第103話 金庫番室へお客さん
こうして私の金庫番としてのお仕事は順調に始まった。
私はほとんど金庫番室にこもりっきり……なんてことは、まったくなく。
帳簿の整理や金庫からお金の出し入れをするときは金庫番室に一人でいることもあったけれど、騎士団本部に出入りする防具武具関係の業者さんと交渉したり、食堂の調理員さんたちと食材の調整をしたり、馬たちのお世話をしてくれる厩舎員たちと馬具の相談をしたりと、遠征のとき以上に慌ただしくあちらこちらに出入りしてはお金に関わる仕事をこなしていった。
団長が「カエデの好きなようにやればいい」と言ってくれたことも大きな後ろ盾になっている。
それでもはじめは、遠征に同行することのない厩舎員さんや食堂スタッフのような騎士団本部専属の職員さんたちの中には、突然金庫番として任命されてやってきた私のことを警戒した目で見る人もいたけれど、正騎士さんや従騎士さんたちが私に信頼を寄せてくれている姿を見て、しだいに彼らも私のことを受け入れてくれるようになった。
そんなある日のこと。
魔石ペンで帳簿つけをしていたところに、コンコンとドアをノックする音が聞こえて私は顔を上げた。
「はーい。どうぞ」
声をかけると、ドアを開けて入ってきたのはクロードだった。
「カエデにお客さんだ」
え? 私に? と思っていると、クロードの後ろから一人の男性が出てくる。彼は金庫番室を興味深そうにじろじろと見渡して感嘆の声をあげた。
「へぇ、いい部屋で仕事してんなぁ。ずいぶん、立派なご身分になったもんだ」
ひょろっと高い背丈に、焦げ茶色のくせっ毛。日に焼けて彫りが深く、ニヒルに口端をあげたその顔には見覚えがあった。
「あ! ダン……ダ……」
えっと、なんだっけ。咄嗟に口から出ずにもごもごしていると、彼はあきれたように苦笑を深める。
「いい加減名前覚えろよ。ダンヴィーノ・キーンだっての」
「そうだ、ダンヴィーノさんだ! えへへ、すみません。なんかいつも咄嗟に出てこなくって」
忘れたわけじゃないんだよ!? でも、日本人には発音が難しくて、いつもすぐに出てこないだけなの。
だけど、騎士団本部に自由都市ヴィラスの行商人ギルド長をしているダンヴィーノさんが何の用事なんだろう? と思っていると、彼は腰に巻いたウエストポーチみたいな小鞄から小さく丸めた紙を取り出して開いた。
「今日は王城に品物納めに来たついでに、これの件で寄ったんだ」
それは見覚えのある半分だけの証書。以前、自由都市ヴィラスで私たちが発行した騎士団債の証書だった。
「あ! 償還金の返済ですね!」
前の遠征でアンデッド・ドラゴンと出くわした西方騎士団は、その討伐の際に大きな被害を受けた。
団長やフランツをはじめとする多くの騎士さんたちがアンデッド・ドラゴンの体液を浴びてしまい、アンデッドになるおそれもあった危機的状況。
その治療には大量のポーションや多くのヒーラーさんたちの力が必要だったのに、自由都市ヴィラスは門戸をかたく閉じてしまっていた。
その危機を脱するために発行したのが、この騎士団債だ。
行商人さんたちが騎士団債にたくさん出資してくれたおかげで、私たち西方騎士団は団員さん全員を治療し、団を立て直すのに十分な資金を得ることができたのだった。
特にダンヴィーノさんは騎士団債に金貨五十枚も出してくれた一番の上客。
「いまご用意しますので、応接室で待っていてください」
「こちらへどうぞ」
クロードがダンヴィーノさんを応接室へと案内してくれる。
「ああ、じゃあまたあとでな」
パタリとドアが閉まったあと、二人の足音が遠くなっていく。私は金庫の前へ行くと、首に提げた鍵のヒモを首元から引き出して金色の鍵を手に持った。
その鍵を金庫の鍵穴に差し込んでひねると、ガチャリと重い音を立てて鍵が開く。
鍵を外すと、扉を両手で押し開けた。この金庫は扉も金属製だから、開けるのは一苦労。
中は棚状になっていて、一番下の段に金種ごとに分けられた小袋がいくつか入っている。
そのうち金貨の入った袋を一袋、手に取って執務デスクの上に置いた。
それと金庫の一番上の棚に保管されている紙の束も取り出す。これは、騎士団債のお金を預かる際に書いた証書の上半分を切って束にしたものだ。
前の遠征で発行した騎士団債は、預かったお金の1.3倍の金額を王都の騎士団本部で支払うというものだった。
