第104話 あなた、本当に金庫番!?
私が交流試合の存在を知ってから数日後には、その準備が団全体で開始された。
会場は、騎士団本部の前にある練習場なんだって。
そこに即席の観客席をつくるんだけど、それはバッケンさんたち西方騎士団の修理班と、東方騎士団の修理班が合同でやるのが恒例みたい。
もちろん、交流試合の準備に必要な予算も別途支給された。
いつもは両騎士団はそれぞれ独立して団運営をしているんだけど、合同で開催される交流試合だけは別らしく、一緒に予算を使うことになる。
それではじめて東方騎士団の金庫番と顔を合わせたのだけど……。
顔合わせ初日。一応、新参者の私の方から東方騎士団の金庫番室へ出向いたものの、そこで開口一番言われたのがこれだった。
「お前が新しい西方騎士団の金庫番か? 前の金庫番は大罪を犯して失脚したらしいな。それを暴いていまの地位についたと聞いたが、まさかこんな小娘だったとはな」
金庫番室の構造は西方騎士団と変わらない。ただ、壁には大きな絵が何毎もかかっていたり、棚には本よりもよくわからない工芸品の方が多く置かれていたりと、全体的にお金がかかってそうな印象はあった。
その奥にある執務デスクの前で、ウェーブの掛かる柔らかなブラウンの髪をした、私とあまり歳が変わらなく見える細い男性が偉そうな口調で上から目線の言葉を投げてきたのだ。
自己紹介もまだだというのに、何だこいつ。
こめかみがピクついていたかもしれないけど、なんとか笑顔を保って私はスカートをつまんで足を折り、レディの挨拶をする。
「西方騎士団で金庫番を仰せつかりました。カエデ・クボタと申します」
冷静。冷静にね、カエデ。挑発に乗ったところで、相手の思うつぼだもの。
同じ金庫番という仕事をしている者同士仲良くできといいなぁなんてほんのちょっとでも期待した私が馬鹿だった。もとより、西方騎士団と東方騎士団は仲がよくないんだものね。好意的に見られないのは仕方がない。
ここに来るまでも、すれ違う東方騎士団の騎士さんたちにじろじろ不躾な目でみられたもの。それで着いた先で放たれたのがこの言葉だったので、もう完全に東方騎士団への印象は悪くなる一方だった。
ちなみに東方騎士団の制服は旗の色と同じ、黒と赤で彩られている。デザインは西方騎士団とほとんど同じなのに、色が違うだけでずいぶん印象がちがう。東方騎士団の制服の方が、どちらかというと威圧的な印象を受ける気がする。
ここに来る前に、フランツが心配して一緒に来ようかと言ってくれたんだけど、同じ建物の中だから大丈夫といって断ってしまったんだ。やっぱり、一緒に来てもらえばよかったかな。そんな後悔をしていると、
「僕は、ベルナード・コルネリウス。父は財務大臣をしている」
と、相手の金庫番は聞いてもいないのに父親の職業まで伝えてきた。
金庫番室に入ってから数分で、ああ、こいつは親の七光りバリバリなお坊ちゃんなのねという印象を強く抱いてしまった。たぶん、きっと、その直感ははずれていないだろう。
ふわりとした質のいいブラウスに身を包んで、細身のズボンをはいたベルナード。
長めの前髪をかき上げるのが癖みたい。どこからどう見ても、ちやほやされて育ったいいとこのお坊ちゃんがそのまま成長して要職についているのが丸わかりだった。
財務大臣というと、前に王城で開かれた西方騎士団の慰労パーティにも来ていたはずだけど、まったく顔を覚えていないや。
「まだ王都に来て日が浅いため、物事に疎くて申し訳ありません」
一応そう断っておくと、ベルナードは「フン」とつまらなそうに鼻を鳴らす。
親の威光をかざしたのに、それがあまり通じていないことに気分を損ねたみたいだった。
そのあとは一応予定通りに、王城からもらった交流試合用の予算の使い道について打ち合わせをした。それなのに、予算の使い道についてリスト化した紙を見せながら話す私の言葉にベルナードはいまいちピンと来ない様子で、
「適当に使えばいい。足らなくても、なんとかなる」
なんて面倒くさそうに言い捨てる始末。
なんとかするって、何よ。財務大臣の力で追加予算をもらってくるってこと?
それじゃあそもそも予算の意味なんてないんじゃないかという気もするけど、使いすぎてあとあと面倒なことになったら困るから、西方騎士団で使う分は予算を超えないようにしようと心に決める。もし、東方騎士団に借りをつくるようなことになっても嫌だもんね。
交流試合が終わるまでこの七光りおぼっちゃんと何度も顔を合わせないといけないかと思うとちょっとうんざり。
この日はそんな残念な印象を抱いて、私はどっと疲労感を覚えながら西方騎士団の建物へと戻ったのだった。
心配して待っていてくれたフランツに思いっきり愚痴ってしまったけれど、今日ばかりは許してほしい……。
その日以降も、何度も交流試合の予算の使い方についてベルナードとやりとりをすることになったんだけど、そのうち私は東方騎士団側の予算の減りが異常に早いことに気がついた。その日も、
「ちょっと待ってください。まだ来賓席を作る資材を購入しただけで、一般用の観覧席の材料は買ってないのになんでもうこんなに減ってんですか!?」
思わずそう詰め寄ってしまったけれど、相変わらずベルナードは、
「だって、必要だって言われたら出さないわけにはいかないだろう。それに僕がケチだと思われたら、お父様の名に傷が付くじゃないか」
と、不機嫌そうに言うばかり。どうやら彼は、東方騎士団の団員さんたちに言われるがままに、よく精査もすることなくポンポンお金を使ってしまっているようなのだ。
もう何年も東方騎士団で金庫番をしているはずなのに、計画性のかけらもあったもんじゃない。
この人、本当に金庫番なの!?
前髪を気にしてる暇があったら、帳簿の一つくらいきちんとつけなさいよ!
といいたいところをぐっと堪えたもの、その後もベルナードは私に相談もなく勝手に予算を使うことが続き、このままだと全部ベルナードが使いきってしまいそうな勢いだった。一応、交流試合用に出場する騎士さんたちは新しい防具や装備類が支給される予定になっていたはずなのに、その予算すらなくなっちゃいそうじゃない!
というわけで、結局最後は、
「もう東方騎士団が使える分は全部使い切っちゃったでしょ!? あとは西方騎士団の分です!」
と言いはって、残った予算を全部西方騎士団の金庫にもってきちゃった。
でも、あとでさすがにまずかったかなとゲルハルト団長に相談しにいったところ、彼は「そうなると思ってた」と笑っていたっけ。
そんな苦労続きの大仕事だったけど、なんとかぎりぎりで準備を終えてその日を迎えることができたんだ。
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