第102話 これが私の執務室!?
魔石ペンの入った手提げ鞄を胸元でぎゅっと抱いて、私は開かれた玄関から騎士団本部の中へと足を踏み入れた。
「うわぁ」
入ってすぐのところは玄関ホール。といっても、騎士団の人たちが全員集まって集会が開けるくらいの広さがあって、天井も高い。その床の中央には、白と黒の石タイルで王国の紋章が大きく描かれていた。
その玄関ホールを中心として、左右に廊下が延びている。
えっと、私はどちらへ行けばいいんだろう。西方騎士団の執務室はどっち?
誰か捕まえて聞いてみようかなときょろきょろしていたら、背中から声をかけられた。
「よぉ。ずいぶん早いな」
聞き慣れた声。振り返ると、ゲルハルト団長がにこにこしながら玄関扉から入ってくるところだった。
「あ、団長。おはようございます」
咄嗟に片足を下げてスカートをつまむレディの挨拶をすると、団長も胸に右手をあてて挨拶を返してくれる。
「サブリナ様の馬車に一緒に乗せてもらって来たんです」
「そうか、ヒーラー連中は朝のお勤めがあるからな」
「騎士団の開始時間はもっと遅いんですか?」
実は、今日から王城での仕事が始まるということは聞いていたけれど、何時から始まるかというのは聞いてなかったんだよね。だから、なんとなくサブリナ様と一緒に屋敷を出てきたわけなんだけど。
「そうだな。もう少し日が昇ったら集会はやるが、それまでは朝練するやつもいれば、集会ぎりぎりに来るやつもいるし人それぞれだな」
と、団長からはなんともざっくりした答えが帰ってきた。
そんなに大雑把なの!?
いやいや、団長は割と、いや、結構大らかな性格だっていうことは数ヶ月一緒に遠征してきてよくわかっているので、あとでフランツに……いや、フランツもかなり大雑把なタイプだった。うん、クロードがいい。あの几帳面なクロードだったら、規律的なことは詳しそうなのであとで彼に聞いておこうと心に誓う。
「それじゃあ、早速、案内でもするか。あ、最初に言っておくが、俺たち西方騎士団が使っているのはここ中央ホールから入って右側にある建物だけだからな。間違えて、左側に行くなよ?」
「え……左側って……」
そういえば、外から建物を見たときも思ったけど、騎士団本部はこの中央ホールを挟んで左右対称な形をしている。その右側だけが西方騎士団が使える部分ということらしい。
ちょうど赤と黒の制服を着た数人の青年たちがおしゃべりをしながら玄関から入ってきたものの、団長と私の姿を見てピタッとおしゃべりをやめると急に足を速めて左側の廊下へと歩いて行った。なんとなく、微妙な空気。
それを感じたのか、団長も小さく苦笑を浮かべる。
「あっちは東方騎士団が使ってるんだ。なんていうか、俺たち西方騎士団と東方騎士団は何かと世間から比べられがちでな。そのせいもあって、妙な対抗意識を持つ退院も多いんだ。そんなわけで、間違えてあっちに迷い込んだら無事に帰ってこれなくなるから気をつけろよ?」
「えええっ……!?」
驚いて目を丸くする私に、団長は「あはは」と笑い出した。
「そりゃ冗談だが、あいつらにとっちゃカエデも西方騎士団の一人。あっちへ行けば面倒に巻き込まれかねんのは確かだからな。さあ、そんなことより、案内だったな」
すたすたと右の廊下を歩いて行ってしまう団長に、私も慌ててついていく。
廊下ですれ違う西方騎士団の団員さんたちは、みんな見知った顔ばかりだ。
なれない場所だけれど、一緒に働くのは何ヶ月も共に遠征してきた人たちばかり。初めての場所に勤める不安は、すぐに吹き飛んでいた。
そのあと、団長はあちこち案内してくれた。まっすぐに延びた廊下の左右に、食堂や会議室、バッケンさんたち修理班が詰める工房、図書室、救護室、宿直室、応接室、幹部の人たちの執務室などが並んでいる。廊下の一番奥には団長室があった。
そして最後に団長が連れて行ってくれたのは、団長室の隣にある部屋。
そのドアには金色のプレートで『金庫番室』と刻まれている。
え、金庫番室? それって、もしかして……と、金庫番の文字に胸が高鳴る。
「ほら、ここがこれからカエデが使う部屋だ」
団長がドアを開けてくれた。中はシンプルだけど、使いやすそうな小部屋だった。
手前には応接セット。その奥に執務デスクがあって、部屋の左側には本棚が並んでいる。
