第90話 逃がさない!

 突然の魔法攻撃に固まってしまった私は、ぐいっと強く手を引かれる。手を引いたのはゲルハルト団長。私と村長さんは彼の背中に守られるように、その背後に匿われた。

 ナッシュ副団長の、


炎小壁ファイアー・ウォール!」


 という鋭い声とともに、私たちの前に真っ赤な炎の壁が立ち上がる。

 氷の矢はすべて炎の壁に阻まれて、じゅっという音とともに消えてしまった。

 ルーファスは、魔法攻撃が効かないと見るや否や、腰に差していた剣を抜いて教会から逃げ出した。それにお供の魔法士が続く。もう一人のお供の大男は、金貨の乗っていたテーブルをひっくりかえして出て行った。


「きゃ、きゃあっ」


 大量の金貨がこちらに流れてきて危うく金貨の雪崩に押しつぶされそうになる。なんとか後ろに下がって難を逃れたけど、


「どうしよう。逃げられちゃう!」


 慌ててルーファスたちを追いかけようと扉へ駆ける私の後ろから、ゲルハルト団長の軽快な笑い声が聞こえてきた。


「ハハ。慌てなくても、大丈夫だって。俺たちがついてるんだ、逃げられるもんか」


 その言葉のとおりだった。

 扉の外に飛び出てみると、


「あ……」


 団長の言葉が本当だとすぐにわかる。

 扉のすぐ外では、例の魔法士がドーム型の氷に閉じ込められている。中から叩き割ろうとしているけれど、びくともしないみたい。


「魔力を練り上げる速度も練度もまったく足りませんね」


 外にいたクロードが、眼鏡をくいっと挙げると服についた白い粉をぱっぱと払う。どうやら氷魔法を使えるもの同士打ち合いをして、彼が圧勝したようだった。


 教会の数メートル先では、大男が仁王立ちのまま動けなくなっていた。よく見ると、下半身に草のツルが絡みついている。あれはテオの精霊魔法。それに、アキちゃんが男に剣をつきつけているので抵抗すらできないようだ。


 お供の二人をあっさりと戦闘不能にさせられ、ルーファスは足を止めて呆然とする。しかし、すぐに我に返ると剣をがむしゃらに振り回しながらお供の二人を置いて一人で逃げ出した。


 そのルーファスの前に一人の男が立ちふさがる。

 ルーファスはその男にも容赦なく切りかかった。


「どけどけ! 立ちふさがるものは誰でも斬るぞ!」


 危ない! と目を閉じそうになったけれど、金属が擦れあう音が響いた次の瞬間、ルーファスは教会まで吹き飛ばされていた。そして、教会の石壁にぶつかったあと地面にくにゃっと倒れる。


「やっべ。やりすぎちゃったかな」


 ルーファスが襲い掛かった相手は、フランツだった。普段魔物相手に戦っている彼にルーファスが敵うはずもなかった。

 ナッシュ副団長が動かなくなったルーファスの傍へ屈むと、その首元に手を当てる。


「大丈夫。気絶してるだけだよ」


 それを聞いてフランツは、ホッと息を吐く。そして私の姿を見つけると、こちらににこやかに手を振った。


「お疲れ様。うまくいった?」


 彼の笑顔に、緊張していた私の心もホッと和む。うんっ、と笑顔で頷いた。

 これでなんとか、一件落着かな。あとはルーファスたちを領主の前に差し出せばいいだけだものね。

 そのとき、教会から村長さんが出てくると私たちに向けて深く頭を下げた。


「西方騎士団の皆様。何から何まで、本当にありがとうございました。一人の死者もなく助けていただいて、そのうえこうして村の今後のことまで助けていただいて、本当に、なんと礼を言っていいだか……」


 最後の方はもう、涙声になっていて言葉になっていなかった。

 その村長さんの肩を、ゲルハルト団長がぽんと叩く。


「魔物の脅威から王国民を救うのが騎士団の役割です。今回は間に合えて良かった。たが、そのあと畑のことで落胆するアナタたちを見て肉を売ろうと言い出したのも、税金の不正をみつけたのも彼女です」


 ゲルハルト団長は私に目を向けると、ニッと笑う。

 その言葉に村長さんは私の方へと駆け寄ってくると、私の手を握って何度も、


「ありがとう……本当にどうもありがとう……」


 と、涙ながらにお礼を言ってくれた。

 フランツやクロード、騎士団のみんなに温かく見守られてなんだか照れ臭かったけれど、これでミュレ村が立ち直ってくれるといいな。うまくいってよかったっていう安どの気持ちと、頑張って良かったっていう嬉しさで胸がいっぱいになった。

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