第7章 騎士団本部でお仕事!

第101話 初出勤!

 王城で西方騎士団の慰労パーティがあってから三日後の朝。

 身支度を終えた私は、自室のデスクの引き出しに大事にしまってある細長い小箱を取り出した。


 小箱の蓋を開けると、中には美しい魔石ペンが収まっている。

 ガラスペンに似たそれは、ペン先が緩やかに捻じれていて、持ち手の部分には美しい装飾が施されている。全体的にうっすらと青みがかっていて、よく見ると中にキラキラと小さく星のような輝きが見えた。


 これは、慰労パーティの場で王様から直接たまわったものだ。


 その際、私は正式な西方騎士団の金庫番に任命された。

 まだ実感はあまりないけれど、今日がその初出勤の日。

 緊張しつつもそれ以上に、フランツや西方騎士団のみんなとまた一緒に働けると思うとわくわくと楽しみな気持ちで胸がふくらんでいた。


 いただいた魔石ペンは何度か試し書きをしてみたけれど、驚くほど書き心地がいいの。緩やかならせん状の溝が何本も施されたペン先は、どこにそんな量のインクが入るんだろう? と思うほどたくさんのインクを含んでくれる。それなのに、ペン先を紙にあてると、ほどよい量のインクがその都度紙にのって綺麗に線を描き出す。線の太さも、ペンを紙にあてるわずかな強さの違いで調整可能。書き味はなめらかで、するすると紙に文字を書き綴っていけるんだ。


 そんなに実用的なのに、見た目はまるで芸術品のようにこまやかな細工がほどこされて美しい。手に持つと、ずっと前から使っているんじゃないかと錯覚しそうになるほど、しっくりと手になじむんだ。


 窓から差し込む、秋の日差しと言うにはまだ少し暑い陽の光を受けて輝く魔石ペンの美しさに見惚れていると、背後からコンコンと扉をたたく音が聞こえてきた。


「カエデ様。馬車のご用意ができました」


 廊下から聞こえる執事さんの声に「はーい、今行きます!」と返事をしたあと、「うん」と一つ大きく頷いて、魔石ペンを小箱に納めて手提げ鞄へしまい込む。

 一階の玄関ホールへ降りると、すでに扉の前でサブリナ様が待っていらっしゃった。


「あら、もう準備はいいかしら?」


 サブリナ様は今日も凜としていて、それでいてほがらかな微笑みをたたえてらっしゃる。


「はいっ」

「そう。じゃあ、行きましょうか」


 執事さんが恭しく開けてくれた扉から外に出ると、屋敷のすぐ前にある車寄せに馬車が横付けされていた。御者さんに手を貸してもらって乗り込むと、すぐに馬車は動き出した。


 これからサブリナ様と一緒に王城へ出勤するのだ。


 ここからでも、見上げれば王城の高い塔が見える程度の距離だから、こんな天気の良い日はのんびり歩いて出勤したいくらい。でも、貴族の方々は馬車や馬で移動するのが普通らしいのでそれは諦めた。

 貴族の女性が、護衛もつけずに一人でたったか歩いていたらおかしいものね。


 私はまだ単なる「カエデ」だけど、サブリナ様は私を養女に迎えてくださるようだ。いまはその手続き中で、枢密院で許可をとったり書類をそろえたりと準備をしてくださっているみたい。


 その手続きがすめば私も晴れて子爵家の一員ということになる。だから、これからは貴族のお作法やルールも学んでいかなきゃいけないんだろうな。

 ようやく読み書きはできるようになったけれど、まだまだ知らなくちゃいけないことはたくさんある。それを考えると気が重くもなるけど、ううん、これからおいおい身につけていけばいいってサブリナ様もおっしゃってたもの。少しずつでも頑張っていこう。


 そんなことを考えているうちに、馬車はもう王城の立派な門をくぐっていた。

 馬車だと、本当にあっとう間だ!


 王都は二重の城壁に囲まれていて、一つは市街地をぐるっと囲む長い外城壁。もう一つがいまくぐったこれ。王城とその周りの施設を囲む内城壁だ。

 この内城壁の中には、王城の関係者しか入れないことになっているんだって。


 私もいよいよ西方騎士団の正式な一員になっただと思うと、気が引き締まる心地だった。


 門の向こうには、先日、西方騎士団の遠征隊が解散した大広場があり、さらにその奥に大きな石造りの建物がみえる。これが王城。現王とそのご一家がお住まいで、枢密院などがあつまっているこの国の中枢だ。

 馬車が王城の車寄せにつくと、サブリナ様が先に降りる。私もあとに続こうとしたのだけど、サブリナ様がやんわりと手で止めた。


「騎士団本部はまだもう少し先よ。王城の裏手にあるから、そこまでこのまま乗っていくといいわ。カエデをそちらまで、お願いしますね」


 サブリナ様の言葉に御者は腰を折って「はい、奥方様」と返す。

 そっか。サブリナ様は王城の中でヒーラーとしてのお仕事をされるけれど、私がこれから行く騎士団本部は王城の中にあるわけじゃないんだ。


 サブリナ様と同じ場所で執務するんだと思っていた私は途端に心細くなってしまった。それが表情にでていたのか、サブリナ様は私の両手を包み込むように握るとにこやかな笑みを浮かべる。


「大丈夫よ。あなたならすぐに新しい場にも馴染めるわ。また夕方、業務が終わるころに馬車に迎えに行かせますから。それまで頑張ってね」


「は、はい」


 サブリナ様の小さな背中が城の中に消えるのを見届けると、馬車は再びカポカポと小気味いい脚音を響かせながら進み出した。

 サブリナ様がおっしゃったとおり、馬車は王城の建物をぐるっと回って城の周りに生える木立の間を抜けていく。しばらく進むと、その先に横に長いがっちりとした石造りの建物が現れた。


 華やかで豪華な造りをしている王城と違い、こちらは無駄な装飾はなく質実剛健といった様相をしている。

 その中央にある正面玄関の前で馬車は止まった。


「うわぁ、ここが騎士団本部なんだ」


 ゆっくりと馬車から降りて、私は思わずその建物を見上げた。

 玄関の上には、二本の旗が交差する形で飾られている。


 一本は、白と青を基調として金で縁取られている西方騎士団の旗。制服と同じ色の組み合わせなので、なじみのある色合いだ。

 もう一本の旗は、赤と黒で描かれていた。ということは、こっちが東方騎士団の旗なのだろうか。


 いま、騎士団本部には一週間前に遠征を終えたばかりの西方騎士団と、同じく最近東方遠征を終えて王都に戻ってきた東方騎士団が詰めている。

 だから、この二本の交差した旗は両騎士団がここにいることを示しているのだ。


 あと他に、南方騎士団と北方騎士団というのもあるらしい。そちらは私たちが遠征を終えたのと入れ替えにそれぞれが担当する地方に向けて遠征に出ているから王城で会う機会はなさそうだけど、そちらはどんな色の組み合わせなんだろうな。


 なんてちょっと気になりながらも、私は二本の旗を見上げてゴクリとツバを飲み込んだ。

 私をここまで連れてきてくれた馬車はとっくに戻ってしまっている。


 ぽつんと騎士団本部の前に残された私は、小さな声で「よしっ」と気合いを入れた。今日から、ここで働くんだ。役立たずって言われないように頑張らなきゃ!

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