そして一番特徴的なのが、部屋の右奥に置かれた私の背丈ほどありそうな大きな金属の箱だった。同じ金属の片開き扉がついていて、そこに立派な南京錠がかかっている。
「その奥にあるやつが、金庫だ。西方騎士団が当座に使う資金が入っている。残りの資金は王城の金庫にも保管してあるがそのあたりのことはあとでナッシュに聞くといい。それと、これはナッシュから預かっていた金庫の鍵だ」
団長は首に提げていたペンダントタイプの鍵を外すと、私の手に渡してくれた。それは、この金庫の立派な南京錠にあう、手のひらくらいの長さのある立派な金色の鍵だった。
「これを管理する者が、金庫番と呼ばれる。しっかりやれよ」
にっと笑顔で励ましてくれる団長に、私はぎゅっと両手で鍵を握って、
「はいっ。頑張ります!」
緊張した心持ちで答えた。手に感じる重みが、この仕事の重みを表しているような気がした。
「まぁ、仕事はおいおい覚えればいいさ。遠征中みたいに移動やテント生活がないってだけで、王都でも俺たち騎士の役割は周辺の魔物討伐だったり王城の警備だったりだから、やってること自体はそんなに変わらんしな」
それよりも貴族としての仕事の方が枢密院やら城内政治やらあってうんざりだけどな、と団長は心底面倒くさいという気配を滲ませてボソッと呟いた。団長も、王都にいるより遠征に出ていた方が気が楽なタイプなんだろうな、きっと。
団長が出て行ったあと部屋の窓を開けると、騎士団本部の裏にある広いグラウンドが見えた。団員さんたちは、そこを練習場って呼んでいるみたい。
既に何人かの騎士さんたちが朝練をはじめている。
おや? あの二人で木刀を交えている金髪の大きい人影と小さい人影は、フランツとテオだ。フランツがテオに剣の稽古をしてあげているのね。
テオは両手で木刀を持って果敢にフランツに打ち込んでいくけれど、フランツは軽々と避けてしまうので全然当たらない。そのうち、フランツがテオの隙をついて右手に持っていた木刀で軽々とテオの動きを封じ込めてしまう。
フランツがテオの顔に木刀をつきつけて、勝負あったようだ。
つい窓からその様子に見入っていると、こちらに気づいたフランツが笑顔とともにブンブンと木刀を振ってきた。
「おはようー! 今日からだね。ゆっくり休めた?」
「ええ、とても! 今日から、よろしくね!」
私も手を振り返す。テオも「よろしくお願いします!」とニコニコと両手を振ってくれる。もう、かわいいなぁ。二人とも。
そのとき。コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はーい」
ドアを開けると、クロードが数冊の本を抱えて立っていた。
「あ、おはよう! クロード。ちょうど聞きたかったことが……」
私が言葉を終える前に、クロードが手に抱えていた本を渡してくる。
「カエデが知りたいだろうなと思う本を図書室から持ってきた」
おおっ!?
本のタイトルを見てみると、『騎士団就労規則』やら『公文書規定』やら、『王城のしきたり』やら。王城や騎士団で働くうえで必要になってくるルール類が載った本ばかりだった。
さすがクロード。もしかして人の考えを読む魔法が使えるの? と思うほど、ちょうどほしかった本ばかりだ。
「うわぁ。ありがとう、クロード! ちょうど探してみようと思ってた本ばっかり」
「これらは正騎士にあがるときに皆一度は読んでいるものだからな」
じゃあ、フランツもこれらの本を読んで勉強したことがあるのね。あまりこういう実務的なことは得意そうじゃないから、四苦八苦していた姿を想像するとくすりと笑みがこぼれた。
「そうなんだ。あ、そうだ、もう一個聞いておきたいことがあったんだ」
「なんだ?」
「西方騎士団の正式な始業時間は何時なの?」
クロードは眼鏡を指の腹で押し上げながら、きりっとした口調で教えてくれる。
「朝八時だ。毎日、朝の集会が九時に始まるからそれまでに来ればいいと考えている輩もいるが、規則上は八時だ」
ほらー、やっぱりちゃんと決まってるじゃない! 団長の言葉から、なんとなくぐだぐだになっているんだろうなというのは察せられたけど、私は毎日ちゃんと八時までには来るようにしよう!
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