だった。
「アナタが前回計測したキングビッグ・ボーの肉の数値は、ダンヴィーノさんが計測した数値とかなりの差がありました。それをもう一度計算しなおしてわかったんです。各数値がちょうど一・二倍ずつになっていました。ということは、アナタのお持ちになっている計測器は実際よりも高い数値が出るようになっているんじゃないでしょうか」
そこに、それまで面白そうに口端をあげて成り行きを見守っていたダンヴィーノさんが口をはさむ。
「俺の計測器は、行商人ギルド公式のもんだからな。間違いはねぇよ」
「くっ……」
ルーファスは唇を噛むと俯いた。握られた拳が震えている。
彼の様子の変化に気づきながらも、私はさらに続けた。
「いまここで、ダンヴィーノさんがお持ちの計測器と比べてみてはいただけませんか。そうすれば、アナタのおっしゃる正しさを証明できると思うんです」
もし本当に計測器と呼ばれる彼の巻き尺に書かれた値が正しいものならば、身の潔白を証明するためにすぐにここに持ってくるだろう。
しかし彼は俯いたまま、動こうとはしなかった。
でも、まだこれで終わりにするわけにはいかない。
私は後ろにいるナッシュ副団長を振り返ると黙って小さく頷く。それを合図に、彼はテーブルの下に置いてあった資料をルーファスの前に置いた。それは、村長さんから借りた二十年分の納税記録だった。その一番上に載っている紙を、私は手に取る。
そこには、たくさんの数字が表になっている。そう、これが今回私とナッシュ副団長とで資料を調べなおして導き出した数字だった。
その紙を、ルーファスの前につきつけた。
彼は、なんだ?という目でその紙に視線を引き付けられる。
「これは、約二十年分のミュレ村の収穫量と納税額の表です。村長さんとオットーさんに確認したところ、アナタがた親子は長年にわたってあの計測器を使っていたようですね。ルーファスさん。こちらの数値を見てください」
私は表の一番右端に書かれた数値を指さした。
「これは、アナタの計測器が実際よりも一・二倍大きな値を出すようになっていたと仮定して計算しなおした数値です。こちらが本来の納税額。そして、さらに隣の数値がミュレ村がアナタに多く払いすぎていた金額です」
ルーファスは目玉が飛び出るんじゃないかと心配になるほど大きく見開いた眼で、数値を見つめていた。額に次々と玉の汗が浮かんでいるのは、冷や汗だろうか。
私は紙をくるっとまとめると、隣にいた村長さんにそれを渡した。
村長さんは受け取った紙をじっと見つめると、ルーファスに視線をあげて言う。
「もしこれが本当なら、長年にわたって私らをだまして不当にたくさんの税金をとってたことになる。すぐにでも領主様にすべてを報告するだ。証人もここにおるだでな」
その言葉に間髪入れず、団長が応える。
「西方騎士団団長、ゲルハルト・シュルツスタイン。西方騎士団の名において証人となろう」
次に、副団長も応えた。
「西方騎士団副団長、ナッシュ・リュッケン。右に同じ」
ダンヴィーノさんもヘラッと笑って、どこか楽しそうに繋げた。
「自由都市ヴィラス、行商人ギルド長ダンヴィーノ・キーンも右に同じだ。さぁ、証人がこれだけそろっちまったが、お前さん。どうするね?」
追い詰められたルーファスの顔は、既に血の気が引いて真っ白になっていた。
このままダンマリを続けるなら、ここを管轄している領主にこれを報告せざるを得ない。もし不正に取得した税金を返してくれるというなら、そこからは村長さんに任せようとも思っていた。村長さん一人で不安なようなら、ダンヴィーノさんに頼んで誰か信用できる専門家を紹介してもらってもいい。
そう考えていたのだけど、ルーファスの反応はあらかじめ予想していたものの中で一番荒っぽいものだった。
ルーファスはキッと顔を上げると、すぐさま後ろに控えていた細身の男に命令した。
「やれ!」
その命令に応えて、男が両手を掲げると呪文を唱える。
「
次の瞬間、彼の手のひらから生み出された無数の氷の矢がこちらに向かって放たれた。
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