ということは、金貨五十枚を預けてくれたダンヴィーノさんには、証書の下半分と引き換えに、金貨六十五枚を渡さなければならないことになる。
たった三ヶ月で金貨が十五枚も増えるだなんてかなりな高利率だと思うけど、あのときは西方騎士団が壊滅寸前の危機にあったし返還場所もヴィラスから遠く離れた王都だからやむを得ないとの判断だった。この金貨で実際たくさんの騎士さんたちが助かったんだもの。
注意深く金貨の数を数えて、別の袋に入れる。残った金貨は再び金庫の中に戻すと、背中で押すようにして扉を閉めて鍵をかけた。
金貨の袋と証書の束を持って応接室へ行くと、ダンヴィーノさんはクロードを話し相手にして待っていた。
金貨の袋はいったんクロードに預けて、私はダンヴィーノさんの向かいに腰掛ける。
「それでは証書の確認をいたします」
「おう」
ダンヴィーノさんがポーチから出した証書の下半分。そこに書かれている通し番号を頼りに、証書の束から同じ番号の書かれた上半分を探し出す。
その二枚を切り取り線で合わせると、真ん中に押された割り印がピタリと一致した。
「確認できました。それでは償還金をどうぞ」
クロードに目で合図をすると、彼は小さく頷いてから手に持っていた金貨の袋をダンヴィーノさんの目の前に置いた。
すぐにダンヴィーノさんは袋を開けて中身を数え始める。
「……六十三、六十四、六十五、と。たしかに六十五枚受け取った」
「じゃあ、こちらに受け取りのサインをお願いします」
ダンヴィーノさんは機嫌よさそうに証書の端にペンを走らせてサインを書く。
「また、こういう機会があればぜひ噛ませてくれ。あんたらには随分稼がせてもらってるから、金に困ったことがあればこんな高利じゃなくても相談にのるしよ。こないだのキングビッグボーの肉も、美味いうえに魔力も回復できるってんで大人気だったんだ」
「よかった。売れたかどうか心配だったんです」
西辺境で『プランタ・タルタリカ・バロメッツ』の実を食べて巨大化したキングビッグボー。
被害を受けたミュレ村を立て直すためにその肉を売ろうとしたとき、行商人ギルドは普段流通しないその肉を大量に買い取ってくれたんだ。
でも、正直ちゃんと売れたのか心配だったんだけど、全部完売したようでホッと胸をなで下ろす。
「また売ってくれって話もどんどん入ってきて断るのが大変なくらいだったよ」
そう言って、ダンヴィーノさんは笑った。
「バロメッツの木は数十年に一度しか生えないですもんね。でも、普通のビッグボーならよく遠征中に討伐しているので、それを近くの町の行商人ギルドに持ち込むことはできると思いますよ」
「それでもいいから、ぜひお願いしたいな。ビッグボーの肉は美味いが、俺たちじゃ強すぎて倒せないからな。そういや、騎士団恒例の交流試合ももうすぐだろ? 入用なものがあればぜひ声をかけてくれよな」
おおおっ? 交流試合?? そういうイベントがあるんだ?
初めて耳にしたイベントだったので尋ねる視線を傍らに立っているクロードに向けると、彼はこくりと頷いた。
「ああ。春と秋に、そのとき王都に滞在している騎士団同士で交流試合が行われるんだ。西方騎士団は毎年、秋に東方騎士団と交流試合をしている」
「へぇぇぇ、それは盛り上がりそうだね」
ダンヴィーノさんもテーブルごしに身を乗り出してくる。
「盛り上がるなんてもんじゃねぇぞ。一般人も観戦できるから、王都中から観客が集まってきて毎年大盛況だ。騎士団の実力を見れる唯一のチャンスだしよ。特にいつも大トリにやる東西両騎士団長の試合なんて、勝負がつく前に会場になってるそこの練習場がぶっこわれそうになるから毎回引き分けなんだぜ。俺も毎年見に来てるが、今年こそ決着つくんかな?」
へえええええええ、それは絶対見てみたい。ゲルハルト団長は西方騎士団で一番強いとフランツも言っていたけれど、東方騎士団の団長さんも負けずとも劣らない実力の持ち主なのね。
「クロードやフランツもでるの?」
「ああ、もちろんだ。正騎士は全員出場することになっている」
うわああああ、それは絶対に見なきゃ。今年もやるのかな。やってくれるといいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます